調教中の馬が暴走し騎手が死亡…労働者でない“個人事業主”が「業務上の事故」で死傷したときの“補償”とは?
兵庫県尼崎市の園田競馬場で13日、調教中の競走馬3頭が衝突し、騎乗していた松本幸祐騎手が落馬し、死亡する事故が発生した。
個人事業主である騎手が業務中の事故により死亡した場合、「労災」の対象とはならない。
では、騎手のための補償の制度はないのか。また、騎手以外の個人事業主の場合はどうなっているのか。

地方競馬の騎手等のための「共済」

本件事故で亡くなった松本騎手は、地方公共団体が運営する地方競馬の騎手であり、地方競馬の騎手に対する補償については、「一般財団法人 地方競馬共済会」が、業務上の事故を対象とする給付事業を行っている。
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調教師、調教師補佐、騎手、厩務員とその家族のための団体である(地方競馬共済会HPより)

補償の内容は、業務上の事故一般を対象とした「一般給付事業」と、それとは別にレース中等の騎手の事故のみを対象とした「特別給付事業」がある。
「特別給付事業」の対象は、「レース中、主催者の管理下における発走・能力試験等、開催期間における調教中の事故等」であり、本件は「園田競馬23回」の開催期間中(1月8日~16日)の調教中の事故なので「特別給付事業」の対象ということになる。その補償内容は以下の通りである。
【特別給付事業】(会費年3万円)
(1)特別遺族給付:2500万円
(2)特別障害給付:100万円~2500万円
(3)特別入院給付:1日2000円(4日以上の入院に給付、180日目まで対象、手術加算あり)
(4)特別通院給付:1日1000円(4日以上の通院に給付、180日目まで対象・90日限度)
なお、参考までに「一般給付事業」の給付内容は以下の通りである。
【一般給付事業】(会費月2800円)
(1)障害給付(業務上の事故により後遺障害が発生した場合):14級36万円~1級900万円
(2)入院給付(業務上の事故により入院した場合):1日3000円(手術加算あり)
(3)遺族給付(業務上の事故により死亡した場合):900万円

中央競馬会は「日本騎手クラブ」による補償

以上は地方競馬の騎手の補償だが、中央競馬を主催する日本中央競馬会(JRA)所属の騎手の補償はどうなっているのか。
日本中央競馬会法19条3項、同施行規則2条の4-4号は、JRAに対し、「競馬の健全な発展を図るため必要な業務」の一環として、騎手等の「労働環境の改善又は福利厚生の増進」の業務を行うことを義務付けており、騎手等が業務上の事故で死傷した場合の補償はこれにあたる。
そして、実際に、JRAによれば、JRA所属の騎手が全員加盟する「日本騎手クラブ」が「共済制度」を運営しているとのことである。
日本騎手クラブの共済の補償内容については一般に公開されていないが、前述の地方競馬共済会の内容が参考になる。

個人事業主にとって重要な「労災の特別加入」の制度

このように、地方競馬でも中央競馬でも、騎手が業務上の事故で死傷した場合には「共済」による補償を受けることができる。では、このような制度がない業種の個人事業主は、どうすればいいのか。
実は、「労災の特別加入」という制度がある。これは、業務の実態・災害の発生状況等からみて実質的に労働者と同じような立場とみられる個人事業主が特別に労災に加入できる制度である。

調教中の馬が暴走し騎手が死亡…労働者でない“個人事業主”が「業務上の事故」で死傷したときの“補償”とは?

労災特別加入のしおり(一人親方その他の自営業者用)(出典:厚生労働省)

加入資格が認められる者の範囲は「中小事業主等」「一人親方等」「特定作業従事者」「海外派遣者」の4類型に分けられる。
いわゆる「名ばかり事業主」の問題が指摘されるなか、2021年以降、特別加入制度の対象が広がり、2024年11月からは「一人親方等」に「フリーランス」が含まれるようになった。これにより、現在ではかなり広範囲の個人事業主が労災特別加入の対象となっている。
特別加入できる事業者の要件の詳細は、厚生労働省のHPで公開されている。確認して、要件をみたしているならば、必ず加入すべきといえるだろう。

「共済」も「労災特別加入」もない個人事業主はどうすればいいか

では、騎手のような共済の制度がなく、労災特別加入の制度の対象にもなっていない個人事業主はどうすればいいのか。
公的年金の一環として、後遺障害を負った場合の「障害年金」、死亡した場合の「遺族年金」があるが、これらはあくまでも最低限のものにすぎない。そこで、これらの不足をカバーするものとして、民間の保険を利用することが考えられる。大きく、「働けなくなったときの補償」と「死亡した場合の保障」に分けられる。いずれも保険料が割安な「掛け捨て」の保険である。
第一に、「働けなくなったときの補償」には「所得補償保険」と「就業不能保険」がある。いずれも保険金を「月10万円」「月20万円」月単位で設定し、給料のように受け取れるしくみになっているが、それぞれ保険金の支払い条件や対象となる期間が異なるので、両方加入しておくことが望ましい。

所得補償保険は、一時的な病気・ケガでドクターストップがかかった場合に備えるもの。保険金は「1か月=30日」として日割り計算で支払われる。
これに対し、就業不能保険は、一時的な病気・ケガで済まない所定の「就業不能状態」に陥ってしまった場合に備えるものだ。給付条件は保険会社にもよるが、障害等級や介護度といった公的保障の基準と連動している商品が多い。また、次に述べる生命保険(収入保障保険)に「特約」としてセットできる保険会社もある。
第二に、「死亡した場合の保障」で重要なのが「収入保障保険」である。これは、死亡した場合に遺族が「月10万円」「月20万円」などの一定額を受け取れる。最近は前述の「就業不能保険」をセットで付加できる商品も多い。
どのような業種であれ、また被用者か自営業者かを問わず、業務上の不慮の事故で死傷する危険性は否定できない。したがって、自分自身がどのような内容の補償・保障を受けられるようになっているのか確認し、もし不足があるならば、十分な自衛手段をとっておくことが大切である。


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