政府は昨年12月、「離婚調停」の手続きを、WEB会議で完結可能とする「民事訴訟法等の一部を改正する法律」の一部の施行期日を今年3月1日にすると閣議決定した。
離婚調停とは裁判所の仲介のもと、夫婦間の離婚条件について話し合いを行う手続きで、毎年1万件以上成立している。

これまでも、WEB会議を用いた話し合いは可能であったものの、調停の成立に必要な意思確認だけは、対面で行う必要があった。しかし、3月からは意思確認を含めたすべての手続きがWEB会議で実施可能となる。

利便性向上のほか、リスク回避・不安解消などメリット

政府は民事訴訟手続きでのITの活用が、アメリカや韓国など諸外国と比較して後れているとして、2020年から、法制審議会での議論を開始していた。
2022年には民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する法律が成立。これまでにも、WEB会議による口頭弁論期日への参加など、一部が施行となっていたが、オンラインでの離婚調停完成に関しても、昨年12月にいよいよ施行日が決定した形だ。
完全オンライン化がもたらすのはIT化による、利便性の向上だけではない。
DV被害者が離婚調停に出席する場合、これまでの制度では裁判所に出向き、相手と直接顔を合わせる必要があり、心理的な負担につながっていた。
また、過去には離婚調停に出席しようとした妻を、妄想や幻聴の影響を受けていた夫が裁判所で切りつけ殺害するという痛ましい事件も発生している(夫は起訴後、一審・二審で心神喪失を理由に無罪判決)。
完全オンライン化には、こうしたリスクを回避し、不安を解消しつつ手続きをすすめられるといったメリットがあり、歓迎する声があがっていた。

オンラインでの調停、自分の思いや考えをうまく伝えるには…

ただ、会社勤めの人の場合には想像にたやすいだろうが、WEB会議にも当然デメリットが存在する。
一般社団法人オンラインコミュニケーション協会は昨年11月、WEB会議に関するアンケート調査の結果を発表。
調査によると、社内会議の5割以上をオンラインで実施していると回答したビジネスパーソンのうち、45.5%が「相手の感情が読みづらい」、43.9%が「意思疎通がしづらい」と答えていた。
このように、自分の意見や思いを伝えるのに難があると思われがちなWEB会議だが、離婚調停の手続きをすべてオンラインで進めた場合、その結果などに影響を与えてしまうのでは、と心配な人もいるのではないだろうか。
そこで、離婚調停を多く手掛ける遠藤知穂弁護士に話を聞いた。

すべての離婚調停の手続きをオンラインで進めた場合と、対面で進めた場合で、調停の結果や、調停委員の“心証”に違いが生じる可能性はあり得るのでしょうか?

遠藤弁護士:「調停はあくまで話し合いの制度ですから、調停委員の心証や印象が、直接調停(話し合い)の結果に影響するわけではありません。
ただし、日常生活の中でのコミュニケーションでも感じられるところではないかと思いますが、対面でお話しする場合とオンラインでお話しする場合とでは、表情やトーンの伝わり具合などが、やはり違ってくることがあると思います。
オンラインミーティングに慣れていらっしゃらない方は特にその違いを強く感じられるのではないでしょうか。この違いから話しづらいと感じられる方や、自分の思いや考えが伝わっていないのではないかと不安になる方がいらっしゃるように思います」

調停委員に自分の思いや考えをうまく伝える方法について教えてください。

遠藤弁護士:「調停の前に、ご自身の考えをまとめた書面を調停委員へ提出しておくことも一案です。
また、DVなどで裁判所に赴くことが危険な場合にはできませんが、単に『裁判所が遠いから』といった理由でWEB会議を選択する場合には、『最初の一度だけは直接裁判所に赴き、2回目以降はWEB会議』とし、調停委員と直接顔を合わせる機会を設けておくのも良いかもしれません」

「絶対に守るべき」注意点とは

政府は現在、「民事裁判を国民がより利用しやすいものとする」と掲げており、民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する法律では、WEB会議で民事訴訟の口頭弁論に参加できるように定められるなど、手続きのIT化が進められている。

こうした司法手続の当事者となった場合、どのような点に注意すればよいのでしょうか?

遠藤弁護士:「調停の録音・録画は裁判所に出頭する場合と同様、WEB会議でも当然、禁止です。また、原則として弁護士を除く第三者を調停や裁判に立ち会わせることも禁止されています。
これらを破ってしまうと、その後の調停や裁判をWEB会議で続けていくことができず、ご自身にとって大きな不利益となりますので、絶対に守らなければなりません。
また、裁判所に赴いて調停に参加する場合には、証拠類をその場に持って行けば、調停委員に見てもらえますし、コピーを持っていれば、その場で提出することも可能です。
しかしながら、WEB会議での参加となると、その場に証拠があったとしても、事前に提出していなければ、見てもらえないと考えた方が良いでしょう。
そのため、調停委員に見てもらいたい証拠類がある場合にはあらかじめ裁判所に提出しておく必要があります」

「弁護士の場合、多くは経験を積んでいるが…」

ただ、遠藤弁護士自身は、今後も実際に裁判所に出頭する形の調停は残るのではないかと見込んでいるという。
遠藤弁護士:「弁護士の場合は、多くの場合、複数の調停で経験を積んでおり、オンラインでも対面であっても、手続きの進め方などにあまり変わりはない、と感じると思います。

一方で、当事者となる方は、その多くが調停の手続きを行うのは初めてですから、やはり対面とオンラインでは印象が異なるのではないでしょうか。
また、ご年配の方など、オンラインでの手続きには不安を感じられる方も少なくありません。
WEB会議に参加できるようなインターネット環境が整っていないという方もまだまだいらっしゃいますので、少なくとも当面は全員がオンラインで手続きを完了させるというのは難しいと考えられます」


編集部おすすめ