やっとのことで得た採用内定。これが突然、取り消されたら...…。

Xさんのもとに、内定を得た会社から【内定辞退受け入れ通知】が届いた。そこに記載されていたのは、「あなたが内定辞退を受け入れた」という内容だった。
これを受けて、Xさんは「そんなことを受け入れていない」と激怒し提訴。
裁判所は「会社からの一方的な内定取消だ」として、会社に対して慰謝料30万円の支払いなどを命じた。(東京地裁 R5.12.18)
経団連(日本経済団体連合会)が定める就活スケジュールでは、10月1日から新卒の正式な内定が出ることになっている。それに伴い、今後、内定取消をめぐるトラブルが増えてくる可能性もあるので、参考になれば幸いだ。

事件の経緯

■面接(令和4年1月16日)
会社は、IT関連システム開発やコンピューターソフトウェアの製造販売などを行っており、Xさんは社長直々の面接を受けた。
ちなみにXさんは中国国籍を有しており、就労可能な在留資格のためには4月1日から入社する必要があった。
■内定(1月17日)
会社の担当者はXさんに対して「社長があなたに内定を出すと言っている」旨伝えた。Xさんは内定を得たことから、他社からの内定を断り、2月7日には雇用契約を締結。4月1日から正社員として働くことが決定した。
■事前研修についてのトラブル
入社までの約2か月の間に「事前研修についてのトラブル」が生じた。会社が、Xさんの事前研修の進捗(しんちょく)などに不満を持ったのである。

会社の担当者はXさんに対して「社長があなたの研修の進め具合に不満を持っている。もっと研修に来てほしい。研修を頑張れば解雇はしない」旨伝えた。
■別の会社に行ってもらいたい(3月22日)
その後も社長は、Xさんの研修に不満を感じていたのであろう。会社の担当者がXさんに対して「社長は『あなたの管理が難しい』と考えている、あなたには別の会社に行ってもらいたい。午後の研修は不要です」と伝達。その後、Xさんは東京都労働情報センターへ相談に行った。
■苦情チャット(3月28日)
Xさんが社長にチャット。「あなたは私を解雇しようとしている」とした上で、「もし全てこのようにしてしまうのであれば、そのほかの事情があることも排除できませんので、どうか責任をとってください」(原文ママ)と苦情を述べた。
■内定辞退扱い(同日)
同日、会社がXさんに対し「内定辞退受け入れ通知」を送った。これが問題の通知である。そこには内定辞退事由として「Xさんには入社前研修講座を進めることが義務づけられていたが、その進捗が大幅に遅れていた」「Xさんと社長が話し合いの上、Xさんが内定辞退を受け入れた」といった内容が記載されていた。

これを見たXさんは「内定辞退などしていない!」と憤慨したのであろう。再び東京都労働情報センターへ相談に行った。
■出勤の指示(4月3日)
東京都労働情報センターが会社に連絡したことが契機となったのか、会社の担当者がXさんに対して「明日、出勤するように」と伝えた。しかし、Xさんは「3月22日に退職を促したではないですか」と反論。
翌日も会社の担当者が「明日、出勤するように」と伝えたが、Xさんは「冗談じゃない」と回答。Xさんとしては、「あんなデタラメな『内定辞退受け入れ通知』を出しておいて今更働けと言われても」と憤っていたのであろう。
しかし、会社の担当者は「正式な入社通知はあとで郵送する」と入社手続きを進めようとしたので、Xさんは「この会社のことを日本のマスコミに通報する」と回答した。
■提訴
要約すると、Xさんは「私は自ら内定を辞退した覚えはない。会社から一方的に取り消された」と主張して提訴。損害賠償などを求めた。

裁判所の判断

Xさんの勝訴である。
■ 内定辞退? 内定取消?
裁判所は「社長がXさんの研修内容などに不満を持ち、Xさんからの内定辞退の申し出がないにもかかわらずXさんが内定を辞退したと取り扱った」として、「会社からの内定の取消(労働契約の一方的な解約の意思表示)にあたる」と判断した。
■ 内定取消は非常に難しい
ここでマメ知識を。
内定の取消は非常に難しい。なぜなら、解雇とほぼ同じだからだ。
内定という言葉からは“仮の契約”のような印象を受けるが、法律的には「契約」にあたる(始期付解約権留保付労働契約)。なので【内定を取り消す=契約を一方的に破棄する】こととなり、そう簡単には認められない。
「どんな場合に内定の取消がOKになるか?」について、最高裁は 「採用内定当時、知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的に認められ社会通念上相当して是認することができる場合」と示している。(大日本印刷事件:最高裁S54.7.20)
今回の事件のように、事前研修の履修状況についてささいなトラブルがあった程度では、内定取消はまず認められない。
■ バックペイ
裁判所は会社に対してバックペイ約226万円を命じた。
バックペイとは「過去の給料」のこと。社員が解雇や内定取消の裁判に勝訴すると、【解雇された日から → 訴訟になって → 判決が確定する日までの給料】を獲得できるのである(民法536条2項)。※ただし、他社に就職していれば若干の減額あり。
■ 慰謝料30万円
内定取消をめぐって慰謝料が認められるケースは少ないが、本件では、以下の事情が考慮されて慰謝料30万円と認定されている。
・事前研修の不足について会社から具体的な指摘はなかった
・Xさんが内定を辞退していないのに会社がそのような扱いにした
・その扱いの数日後には何の説明もなく出社を命じている
…etc
■ 内定辞退は原則OK
会社からの内定取消がOKになるケースは非常に少ないが、応募者側からの内定辞退は原則OKだ。
なぜなら、民法627条には「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる」と規定されているから。
詳しくは【入社前日の「内定辞退」はアウトorセーフ? 不義理と“見なされない”基準とは】をご参照いただきたい。

最後に

会社側が「一方的に内定を取り消して裁判を起こされたら負ける」ことを分かっている場合、応募者側が「承諾した」との一筆を得るために、「内定辞退取消承諾書」のような“よく分からない書面”へのサインを求めてくる可能性がある。厳しいようであるが、サインしてしまうと応募者側はほぼ負けるだろう。
もし内定先の会社からこのようなサインを求められたときは、いったん保留して、労働局や弁護士に相談することをオススメする。


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