経済的事由から、国民健康保険料や病院窓口での受診料を支払えず受診を控え、死亡に至る。
全国の病院・診療所等でつくる「全日本民主医療機関連合会(民医連)」は5月12日、都内で会見を開き、同連合会の事業所でそうした事例が昨年1年間に48例確認されたことを発表し、関係する社会保障制度の改善と周知を訴えた。
(榎園哲哉)

死亡事例48件「氷山の一角だ」

民医連が加盟する全国約700事業所(病院・診療所・歯科)を対象に昨年1月から12月まで行った調査で、経済的事由で医療機関への受診を控え、その結果、治療や手術が手遅れとなって死亡に至った事例が48件あったことが明らかになった。
会見に臨んだ岸本啓介・民医連事務局長は、健康状態が悪化しながら適切な時期に治療が開始されなかった背景には、「当事者の多くが非正規雇用による低賃金、短期の雇用の繰り返し、失業などの状況にあった」ことを挙げた。
「保険料を滞納し保険証のない『無保険』状態だったり、保険証があっても(医療機関の)窓口での一部負担金を払える財政的な余力がなかったりして、診療をためらったようだ」(同前)
また、保険料を払い続けられず、資格証明書(※)の発行を受ける人も多いという。
※一定期間以上滞納がある場合に保険証を返還し、代わりに交付される。受診した場合、医療費の全額をいったん支払う。
その上で、医労連加盟の病院・診療所でカバーしている患者数は全体のおよそ5%であるとして、生活困窮で受診できず死亡に至った48事例は「氷山の一角だと思われる」と語った。

当事者ら「症状が相当悪化するまで我慢」か

48事例の具体的な状況について、山本淑子・民医連事務局次長は、調査の内容を伝えた。
当事者の男女比は男性85%、女性15%。年齢層は60代が35%と最も多いが、現役世代の30~50代も27%を占めた。
世帯構成は独居が最も多く63%。住居は借家・アパートが44%、持ち家が33%で、当事者が路上生活者だったケースは1件だった。
また、雇用形態は無職が52%、非正規雇用が19%で、およそ60%が月収10万円に満たず生活していた。一方で何らかの負債を抱えていた人の割合は42%だった。
こうした生活困窮の状況が、未受診だけでなく、治療の中断にもつながり「症状が相当悪化するまで我慢して、救急搬送される事例も多い」(山本事務局次長)という。

土木作業に従事していた50代男性は、重度熱中症で病院に搬送され翌日に亡くなった。その前日から熱中症の症状があったが、受診していなかった。
男性の雇用形態は、月10日以上働くという条件の契約社員で、給与は日当1万1000円。そこから寮費3400円や給与を前借りした際の返済分が引かれていた。病院に搬送された際の所持金は2888円、保険証は国保料未払いによる期限切れで、保険が適用されない「無保険」の状態だった。
山本事務局次長はこうした男性の置かれた環境を説明した上で、「経済的に国保料の負担は困難だったと思われる」と話した。

負担金の減免「制度」の改善・周知求める

国民健康保険法44条は、医療費の窓口一部負担金について「負担金を支払うことが困難であると認められるものに対し」その減免を定めている。また、同法77条では、特別の理由がある場合「保険料を減免し、又はその徴収を猶予することができる」と定めている。
しかし、いずれも申請手続きが煩雑だといい、今回の調査で明らかになった48事例では、申請手続きを行っていた人は確認されなかった。
山本事務局次長は「手続きの簡素化など運用を見直し、利用しやすい制度への改善が求められる」と訴えた。
また、社会福祉法2条3項9号に基づき、低所得者や路上生活者、DV被害者等の生活困難者を対象として、施設ごとに一定の基準で無料または低額な料金で診療を行う「無料低額診療事業」についても、山本事務局次長は「十分周知されているとは言えない」と指摘した。
「民医連ではこの制度に積極的に取り組んでいる。お金の心配をせずに、とにかくまず『無料低額診療事業』に取り組んでいる該当医療機関(※)を受診してほしい」(同前)
※各都道府県のホームページなどで確認できる。

「窓口負担あまりに高すぎる」医師指摘

国民健康保険には、非正規雇用や病気で働けなくなった失業者、定年退職後で収入減となった人などが多く加入している。
その一方で国は、国民健康保険への国庫負担を減らしてきた。保険料負担は重くなり、2024年度の国保料(税)率改定でも、677の自治体で値上げが行われた。
山本事務局次長は、「国庫負担を大幅に引き上げ、高すぎる国保料を引き下げてほしい」と要望した。
会見には、「金沢城北病院」(石川県金沢市)副院長も務める柳沢深志・民医連副会長もオンラインで参加し、医師の立場から「窓口負担があまりに高すぎる」と声を上げた。
「今回の調査では、がんと診断されたが医療費負担が高くて治療をためらい亡くなった方もいた。私共の病院でもそういう患者さんを経験している」と述べ、こう続けた。
「病院を受診しやすいということが、健康づくりのため、人間らしく生活するための大前提だ。お金がなくて医療に掛かれないというケースは、本来は一例もあってはならない」
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。



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