
「この水を飲めばがんが治る」。医療をかたる詐欺商法に1550万をだまし取られたがん患者の女性は、健康食品会社らを相手取って裁判を起こした。
命を踏み台にしたお金で、キャバクラ、高級車購入…
「がんに効く」「がん再発を防ぐ」「副作用はない」
そううたわれた科学的根拠のないヨウ素製品を、がん患者たちに売りつけていたX社。しかも、X社の株を持っている人だけにその製品を売るという形をとり、未公開株もセットで買わせていた。いわば医療と金融の二重詐欺商法である。
特に医療に関しては、勧誘セミナーなどで医師や権威性の高い研究所の名前を持ち出し、話の中にもっともらしい専門用語をちりばめることで、医療知識の乏しい一般人に真偽の判断を難しくさせていた。また、高齢者には調べきれない海外の情報を無断で加工するなどして、自分たちに都合のいいように利用していた。
そうして製品や株を売りさばくことで得た利益は、配当金として還元されるどころか、詐欺商法の主犯であるX社代表のAのキャバクラ代や高級車の購入費に消えていったという。
「命を救う」と宣伝された製品の裏で、詐欺商法の業者はがん患者である被害者の命を遊ぶ金に換えていたのだ。
X社の元社員が明かした衝撃的な会話がある。この元社員は、会社が詐欺商法を行なっているとは知らずに入社し、その実態に疑問を感じたため、ある日、Aにこんな質問をした。
「このまま製品を売り続けて、もし人が死ぬようなことがあったらX社としてはどう対応するのですか?」
これに対し、Aはこう答えたという。
「口座振替になってるから大丈夫。金は入るよ」
そこに、人の心は微塵もなかった。この会話の後、元社員はX社を辞めた。
2022年8月、Nさんの母はAら7名を訴え、民事訴訟が始まった。さらに2023年3月にはAを含む2名が金融商品取引法違反などの疑いで逮捕され、東京地検が起訴し、刑事事件としての裁判も行われた。
Nさんの母の民事訴訟においてAらは「ヨウ素製品や未公開株は、あくまでも双方の合意のもとでの購入であり、原告は自ら積極的に製品について聞くなどして、納得した上で購入していた」との主張を繰り返した。
民事訴訟については2023年6月にX社、A、他の取締役との間で和解が成立し、X社側からNさんへ月50万円ずつの返金が開始されたが、販売に加担した医師は引き続き争い、訴訟は続いた。
「私が悪かったんだよね」自責の念に苦しんだ末に……
裁判が順調に進む一方で、Nさんの母は体調が優れない中、気丈に裁判に取り組んでいたが、裁判の過程では関連書類などに何度も目を通さなければならない。
特に信頼していたAや加担した医師からの、「あなたが自分の意思ですすんで買ったものだ」という、手のひらを返すような冷淡な主張書面を見て、次第に心を打ちのめされていった。
「私が間違ってたんだよね、喜んでヨウ素製品とか買ってたから……自分が悪いんだよね」
いつしか母は、自身を責めるような言葉をNさんの前で口にするようになっていた。Nさんは懸命に「そんなことないよ。騙された人が悪いんじゃなくて、騙すための仕組みを作って陥れようとする方が絶対的に悪なんだよ」と伝え続けた。
しかし、母が受けた心の傷はあまりに深かった。
10回を超える裁判が続いたある日、裁判所の帰りに母は「私……もう怖いよ。なんでこんなことになっちゃったんだろう」とつぶやいた。
心配したNさんが「母さん頑張ってるんだから、このあと美味しいもの食べよう! 私がおごるよ!」と言ったが、母は「寒いよ…今日はもう帰りたい」と首を横に振った。
仕方なく、Nさんは母の日のプレゼントとしてアロマグッズと、「美味しいもの食べてね」と1万円を渡して別れたという。
その日からおよそ3日後の、2024年5月のある日、母は自ら命を絶った。母の財布には、Nさんが渡した1万円札が使われずに入っていた。
母がA及びX社と出会ってから約4年、最初の提訴から2年ほどが経とうとしていた。
