知られざる「日本の住宅とその性能」について焦点をあてる本連載。今回のテーマは「木造の中高層建築物」。

脱炭素への取り組みをはじめとした環境意識の高まりで注目を集めていますが、高コストがネックとされてきました。しかし、その流れに大きな変化が生じようとしています。

なぜ、木造の中高層建築物が急増しているのか?

ここ数年、木造の中高層建築物が相次いで竣工しています。なぜ最近、木造の中高層建築物が急増しているのでしょうか?

その背景にあるのは、脱炭素への取り組みをはじめとした環境意識の高まりです。

あまり知られていない法律かもしれませんが、「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」という法律がありました。この法律が、2021年に大幅に改正され、名称も「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」に改められています。

この法律は、従来、国や地方自治体に対して、公共建築物を建築する際には、木造を積極的に選択することを促し、木材利用の推進を図る趣旨の法律でした。

これが今回の改正で、木造を積極的に選択するべき対象が公共建築物だけでなく、民間事業者にも拡大されています。すなわち、民間事業者も、木造を積極的に選択することを求められるようになったのです。また、国民に対しても、「木材の利用促進に自ら務める」ことも求めています。さらに同時に、法律の目的も従来から一歩踏み込み、「脱炭素社会の実現に資する」ことが明示されました。

なぜ、木造建築物が脱炭素社会の実現に貢献するのか?

戸建住宅の場合、気密・断熱性能にこだわるのであれば、木造がベストであることは今までも再三説明してきました(関連記事:『日本の家は「他国と比べて寒すぎる」…後悔しない住まいづくりの基礎知識』)。

しかし、建築物の木造化が脱炭素社会の実現に貢献することについてはあまり触れてきていないので、今回、改めて説明したいと思います。

林野庁の資料によると、住宅一戸あたりの材料製造時のCO2放出量は、鉄骨プレハブ造が14.7t、鉄筋コンクリート造が21.8tであるのに対して、木造住宅は5.1tと大幅に少なくなっています。

また木材は、建物として利用されている時も炭素を貯蔵していますから、木材製品を増やすことは温暖化の抑制につながります。炭素貯蔵量は、鉄骨プレハブ造の1.5t、鉄筋コンクリート造の1.6tであるのに対して、木造住宅は6tに上ります(図表1)

日本初「8階建て純木造ビル」誕生…〈日本の中高層建築物〉の概...の画像はこちら >>

なお、戦後植林された国内の森林資源は本格的な利用期を迎えています。木材の利用は、森林循環(造林→伐採→木材利用→再造林)を通じて、森林のCO2吸収作用を強化し、脱炭素社会の実現に貢献するのです。

「木造マンション」が次々に登場

このようなことを背景に、中高層の木造住宅が相次いで供給されています。三井ホームは、2021年に東京都稲城市に、5階建(1階RC、2階~5階木造、総戸数51戸)のモクシオン稲城を竣工させたのを皮切りに、木造賃貸マンションを積極的に展開しています。木造でも一定の条件を満たせば、アパートではなく、マンションと表記できるようになったこともあり、人気を集めているようです(図表2)

日本初「8階建て純木造ビル」誕生…〈日本の中高層建築物〉の概念を変えるか?

従来、木造の集合住宅は「アパート」という表記しかできませんでしたが、大手賃貸募集サイト事業者や住宅メーカーなどが共同で広告等の掲載ルールを改訂し、次の基準を満たせば、「木造マンション」と表記できるようになりました。

(1)共同住宅であること

(2)3階建て以上であること

(3)住宅性能評価書を取得した建物であり、以下の条件の両方を満たしていること

・劣化対策等級(構造躯体等)が等級3

・耐震等級(構造躯体の倒壊等防止)等級3または、耐火等級【延焼の恐れのある部分(開口部以外)】が等級4、もしくは耐火構造

他のディベロッパーも木造マンション事業に参入しつつあり、今後、木造マンションの供給が増えていくことになりそうです。

木造中高層のオフィスビルも次々と竣工

木造マンションだけではなく、木造の中高層オフィスビルも次々と竣工しています。たとえば、株式会社大林組は、横浜市に自社の次世代型研修施設として、11階建てのすべての地上構造部材(柱・梁・床・壁)を木材とした高層純木造耐火建築物「Port Plus」を建設しています(図表3)

日本初「8階建て純木造ビル」誕生…〈日本の中高層建築物〉の概念を変えるか?

また、三井不動産と竹中工務店は、中央区日本橋に地上18階建、高さ約84m、延床面積約28,000m2の賃貸オフィスビル「(仮称)日本橋本町一丁目3番計画」を今年11月に着工し、2025年に竣工の予定です(図表4)

日本初「8階建て純木造ビル」誕生…〈日本の中高層建築物〉の概念を変えるか?

