大西洋を航行中のクルーズ船で集団感染が確認されたハンタウイルス。これに対し厚生労働省は今月6日、「仮に感染した乗客が日本に入国した場合であっても、国内でヒト-ヒト感染により感染拡大する可能性は低い」との評価結果を公表した。

8日には上野賢一郎厚生労働相も「現時点でわが国に直ちに大きな影響が及ぶことはない」との認識を示したが、国民の間では不安の声も聞かれている。
新型コロナウイルス感染症の流行期には、法律に基づいて入国拒否や待機要請といった強い水際措置がとられた。しかし現在、ハンタウイルスに対して同様の措置はとられていない。なぜなのか。現在の水際対策の法的根拠と限界について、入管法に詳しい山脇康嗣弁護士に聞いた。

厚労省は「冷静な対応」を呼びかけ

厚生労働省は現在、ハンタウイルスへの対応として「検疫所において、海外渡航者向けウェブサイトにおける情報発信や注意喚起を行うとともに、体調に異状がある方に対して、げっ歯類(ネズミ等)との接触の有無等を確認し、必要に応じて医療機関の受診を勧奨することとしております」と説明している。
一律の入国停止や、入国後の長期的な自主待機義務といった強制措置は示されておらず、国民に「冷静な対応」を求める呼びかけが中心となっているのが現状だ。

日本人の入国(帰国)は拒否できない

では、ハンタウイルスへの感染が疑われる人の入国を拒否することは、法的に可能なのだろうか。この点について山脇弁護士は、「対象者が日本人であるか外国人であるかによって分けて考える必要がある」と指摘する。
まず、対象者が日本人である場合、いかなる理由があっても日本への入国(帰国)そのものを拒否することはできない。山脇弁護士によると、日本人には日本への入国(帰国)が権利として保障されているためだ。
出入国管理及び難民認定法(入管法)5条には「上陸拒否事由」が定められているが、これは外国人のみを対象としたものであり、日本人には適用されない。
ただし、検疫法で定められた「検疫感染症」に感染している疑いがある場合には、同法に基づき、検査、隔離、停留、健康監視といった措置の対象となりうる。しかし、ハンタウイルス感染症は現時点において、この検疫感染症には指定されていない。

外国人の場合は入管法の2つの条文が焦点に

一方、対象者が外国人の場合は、入管法5条1項1号と同項14号の適用が考えられるという。
(1)入管法5条1項1号(感染症の患者等)この条文は、感染症法に定める「一類感染症」「二類感染症」「新型インフルエンザ等感染症」「指定感染症」の患者などを上陸拒否の対象とするものだ。ハンタウイルス感染症は現在「四類感染症」に位置づけられており、この条文の上陸拒否対象とはならない。
山脇弁護士は、この条項は限定された感染症にしか適用できず、しかも、適用認定には国が指定する医師の診断が必要となるなど、「『使い勝手』が悪く、機動的に適用しづらい」と説明する。事実、新型コロナウイルス感染症(当時は「指定感染症」)の水際対策においても、この条項は適用されなかった。
(2)入管法5条1項14号(利益公安条項)もう一つが、「法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」を上陸拒否対象とする条文だ。
新型コロナウイルス感染症の水際対策として実際に適用されたのが、この14号だった。感染者が多数発生している地域に滞在歴がある外国人について、特段の事情がない限り本号に該当するとして上陸を拒否する措置が、閣議了解という政治判断によってとられた。
山脇弁護士は、「ハンタウイルス感染症についても、当時の新型コロナウイルス感染症と同様に、一定地域において感染者が多数に上る事態となれば、閣議了解により、当該地域に滞在歴がある外国人については、入管法5条1項14号を適用して上陸拒否措置をとることが可能」だと指摘する。この条項は、感染症の水際対策として、1号よりも機動的かつ柔軟に適用できるという特徴がある。
現時点において、ハンタウイルス感染症を理由にこのような措置はとられていない。仮に14号に基づき上陸拒否措置がとられる事態になった場合、「ハンタウイルス感染症が検疫感染症に指定され、感染の疑いがある人は日本人を含めて、検疫法に基づく検査、隔離、停留、健康監視等の措置の対象にもなる可能性が高い」(山脇弁護士)という。

なぜ「受診勧奨」にとどまるのか

現在の厚労省の対応が「受診勧奨」などにとどまっているのは、ハンタウイルス感染症が、現時点において検疫感染症に指定されていないためだ。

そのため、山脇弁護士は「日本人に対してであれ、外国人に対してであれ、刑事罰をもって強制的に、検疫法に基づく検査、隔離、停留、健康監視等の措置の対象とすることはできない」と説明する。
よって、空港の検疫所における現在の対応は、
  • ウェブサイトでの情報発信や注意喚起
  • 入国(帰国)する者の発熱などの症状の確認
  • 症状や不安がある者への聞き取り(渡航歴、げっ歯類との接触の有無など)
  • 必要に応じた医療機関の受診勧奨
といった範囲にとどまらざるを得ないのが実情だ。


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