刑務所問題をライフワークとする記者が、全国各地の“塀の中”に入り、そこで見た受刑者の暮らしや、彼らと向き合う刑務官の心情をレポートする。
日本国内には“塀のない刑務所”(開放的処遇施設)がいくつかあり、愛媛・松山刑務所の構外泊まり込み作業場「大井造船作業場」(今治市)もその一つ。一般社会人との共同作業による社会性育成、職業訓練を通じた資格取得などによって矯正効果が期待され(※1)、受刑者としても、刑期より短い期間で仮釈放を受けるチャンスを得られるというメリットがある。
しかし、大井造船作業場は塀や鉄格子がない施設であることから、ここに来られるのは選び抜かれた一握りの受刑者のみ。第2回は、大井行きの切符を手にするため事前に行われる5週間の過酷な訓練、そして刑務官、職員らの最終面接に臨む受刑者たちの姿を伝える。
※1 取材当時(2011年)における出所者の再犯率は、一般の刑務所で5割近いのに対し、大井造船作業場では最近5年間で12%だった。
※2 この記事は、テレビ朝日報道局デスク・清田浩司氏の著作『塀の中の事情 刑務所で何が起きているか』(平凡社新書、2020年)より一部抜粋・構成しています。
“鬼”刑務官による厳しい訓練
彼らが向かったのは工場の一角にある訓練場。大井を目指す6人の受刑者が、いきなり大声で叫びだした。「心得行きます」
「大井7則」
「一つ、自ら考える」
「一つ、教えを聞く」
「一つ、責任を果たす」
「一つ、謙虚である」
「一つ、礼儀正しい」
「一つ、静座する」
「一つ、技術を学ぶ」
「以上です」
これは彼らが目指す塀のない刑務所、大井造船作業場の心得で、作業中に大きな声を出す訓練でもある。1500メートルのランニングを課すこともある。
そしてグラウンドで行われていたのは「行動訓練」だ。6人が1列に並んでいる。30代の担当刑務官の厳しい声が容赦なく受刑者たちに浴びせられる。
「全員、気をつけ!」
受刑者が号令を掛けるが担当刑務官は、「遅いで!」と大きな声を張り上げる。
「ダメや、ダメ、ちゃんと気合い入れてやれや! 最初からやり直し!」と再びダメだし。
「行動訓練」は塀の外に出て民間の一般作業員とも一緒に働くことになるため、トラブルが起きないようにとにかく厳しく注意を受ける。
担当刑務官が続ける。
「もっとしっかり声張って、やれって!」
「はい!」
「やり直し、やり直し!」
「集合! 2列縦隊!」
「声が小さい、やり直し! 何回やり直すんや!」
とにかくきびきびとした行動を、そして声を大きく張り上げるように何回もやり直しさせられる。受刑者たちの表情も次第に険しくなる。そして、担当刑務官はこう叱咤(しった)する。
「自分たちに甘い気持ちがあったら向こうでは通用せんのや! 妥協するところと違うで! 何のためにここで訓練やっとる? 自分らでやります、って言ってやっているのと違うのか、しっかりやれ!」
体育会系の一種の“しごき”にも見えるが、受刑者たちも自ら希望した大井造船作業場に行きたいという強い思いがある。そして、この担当刑務官も厳しいながらも、受刑者に生半可な気持ちで大井に行ってほしくないという、その熱い思いが滲み出ている。
姿勢や機敏さ、声の大きさ、一挙手一投足に至るまで細かく、そして厳しく指導を受ける。誰か1人でもできなければ、すべてやり直し。それは一緒に大井に行く6人は常に“連帯責任”を負わされるということを植えつける狙いも透けて見える。
刑務官が語る「厳しさの意味」に受刑者たちも納得の表情
他の刑務作業とは異なり、大井では体力そして機敏さも要求されるため45歳以下の健康な受刑者しか、その資格はない。そのため行動訓練だけでも毎日1時間、みっちりと鍛えられるのだ。「1、2、3……」
「やめ、やめ、お前らそれが全力か? いやなら、やめろよ!」
「本当にどうもすいませんでした……」
「1……」
「1やない、イチ! や」
受刑者の声が小さかったので担当刑務官は「イチ!」と声を張り上げる。
「本当にどうもすみませんでした!」
「帽子とれ!」
「本当にどうもすいませんでした!」
「やり直しや!」
「はい!」
造船場の作業現場は本当に大きな音が鳴り響いているため、大きな声を出さないといけない場面が多々あるのだ。余りの厳しさにこの訓練で脱落し大井に行けなかった者も中にはいるという。1時間の訓練の最後、担当刑務官はその厳しさの意味をちゃんと説明する。
「全員、礼! お願いします!」
「いいか、厳しい時に楽な方向に行ってしまうのは簡単、それでは何にも変わらない。まず、みんなには自分に対する甘い気持ちをなくしてもらいたい。この訓練を通して自分に厳しく、自分を律することを徹底してもらいたいと思います」
