市川弘太郎、歌舞伎役者26年目の挑戦 「不易流行 遅ればせながら、市川弘太郎の会」自主公演開催

市川弘太郎、歌舞伎役者26年目の挑戦 「不易流行 遅ればせながら、市川弘太郎の会」自主公演開催
歌舞伎役者市川弘太郎自主公演「不易流行(ふえきりゅうこう) 遅ればせながら、市川弘太郎の会」が、7月31日8月1日の2日間コロナ対策徹底の中開催され、二日で1,000人を越える集客で幕を下ろした。

■自主公演開催の背景
幼少の頃の弘太郎からのバトンを繋ぎ「いつかを待つ」のではなく「いま作る」今回の自主公演についての説明は、36年前までに遡ります。市川弘太郎は、2歳でスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」を観て歌舞伎役者を志しました。12歳で三代目市川猿之助(現・市川猿翁)の部屋子となり、主役を演じることはありませんが、あらゆるタイプの役を演じることで歌舞伎役者として充実した生活を送っていました。そんな中、以前より交流があった同年代の役者仲間である中村七之助氏、尾上松也氏より思いがけない一言が。「本当にやってみたい役はないか?」その言葉に幼き頃の憧れであった「狐忠信」を鮮明に思い出しました。子ども部屋の二段ベッドで家族を観客にして夢中で演じた「四の切ごっこ」。あのときの感情がそのまま胸の中にあることに気が付き
ました。

「四の切をやりたい」思わぬ出てきた本音に弘太郎自身も戸惑いを感じました。38歳で自主公演を開催することは同門の部屋子の先輩と比較すると遅く、また収益設計にも不安があったからでそれでも、七之助氏はその場で共演を約束し、2年後の2021年7月31日・8月1日の2日間を押さえ弘太郎を後押ししました。コロナ禍にあってもその情熱は変わらず、むしろ「いつかと言っていたら、その時はいつまでも訪れない」可能性を一番のリスクと捉えました。38歳の弘太郎が同年代の仲間との約束を力として子供の頃の夢を叶えようとする姿に、歌舞伎界外からも有志が集まり「表現の場を創る」プロジェクトとして「不易流行実行委員会」が始動。
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