これに気づいた会社がXさんを懲戒解雇すると、Xさんは「解雇は無効だ」として提訴。
結果、裁判所は「懲戒解雇OK」と判断した。(東京地裁 R6.3.21)
最近、こうした【顧客情報ネコババ裁判】をよく見かけるようになった。ご注意いただければ幸いだ。
事件の経緯
会社は、経営コンサルタント業を営んでおり、Xさんは代表取締役に次ぐ職位にあった(専務執行役員兼営業統括本部長)。おもな仕事内容は、コンサルティング業務や営業担当者の監督業務だ。■ 新会社を設立
入社から7年後、Xさんは新会社を設立する(Xさんが唯一の業務執行役員)。後ほど解説するが、Xさんは、自分の会社の顧客を増やしておこうと考え、在職中、顧客に対してさまざまな働きかけをした。
■ 辞めた後もコンサル続けます
新会社の設立から約2年後、Xさんは、顧客3社に対して「会社を辞めた後もコンサルティング業を続けます」旨を伝えた。これは、Xさんの営業行為のようなものであった。
■ C社への出資を勧誘する行為
C社は投資会社で、Xさんの妻が在籍していた。Xさんは顧客に対し「C社に出資しませんか?」と提案を行ったことがあった。詳細は割愛するが、C社への出資の危険性が問題視されたことから、会社は「顧客をC社に紹介することは厳禁!」である旨を決定し、すでにC社に出資していた顧客に対しては解約するようアドバイスした。
しかし! Xさんは聞く耳を持たず、会社から厳禁だと言われた後も顧客に対して「C社に出資しませんか?」という提案を継続。
■ 顧客情報の持ち出し
Xさんは、顧客情報などをデータ化して持ち出した。
■ 懲戒解雇
会社は、Xさんの上記行為などを問題視し、Xさんを懲戒解雇した。
■ 訴訟提起
Xさんは、懲戒解雇が不服であるとして、解雇無効を求めて提訴した。
裁判所の判断
Xさんの敗訴だ。裁判所は「懲戒解雇はOK」と言い渡した。以下、理由を概観する。■ 辞めた後もコンサル続けます
裁判所は「Xさんが退職後に始める経営者向けコンサルティング事業において契約を締結することを目指して、少なくとも会社の顧客3社に対して『退職後にコンサルティング業務を継続します』などと伝えたことは、就業規則違反である」と判断した。
【就業規則】
第54条(懲戒解雇)
9号
破廉恥・背信な不正・不義の行為をなし、社員としての体面を汚し会社の名誉及び信用を傷つけたとき
■ C社への出資を勧誘する行為
この行為についても裁判所は「会社がC社への出資を勧誘することを厳禁して以降も、C社に在籍する妻に顧客の紹介を継続し、現にC社に出資した顧客がいることについて、上記の就業規則に加え下記の条項にも違反する」と判断した。
【就業規則】
同条13号
職務上の地位を利用して私利を図り又は取引先等により不当な金員を受け若しくは求め又は供応を受けたとき
■ 顧客情報の持ち出し
これについて裁判所は「Xさんが退職後に始める経営者向けコンサルティング事業において契約を締結することを目指して、顧客情報の移管を企て、顧客情報のデータを持ち出したことについて、少なくとも下記の就業規則に違反する」と判断した。
【就業規則】
同条10号
会社、顧客又は取引先の業務上の重要な機密を外部に(中略)漏らそうとしたとき
裁判所は以上の理由から、最終的に「懲戒解雇はOK(客観的合理性が認められる)」と結論づけた。
ちなみに、Xさんは持ち出した顧客情報を後ほど返還したが、裁判所は「Xさんが会社でNo.2の地位にあったこと、Xさんの行為が悪質であることからすれば、懲戒解雇OKの判断は揺らがない」旨付言している。
オマケ
Xさんは、懲戒解雇の点では負けたが、慰謝料30万円を勝ち取っている。社長からのパワハラがあったからだ。これらの社長の行為について裁判所は「業務上必要かつ相当な指導の範疇を超え、Xさんの人格権を侵害するものとして違法」と判断した。
パワハラ発言だけで慰謝料が2桁に乗ることは珍しいが、30万円もの金額が認定された背景には丸坊主にさせたことの違法性の高さがあるだろう。
最後に
昨今、顧客情報などの“ネコババ”で懲戒解雇になっているケースが多い。たとえば次の裁判のように、退職を決めた後に婚約者へ会社の機密情報を送信した事件では「懲戒解雇OK+退職金ゼロもOK」という厳しい判決が出ている。商社マンが機密情報の横流しで“懲戒解雇・退職金不支給” 「処分が重すぎる!」の訴えに裁判所の判断は(東京地裁 R5.11.27)
情報が価値を生む業界に所属している方は、「自分で事業を起こしたときに使えよ」「転職先に“お土産”を持っていきなよ」という悪魔のささやきが聞こえてくるかもしれないが、会社から損害賠償請求される可能性もあるので、気持ちをグッと抑えていただければ幸いだ。