
2024年12月、韓国の務安(ムアン)国際空港で起きたチェジュ航空機事故の後、航空会社には同様の問い合わせが相次いだ。
AFP通信への情報提供によると、チェジュ航空では事故からわずか24時間で、6万8000枚もの航空券がキャンセルされたという。
確かにボーイング737型機は事故のニュースによく登場する。2024年1月にはアラスカ航空の機体から飛行中にドアプラグが外れる事故が発生した。さらにさかのぼれば、2018年と2019年には、わずか5か月の間にライオン航空とエチオピア航空の737 MAX機が相次いで墜落した。これらの事故は、機体の姿勢を制御するプログラムの不具合が原因とされ、20か月に及ぶ同型機の飛行停止措置が取られた。
メディアでこうした事故のニュースを目にするたびに、「737型機には何か根本的な問題があるのではないか」という不安を感じる人も多いだろう。飛行機事故は大変恐ろしいものであり、このような不安は決して非合理的なものではない。
しかし、737型機に問題があるというのは本当なのだろうか。事故防止や災害リスクについて研究する近畿大学准教授の島崎敢(しまざき かん)氏(安全心理学)が検証する。
なぜ737型機の事故は“多い”のか?
737型機の事故が他の航空機に比べて頻繁に起きているように感じるのはなぜか。実は、その理由は意外にもシンプルで「数が多いから」である。2019年にエアバスのA320に抜かれるまで、世界でもっとも多く生産された航空機としてギネスブックにも載っている。これまでに1万2000機近くが生産されており、納入待ちが4000機以上あって今も増え続けている。
「ジャンボ」の愛称で親しまれ誰もが知っているボーイング747型機でさえ生産数が1574機であったことを考えればいかに多いかがわかるだろう。
このように「母数」が圧倒的に大きいため、たとえ事故率は他の機種と変わらなくても、件数としては目立ちやすくなる。私たちは往々にして、目の前で起きている現象だけを見て判断しがちだが、その背後にある「全体の数」、つまり「分母」を意識することが重要なのだ。
この現象には既視感がある。かつてのプリウスを巡る「事故の多さ」への懸念と同じ構図だ。
高齢ドライバーによる事故が報道されるたびに「またプリウスか」という声が上がり、車両の安全性や操作方法を疑問視する声が上がった。「プリウスミサイル」などという造語も生まれたほどだ。
しかし、冷静に統計を見ればプリウスの事故率が飛び抜けて高いわけではなく、プリウスも737型機も単によく売れている、つまり「母数が多いだけ」ということがわかる。
機体「損失率」から見る737型機の危険度
737型機に対して「1960年代から飛んでいる古い設計だから心配ではないか」という不安の声もよく耳にする。確かに737は1960年代に登場して以来、60年近くにわたって製造され続けている機種である。「古い設計の機体を魔改造して使い続けているのだから、安全面で問題があるのではないか」という懸念は一見、それらしく感じられる。本当かどうかデータを見てみよう。
そこで、737型機の世代ごとの「損失率」を算出してみた。損失率とは製造された航空機のうち、事故などにより失われた機体の割合を表す。ついでに他の主要な機種についても調べ、横軸をその機種の初登場の年、縦軸を損失率としたグラフが図1である。
図1 主要なジェット旅客機の機種別の登場年と損失率
図注:737型機は大きく4世代に分けられるため、損失率は別々に算出した。韓国で事故を起こした機体は第3世代の737-800(B737 NG:Next Generation)である。全損の中には運行中の事故だけでなく、ハイジャック、テロ、ミサイル攻撃、火災などが少数含まれる。現在も運用中の航空機は今後も事故などで全損するリスクがあるため、損失率はやや上昇する可能性がある。
このデータを時系列で見ると、興味深い傾向が浮かび上がる。
1950年代に登場した航空機の中には、損失率が15~18%に達するものもあった。これは製造された6機に1機が失われた計算になる。当時はジェット旅客機という新しい技術の導入期で、さまざまな試行錯誤があったことがわかる。
737型機について見てみると、1967年に登場した第1世代(Original)の損失率は約10%だった。その後、第2世代(Classic)、第3世代(NG:Next Generation)、そして第4世代(MAX)と進化を重ねるにつれ、損失率は着実に低下している。
今回、韓国で事故を起こした機体は第3世代だが、この世代の損失率はグラフが示す通り、同型機の前の世代に比べて劇的な改善を遂げている。また、同時期に登場した他の機種と比較しても、737の損失率が特別に高いわけではない。
航空機の安全性について、筆者は設計や運航の専門家ではないが、少なくとも統計データから見る限り、737型機が特別に危険だという証拠は見当たらない。むしろ、60年近い運航実績から得られた教訓が、安全性の向上にいかされていると考えるべきだろう。
737型機が危険かを判断するためには、運行形態の違いも考えてみたい。
グラフに登場するA380やB777などの大型機は、主に長距離路線で使用され、1日1~2回程度しか離着陸を行わない。一方、737型機は短距離路線用の小型機として、1日に何度も離着陸を繰り返す。
航空機事故の約8割は、離陸後3分間と着陸前8分間の「クリティカル・イレブン・ミニッツ(重要な11分間)」に集中して発生することが知られている。つまり離着陸回数が多い737型機は、他の機種よりもはるかに多くリスクの高い“場面”に直面している。それにもかかわらず、大型機と比べても遜色がない程度の損失率を維持できている。
航空機事故の原因の8割が「機種とは無関係」
過去の事故統計によると、機体の不具合や機械的な故障が原因となる事故は、全体の2割未満である。残りの約8割は、人的要因や気象条件など、機種とは関係のない要因で発生しているのだ。つまり、「この機種は危険ではないか」という不安は、事故に遭うリスクを考える上で、実はあまり本質的な問題ではない。
航空機の安全は、むしろそれを運航する航空会社の安全管理体制や、パイロット・整備士の訓練体制といった人的要因にこそ大きく依存しているのだ。
なお、今回のチェジュ航空の事故については、まだ正式な調査結果が出ていないため詳細な言及は控えるが、報道されているようにバードストライク(鳥との衝突)が原因だとすれば、機種にかかわらず、すべての航空機が直面する可能性のあるリスクと言えるだろう。
航空機の安全性に限らず、私たちは日々さまざまなリスクに直面している。そして、メディアで大きく報道される恐ろしい出来事に対して、つい感情的に反応してしまいがちだ。しかし、本当に賢明な判断をするためには、「母数」を意識したデータの確認が重要である。今回、737型機の事例で見てきたように、一見危険に思える現象でも、実際のデータを確認すれば、必ずしもそうでないことが分かる。
私たちの不安や懸念は決して不合理なものではない。ただ、その不安に振り回されて慌ててチケットをキャンセルするのではなく、できる限りデータに基づいて冷静に判断することで、より適切なリスク管理が可能になるはずだ。
なお、この記事で使用したデータは、Gemini Advanced 1.5 Pro with Deep ResearchというAIに依頼して調べてもらった。細かな数値については誤差があるかもしれないが、とても手軽に調べられるので、不安に思った方はAIに統計情報を集めてもらうと良いかもしれない。