二極化する外食 働き手に報いる視点で考える外食ダイナミックプライシング
他産業で進展するダイナミックプライシング

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ダイナミックプライシングとは、需要と供給の状況に応じて商品やサービスの価格を随時変動させる価格戦略である。

1980年代、アメリカン航空は先駆けてこの手法を採り入れた。同社は、季節など需要に影響を与える要素に基づき、価格を自動的に調整するコンピュータープログラムを開発した。

同社の取り組みが、情報技術を使った現代的なダイナミックプライシングの始まりと言われている。その後、航空業界だけでなく、ホテル業界など旅行業界全体に広まっていった。

近年では、ビッグデータやAIなどの先進技術の発展を背景に、よりタイムリーな需要予測が可能となり、スポーツ観戦や音楽イベントなど、エンタテインメント業界への導入へと波及した。

たとえば、Jリーグ名古屋グランパスは2019年のシーズンから、ホームである豊田スタジアムとパロマ瑞穂スタジアムの全20試合で、シーズンパスなど一部の例外を除いた全席にダイナミックプライシングを適用した。エイベックス・エンタテインメントは、2019年末に国立代々木競技場第一体育館で開催した女性ボーカリストのカウントダウンライブに、ダイナミックプライシングを採用している。担当者からは「チケット収入は1.5倍になった」という発言もあった。

こうした動きはフードデリバリー業界やライドシェア業界にも浸透しつつある。

ウーバーイーツや出前館は、繁忙状況や天候により、配達料金を調整している。悪天候の場合は、配達料金を平常時の数倍に値上げすることで、配達員にインセンティブを与え、供給量を増やすという仕組みをとっている。ライドシェア業界も同様に、過疎地域での配車料金を増額している。

消費者理解が得られにくい外食業界の価格変動

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消費者理解が得られにくい外食業界の価格変動

ダイナミックプライシングが成果を生むには条件がある。

物の価格は需要曲線と供給曲線の一致するところで決まる。需要曲線と供給曲線に複数のパターンが存在する場合は、多様な価格が成立する。

実生活において、時間・場所などの外部環境により、同じ商品やサービスであっても需要量と供給量が常に変化しているため、異なる価格でも合理性を持つ。これがダイナミックプライシングの前提条件だ。

とはいえ上記をクリアしたとしても、頻繁な価格変更は消費者の不満を招きかねない。企業側は消費者の感情に配慮する形で説明責任を果たす必要がある。

経済学において、レモン市場という現象がある。レモン市場とは、財やサービスの品質・価値情報において、売り手と比較して買い手側が不足している状態を指す。解決策として、売り手から積極的な情報発信を行い、買い手側の情報非対称性を解消することでレモン市場を回避する。また適正な価格設定には、高精度の需要予測が必要となる。そのためには、データ蓄積・分析に関するITシステムや人材への投資にも注力しなければならない。

上記に照らして既にダイナミックプライシングが浸透した業界と外食業界を比較すると、飛行機やホテルでは、事前予約が基本となり、消費者は価格を了承した上でサービスの利用を決められる。

一方、外食は日常生活の中で頻繁に利用するため、予約せずに入店するケースもしばしば存在する。かつ、ファーストフードや食券タイプの店舗を除けば、食後の支払いが一般的であり、消費者は入店前に価格を把握していない場合が多い。

時間帯・時期によって価格を頻繁に変更すると、利用客の不満・不信感を招きやすく、クレームに繋がりかねない。

外食産業の参入障壁の低さもダイナミックプライシングが馴染みにくい一因だ。

熾烈な店舗間競争のなか、安易に値上げすれば、近隣の競合店に顧客を奪われるリスクもある。ナショナルブランドやプライベートブランドが存在するメーカーや小売業と違って、外食産業が扱う商品は料理一品一品だ。料理人の質や提供方法など、趣向を凝らす余地はあるとしても、価格転嫁できるほどのブランド化はなかなか難しい。

働き方の変化と外食ダイナミックプライシング導入の必要性

しかし、コロナを機に様々な環境与件が変わり、外食産業もダイナミックプライシングと向き合う時期に差し掛かってきたとみられる。

図1には業界別の需要と限界費用の関係性を示した。先に述べた飛行機やホテル業界(パターンA)では、参入障壁の高さを背景に供給量が固定的なため、限界費用は一定だ。限界費用とは、ある財・サービスを一単位増やすために、追加で発生する費用を指す。飛行機であれば、1回のフライトにおいて乗客が1人であろうが、100人であろうが、発生する費用は変わらない。限界費用が一定であれば、ダイナミックプライシングを適用して、繁忙期は値上げして単価上昇を狙い、閑散期には値下げして客数増加を図ることにより、需給調整が可能となる。