受刑者たちも納得の表情を見せる。しかし、この訓練を終了すればすぐに大井に行けるわけではない。その前に、「審査会」と呼ばれる最終面接試験があるのだ。その様子も取材することができた。
素養を見抜く幹部職員
2011(平成23)年1月初旬、松山刑務所の幹部職員らが集まり、審査会が行われていた。「失礼します!」
入ってきたのは20代の受刑者だった。
「大井造船作業場に出役したい理由は?」
「社会復帰をしたときに何か自分の身につけて帰りたいと思って資格を取りたいと思いまして」
「資格取得ね、大事なことだね、他には?」
「僕のことを待っていてくれている人たちもいますので、1日でも早く、社会復帰をしていくことです」
「開放的処遇で生活するが、そこでは、どのような生活をしていくつもりですか?」
「開放的施設になると生活環境が変わってしまうので気が緩む可能性があります。ちゃんと責任感を持ち、共同生活でも自分の立場をわきまえて頑張りたいと思います」
「職員が見ていなくても真面目に作業に取り組むことはできるのか?」
「はい、できます! 自分自身しっかりしていきたいと思います」
「休憩時間中などでは、一般の作業員の方がたばこを吸ったり、パンを食べたり、そのようなことが目につく。そんな誘惑に君は勝てるのか?」
「はい、失礼がないように断ります」
「もし誘惑に負けそうになったとき、どうするつもりだ?」
「負けそうになる前に誘惑されないように自分自身をしっかりとしていきたいと思います」
大井には取材当時、中国からの留学生も200人ほど来ていた。こうした詳しい事情を知らない中国人らから、たばこや菓子、携帯電話を渡されそうになることも実際にあり、過去そういうことで失敗した人間もいたことを注意しているのだ。そして質問は5週間にわたった訓練についても及ぶ。
「大井造船作業場を目指して訓練してきたが、この訓練で君が得たものは?」
「訓練で得たものはいろいろと厳しい動作とかあるのですが、一番心に残っていることは仲間の大切さに気づかされたことです。今まであまり人に頼ることなくやってきたのですが、今回自分が困ったときにみんなから支えあうという行動をとってもらい、仲間の大切さがわかりました」
「自分自身として成長したことは?」
「自分自身は弱かった心が強くなりましたし、すぐ逃げだそうとした心も前向きに考えられるようになりましたし、ダラダラとしていた行動動作も機敏に動かせるようになりメリハリのある自分になりました」
「他人に対しては?」
「今まで以上に思いやる気配りができるようになりました。自分としてはかなり成長したと思います」
「模範解答ばかりで信用できない」
ソツのない受け答えだなと思って聞いていると、職員から核心を突く質問が出る。「○○(受刑者の名前)よ、聞いていると模範解答ばかりで全く私は信用できないのだけど、お前の社会での生活は嫌になったら、家を飛び出して車で寝たり、友達の家で寝たり、その繰り返しだろう。そのあげくにこの事件だろ? 大井が気に入らなくなったら飛び出すのか?」
「いいえ」
「なんでそんなことが言えるんだよ?」
「はい、二度と同じことはしないです! 飛び出さないです!」
職員の厳しい追及にも男は毅然として答えた。
「同じこと、同じこと、若い時からその繰り返しだろう、どんなことがあっても元の刑務所(松山刑務所)に戻らない、作業場の寮から逃げないという気持ちはできたのか?」
「はい、できました!」
「信用してええのか?」
「はい!」
続いて入ってきたのは30代の受刑者、覚せい剤取締法違反で懲役2年10か月、やはり塀の外で待つ妻と3人の幼い子どもを養うために一刻も早く出所したいという。刑務官が聞く。
「訓練で君自身が得たものは何かね?」
「忍耐力とチームワーク、仲間の大切さをすごく知りました」
「訓練をした以上に大井ではもっと厳しくなるぞ、そのときでもやれるか?」
「やります!」
「自覚ができていると見ていいのか?」
「はい!」
「以上で終わる。出役の可否については明日、告知する」
「起立、礼!」
「ありがとうございました!」
6人の受刑者に幹部職員たちは敢えて厳しい質問を浴びせ、本当に大井でやり切れるのか、その決意は本気なのか、その素養を見抜く。厳しい訓練を乗り切ってもこの審査会の面接で落とされることもあるという。
この審査会から6日後、“合格者”は松山刑務所から大井造船作業場に移送となる。塀の外にはマイクロバスが用意されている。果たして何人来るのか。私がマイクロバスの横で待っていると、塀の中から次々と受刑者たちが来る。1人、2人……なんと今回は6人全員、審査会をパスし大井行きが認められたのだ。