
兵庫県の出直し知事選で再選された斎藤元彦氏(47)。県議会の全会一致の不信任決議を受けて失職した後の大復活劇に支持者は歓喜に沸くが、まさかの返り咲きに複雑な思いを抱くのが県職員だ。
過去の知事就任式と比べれば人の数は格段に少なかった
「私も、人間ですからこれからもう一度再スタートさせていただくという中でも、やはりまだ至らないところも出てくると思います。こうした方がいい、ということもたくさんあるかもしれない。そういった時には服部(洋平)副知事からでもいいですし、直接皆さんから『斎藤知事はもう少しこうした方がいい』とかっていう声も届けていただきたい」
11月19日、再選後初めて登庁した斎藤氏は、県庁の庭で開いた就任式で謙虚な姿勢でやり直すとアピールした。だが、会場にいた一人は「普通の就任式」とは違った、と話す。
「会場には県幹部職員に加え熱心な支持者の姿もありました。それでも過去の知事就任式と比べれば人の数は格段に少なかったです」(関係者)
なぜこのような状況になったのか。斎藤体制に報復されると恐れる人が多いため特定につながる所属や年齢、性別も記せないが、集英社オンラインは選挙後に県職員の声を集めた。
そこでは失望を通り越した絶望や恐怖まで口にする人がいた。
「当確の報が出た時、全身から力が抜けて茫然自失になりました。次の日からのことを考えると涙が止まりませんでした」(県職員Xさん)
「1期の斎藤県政で知事の最側近と言われた幹部が『次の副知事はオレだ』とうそぶいて回っています。本当に復権したら恐怖以外の何物でもありません」(県職員Yさん)
現役職員がこのように感じるまでになった経緯を振り返る。
今回の一連の問題は、3月に西播磨県民局長だったAさん(60)が斎藤氏のパワハラやおねだり、公金不正支出などの疑惑を告発する文書をメディアなどに送って始まった。
それに対し斎藤氏と側近は公益通報者保護法違反が疑われる、文書の発信者探しを行なった。そして、特定したAさんに懲戒処分をかけたが、告発内容に信ぴょう性があるとの見方が強まり、県議会は百条委を設置した。
しかし百条委への出席が決まっていたAさんは7月に急死。県当局の調査過程でAさんの公用パソコンの中から見つけた私的情報が出回り、Aさんはこれを苦にして自死した可能性がある。
告発内容の真偽の判断が出ないまま、県議会は9月、告発への対処が不適切で県政を混乱させたとして斎藤氏の不信任案を決議した。しかし出直し知事選において、ネット情報に触れて「告発は全部嘘で、斎藤さんは陥れられた」と考える人が急増し、斎藤氏の再選に至った。
10月に公表された最終結果…
いっぽう百条委はAさんが指摘した疑惑を知る人が他にいないか探すため、約9700人の県職員にアンケートを行ない6700件超の回答が寄せられた。
そこでは斎藤氏のパワハラだけでも、目撃したり経験したりして「実際に知っている」とした回答が140件に上り、自由回答欄に具体例も次々と書き込まれた。
この中間集計は8月に発表され、百条委は告発文書やアンケートに記載のあったいくつかの事例の当事者の県職員や斎藤氏らを証人に呼び、質している。
その結果、車がそばに近寄れない規則のある公共施設で会議が行なわれた際、斎藤氏が車から降りて建物まで数十メートル歩かなければいけないことに激高し職員にキレ散らかしたことなど、複数の強圧的な行為や、物産品の独り占めが次々と事実と判明した。
さらに、斎藤氏が失職し選挙が始まる前の10月に公表された最終結果では、新たに次のような情報提供や意見が明らかになった。
「知事と若手職員との意見交換会で(斎藤氏が)若手職員に、同席した県幹部職員について『こいつらは何でも言うことを聞くから』との発言を自慢げにした」
「変更箇所がある資料を見せて口頭で修正すると激高。
「(斎藤氏が使う)一人称が『知事』。『知事が言っているんだ』『知事が行くんだから』」
「基本的に『自分が(良い意味で)目立てること』や『モノをいただけること』が知事にとっての一丁目一番地で、それ以外の気に入らないことについてはすぐ怒るのは県庁(知事部局)職員にとっての暗黙の了解事項。怒る要因は『指導』とは言えず不条理」」
この結果、「知事とコミュニケーションをとりながら進めていくことができない。一緒に県政を担っている感じが全くしない」という空気が生まれ、「本庁の局長たちがこぞって地方に異動願いを出している」事態が失職前から起きていたという。
「みな家庭があり、そんな簡単に辞めることはできない」
「アンケートには実名で書いた人が466人もいました。具体的な事例も多く書かれています。アンケート実施は斎藤氏が知事職を追われるかどうかは全く分からない時期でしたから、彼ら彼女らはAさんに続くように公務員のキャリアを賭けて告発したのです」(県関係者)
だが、街頭演説会の規模がふくらみ続けた末に斎藤氏は再選。
選挙中、演説会で「斎藤さんは県議会とマスコミにハメられた」と主張した50代の女性に集英社オンラインが「パワハラなどは県職員アンケートにも多く書かれ、百条委でも証言がありますが?」と尋ねると、「どうせ上から書かされたんや」と返って来た。
さらに、選挙中どころか終了後も、百条委関係者や対立候補、その支援者らにはSNSやメール、時には電話や自宅へ押しかけ非難や脅迫めいた言葉が投げつけられた。
百条委で疑惑究明の先頭にいた竹内英明県議が、「家族が耐えられなくなった」として議員を辞職する事態にもなっている。
「こうした攻撃的な非難の中には『斎藤知事に謝れ』という言葉が含まれます。アンケートで告発した県職員にも支持者の怒りは向いています」と県関係者。
職員のZさんは「百条委員会のアンケートに実名で回答した職員たちがどんなに怯えているかと思うと夜も眠れません」と心配を隠さない。
就任式では耳を傾けると口にした斎藤知事。しかし前日の18日にはメディアの囲み取材に、
「民意を得たので(県)職員の皆さんは知事部局として一緒にやっていくのが地方公務員の責務」と断言している。
斎藤氏が再選されたら職員が多く辞めるという憶測も出ていたが、県関係者は「みな家庭があり、そんな簡単な問題ではありません」と話す。
だが「職員の間では、攻撃を受けている百条委メンバーや竹内さんへの心配や、こうした攻撃に一切言及しない斎藤知事への怒りが広がっています」とも指摘した。
斎藤氏がアンケートへの報復を行なうのか、諫言と受け止めて職員との信頼関係構築を重視するのか。選択の結果は県民への行政サービスの質に直結する。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班