Nさんは原告を引き継ぎ、裁判を闘い続けた。そして東京地検が起訴した刑事裁判では2024年9月、Aに有罪判決が下り、懲役3年、執行猶予5年などの判決が言い渡された。
そして医師に対する民事裁判の判決文には、加担した被告の医師に対し、「X社の不法行為(虚偽の情報提供)を幇助したものとして、医師にも共同不法行為責任がある」ということが明確に盛り込まれていた。
つまり、騙されたのは被害者側の自己責任ではなく、X社の商法は不法行為として法的に認められた“勝訴判決”だった。
同様の詐欺・詐欺商法に苦しむ人には希望の光となる勝訴判決だったが、しかし、Nさんの母が、その判決を聞くことはなかった。
被害者は泣き寝入りせず、声をあげてほしい
Nさんは当時をこう振り返る。
「母とのコミュニケーションについては、マインドコントロールを受けてしまった人への接し方をもっと勉強するべきだったのかもしれません。現在進行形でお金を搾取され、さらに病気に冒されて衰弱していく本人を目の当たりにしながら、家族が冷静でいるのはとても難しいことですが」
そもそも人はなぜ詐欺にハマってしまうのか? 被害者のマインドコントロールを解くには、本人の背景にある根本的な原因や心情を理解することが大切だ。
多くの場合、彼・彼女らは心の拠りどころを求めている。特に病気に苦しんでいる人ならなおさらだ。詐欺師はそこにつけ込み、本人と社会とのつながりを分断し、囲い込むことで情報操作しマインドコントロールする。
「一度信じ込んでしまった人の考えを変えることは簡単ではありません。たとえ仲のよい親子であっても。それが詐欺の恐ろしさです」
また、医療詐欺では、医師の名前を使うなどして権威性・信頼性を高めようとする手法がよく用いられる。たとえ「ベテラン医師」や「名誉教授」の話でも、きちんとしたエビデンスに基づかない意見は参考程度にしかならない。また、医師が金儲けのために根拠のない自由診療を提供するケースも多い。
今回の事件では、X社に加担した医師は、知らぬ存ぜぬを通している。こうした悪質な医師に対し、医師免許剥奪などの罰則を強化すべきだという意見もある。
また、そもそも「病気に効く」という民間療法のほとんどに科学的に根拠がない。一般に医薬品は非常に厳しい臨床試験、および国によって定められた数多の品質チェックなどをすべてクリアし、確実に効能・効果が認められたものだけが認可される。
もし本当に健康食品会社ががんに効く商品を開発したのなら、それは国に認可された「医薬品」となり、保険適用になっているはずなのだ。その方が健康食品会社にとっても利益になるのに、それをしていないということは、要するに効かない商品ということである。
しかし、法的な規制は難しく、患者自身が自衛するしかないのが現状だ。
「がん患者さんは、病気に関するさまざまな情報が集まってくることにより、その玉石混淆の内容に振り回されてしまうこともあるのではないでしょうか。まさに母がそうだったのだと思います。でも『必ず治る』『副作用はまったくない』などといった言葉には十分な注意が必要です」とNさん。
一方で、医療をかたる詐欺商法は、被害者の「自己責任」などといった言葉で片付けられるものではない。
「もしご自身や周りで詐欺の被害に苦しんでいる方がいたら、泣き寝入りせず、どうか声をあげてほしい」とNさんは願う。
「詐欺のターゲットにされてしまう人たちは、孤立していて助けを求められない場合が多い」と語り、被害者の会を設立して、被害防止のための啓発活動や法改正の必要性を訴えている。
「母のような被害者を一人でも減らしたい。母と私の軌跡が、今、悔しい思いをしている方の一歩を後押しすることにつながればうれしいです」
母との思い出を胸に、Nさんは今日もその一歩を踏み出し続ける。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
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