木造建築物は、上述したように建築時のCO2排出量が少なく、炭素を固定する効果のほかに、木質空間は、執務者の自律神経に好影響を及ぼし、知的生産性の向上につながるという研究結果も出ています。これは、木の色彩や香りにリラックス効果があり、作業効率が向上するものと考えられています。

木造中高層の建築物の課題

このように、地球環境だけではなく、執務環境にもメリットがある木造中高層建築物ですが、いくつかの課題があります。

第一に、まだ建築コストが高いことです。中高層建築物に要求される耐火性能を満たすために、構造材をモルタルや石膏で覆うなど、複雑な躯体にする必要があるため、鉄筋コンクリート造で同規模建築物を建てるのに比べて、どうしても高コストになる傾向があります。

また、これに関連するのですが、せっかくの木造でありながら、木の構造材を不燃材料で覆うため、どうしても木質感が失われる傾向があります。執務者等の作業効率向上に貢献する木質感を内部空間に最大限には活かせていないということです。

そして、今までの木造中高層建築物の事例のほとんどは、大手ゼネコンの設計施工によるもので、純木造ではなく、鉄骨とのハイブリット構造であったり、独自開発の特殊な建材を使用している建物がほとんどです。そのため、中小のゼネコンや地域工務店が手掛けるのには、ハードルが高くなっています。

今後、地方の公共建築物や民間建築物の普及を考えると、その地域への経済波及効果という観点から、地元の建設業者でも施工できる工法の開発・普及が望まれるところです。

日本の中高層建築物の潮流を変える「木造ビル」が間もなく竣工

そのような中、我が国の中高層建築物の潮流を変え得る中高層の木造ビルが間もなく竣工しようとしています。株式会社AQ Groupが本社ビルとして、さいたま市に建設を進めている8階建ての「普及型純木造ビル」です。

日本初「8階建て純木造ビル」誕生…〈日本の中高層建築物〉の概念を変えるか?

先日、施工中のこの建物の構造設計を担当した東京大学の稲山正弘教授(ホルツストラ一級建築士事務所主宰)に案内いただく見学する機会に恵まれました。この建物は、今後の我が国の中高層建築物の潮流を変える可能性があると思われるので、この建物の特色について触れてみたいと思います。

日本初の8階建て純木造ビル

この建物は、高さ31m、8階建ての純木造の事務所ビルです。免震装置に頼らない耐震構造による構造体の純木造8階建てとしては、日本初ということです。

そして、木構造体の接合部を特殊な金物に頼らず、日本古来の継手・仕口の技術を住宅用プレカット工場で量産加工した部材で建てられていることも大きな特色です。

これは、今までの特殊な工法による木造中高層建築物と異なり、中小ゼネコンや地場の工務店でも施工が可能ということです。

また、木のパネルで被覆したり、鉄骨やコンクリート造などとのハイブリット工法とは異なり、純木造であるため、木材の比率もハイブリット工法に比べて高くなっています。そのため、脱炭素社会への貢献度がより大きい工法と言えます。

木をあらわし(通常は仕上げ材によって隠される柱や梁などの構造体を露出させる仕上げ)で、特に内観イメージのように、木製の高耐力組子格子壁をふんだんに用いることで、木質感あふれる空間を実現しています。

日本初「8階建て純木造ビル」誕生…〈日本の中高層建築物〉の概念を変えるか?

今後の新築公共建築物が一気に木造に変わる可能性も⁉

そしてこの建物の最大の特色は、稲山教授によると、建築コストが、同等規模の鉄筋コンクリート造とほぼ同レベルということです。

冒頭で触れたとおり、国や自治体は、公共建築物を建てる際には、木造を積極的に選択するように検討することが義務づけられています。ただ今までは、建築費が鉄筋コンクリート造等に比べて高いため、予算に余裕のない状況下での木造化は限定的でした。

そしてさらに、東京や大阪に本社を置く大手ゼネコンではなくても、地域の中小ゼネコンや地域工務店でも施工が可能であることは、公共事業により地域経済の活性化も推し進めたい地方自治体にとっては大きなメリットになると思われます。

地方自治体にとっては、今回登場したこの工法は、今後の中高層の新築公共施設を一気に木造化させていくポテンシャルを秘めているのではないかと思われます。

中高層の賃貸住宅も木造化されていく可能性も⁉

いままでの連載では、住宅の高気密・高断熱化には木造が最も有利であることや、これから資産価値を維持できるためには、断熱性能等の躯体性能が重要であることは、再三触れてきました。

このことは、賃貸住宅マーケットにおいても当てはまります。来年4月からは、「建築物の販売・賃貸時の省エネ性能表示制度」も始まります(関連記事:『2024年、住宅業界に大激震!日本の家「高断熱・省エネ重視」の時代到来で「資産価値」にも影響』)。3階建て以下ならば木造を選び、高気密・高断熱化することが望ましいということもご説明してきました。

ただし、4階以上の木造は、他の工法に比べて建築費が高くなるため、経済合理性という観点から、一般的には木造は考えにくかったわけです。ところが、この汎用性の高いローコストの工法が登場したことで、状況は一変する可能性があると思います。

これから、4階建て以上の賃貸住宅の建設をお考えの場合は、ぜひ高気密・高断熱の木造を検討していただきたいと思います。