これに対し外食業界(パターンB)は、需要と限界費用の両方が変動する。需要面では、コロナ以降、二次会需要の減少をはじめ消費者の習慣が変化し、飲食店のゴールデンタイムが分散・短縮化された。

外食各社は、アフターコロナの飲食スタイルへのキャッチアップに腐心している。

限界費用に関しては、そもそも労働集約的な産業特性のため、追加売り上げ獲得には、追加リソースの投入が前提となり、限界費用が逓増する。また、参入障壁が低く、基本的にはオーバーストア状態のため、供給側は強い価格決定権を持ち得ない。

加えて最近では、限界費用の変数もまたひとつ増えた。スポットワーカーに代表される働き方の“小間切れ化”現象だ。スポットワーカーとは、企業や店舗などで単発、短時間、短期間で働き、継続した雇用関係のない労働者を指す。スポットワーカーは年々増え続け、2023年中には1000万人を突破した(図2)。新たな働き方の流れを捕捉すべく企業側も受け入れ体制を整備しており、なかにはスポットワーカーのみで構成される飲食店も出てきている。

スポットワーカーの採用は、企業にとっては、需要の変動に応じて労働力投入に強弱をつけられる一方、働き手にとって人気の曜日・時間帯は時給が安い、不人気なら時給が高いといった事象が起こり、場合によっては企業側のコスト増、あるいは営業できない時間帯が生じ得る。皮肉にも労働市場が外食企業に対しダイナミックプライシングを仕掛けているようなものだ。

実際、スポットワーカーと企業のマッチングを手掛けるタイミーでは、同じ仕事であっても曜日・時間帯で時給が異なる。下手に低時給の人材を優先確保すれば、教育期間の短さも相まってサービス品質の劣化を招きかねない。

こうしたなか、外食産業にとってのダイナミックプライシングは、限界費用の変動にフィットした価格設定として、またそれ以上に、“小間切れ化”して働く労働者に対し適正な対価を支払うための手段として、本格的に検討すべきではないだろうか。

ダイナミックプライシング導入へのキーワード~事前告知、食事代との切り分け、+αの付加価値

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ダイナミックプライシング導入へのキーワード〜事前告知、食事代との切り分け、+αの付加価値

外食産業のダイナミックプライシング導入事例は数としては少ないが、いくつか示唆に富む取り組みがみられる。曜日・時間帯・顧客別などきめ細かなデータ分析に基づく精緻な需要予測はもちろん、「事前告知」、「食事代との切り分け」、「+αの付加価値」、など消費者理解浸透への取り組みが重要だ。

ワタミグループが展開する「鳥メロ」業態では、2022年9月、消費者に事前告知する形で深夜料金+10%を導入した。コロナ後も特段の顧客離反は見られず、運用を継続している。

マクドナルドの立地別料金導入も、時間帯ではないものの、立地に応じて大きく変動する限界費用(家賃)を吸収する価格を設定している点で、一種のダイナミックプライシングと整理できる。

ワタミ、マクドナルドに共通するのは、消費者への事前告知、深夜料金・場所代など食事料金と切り分けたところで価格設計した点だ。消費者にとって料金上乗せはたしかに痛いところだが、値上がりの理由を事前に説明することである程度の納得感を醸成したと考えられる。

海外に目を向けると、米ウェンディーズは、2024年2月、早ければ2025年にもダイミックプライシングを導入すると発表した。精緻な需要予測の下、AI活用によりリアルタイムで価格が更新されるデジタルメニューボードを導入するほか、1日の特定の時間帯に異なるメニューを提供する計画である。

同計画の発表後、消費者からの要求や問い合わせを受けて、計画の中身を再検討している模様だが、値上げとともに店内のエンタメ性向上、新メニュー開発をセットで進めている点が、興味深い。

他方、ディナーレストランでは、事前告知を行わず、深夜帯におけるサービス料やテーブルチャージを導入するケースも認められる。

いわゆるステルス値上げであるが、これは当該レストランのブランドが確立している場合にのみ成功するパターンで、価格弾性値が高く、予め価格帯を見定めて利用されるチェーン店や日常需要型店舗とは、一線を画すと考えられる。

以上みてきたように、外食産業のダイナミックプライシングは、企業収益向上もさることながら、働き手の待遇改善を通じた外食業界全体のサステナビリティ向上を目指す取り組みと定義できる。

本取組が本格化し、外食業界の恒常的な担い手不足解消に繋がることを期待したい。

「Food Biz」Vol.128(エフビー刊)寄稿記事を転載

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