補助金で先送りする高市政権が崩壊する日…日銀がもう限界! 植田総裁が示唆する「利上げしないとヤバい現実」
補助金で先送りする高市政権が崩壊する日…日銀がもう限界! 植田総裁が示唆する「利上げしないとヤバい現実」

1ドル=160円の歴史的な円安が続いている。そんな中で日銀の植田和男総裁は6月の利上げを示唆する発言をしている。

市場はすでに利上げを織り込んでいるとも言われているが、実施されれば何も影響が出ないということはありえないだろう。国際的投資家の木戸次郎氏は「日本は既にインフレ国家になっているという現実にようやく気付き始めた」と指摘する。

どこかで「まだデフレ脱却の途中だ」と考えてきた日本

日銀が、ようやく重い腰を上げようとしている。

植田総裁が最近になって利上げの必要性について語る場面が目立つようになった。市場関係者の多くは当然の流れと受け止めているようだが、私はむしろ遅すぎたと思っている。なぜなら、日本はとっくの昔にインフレ国家になっているからである。

私は以前から何度も書いてきた。日本最大の問題はインフレではない。デフレ脳であると。30年以上続いたデフレは、日本人の頭の中に「値上げは悪」「価格は据え置くもの」「企業努力で吸収するもの」という価値観を深く刻み込んだ。

その結果、現実に起きていることと、人々が認識していることとの間に大きな乖離が生まれてしまったのである。

スーパーへ行けば分かる。外食へ行けば分かる。

病院へ行けば分かる。ガソリンスタンドへ行けば分かる。建設現場へ行けばもっとよく分かる。物流現場へ行けばなおさらである。

エネルギー価格は上がり続け、物流費も上がり続け、人件費も上がり続けている。原材料価格も高止まりしたままだ。それにもかかわらず、政府も日銀も、そして多くの企業経営者ですら、どこかで「まだデフレ脱却の途中だ」と考えてきた。しかし現場はとっくにそんな段階を通り過ぎている。

私はこの数年、多くの企業経営者と話をしてきたが、最近になって皆が同じことを言い始めた。「もう限界だ」と。これは極めて重要な変化である。

なぜなら、これまで企業は利益を削りながら耐えてきたからだ。

価格転嫁率は依然として十分とは言えず、完全転嫁できている企業はごく一部に過ぎない。

つまり、多くの企業は値上げできないまま利益を吐き出しながら生き残ってきたのである。しかし、その我慢もついに限界を迎えた。

今春から続く大規模な値上げラッシュは、その象徴である。食品メーカーも外食産業も日用品メーカーも一斉に動き始めた。

私はこれを単なる値上げラッシュとは見ていない。

「値上げしなければ会社が持たない」

むしろ日本企業による歴史的な価値観の転換だと思っている。デフレ脳からインフレ脳への転換である。これまで値上げは悪だと思い込んでいた企業が、「値上げしなければ会社が持たない」と考え始めた。

政府より先に企業が気付き、日銀より先に現場が気付いたのである。日本は既にインフレ国家になっているという現実に。

私は今回の植田総裁の発言の本質もここにあると思っている。利上げしたいのではない。

日本社会全体がようやくインフレを認識し始めたことを、中央銀行として追認しようとしているのである。

ところが、さらに厄介な問題がある。米国である。市場は年初まで利下げしか見ていなかった。しかし最近は様子が違う。インフレは想像以上に粘着的であり、雇用も底堅い。

そこへイラン情勢を巡るエネルギー価格上昇リスクまで重なってきた。場合によっては再利上げという言葉すら聞こえ始めている。もしそうなれば日米金利差は再び拡大する。そして有事の円買いは死語となった今、円は再び売られることになる。

私は最近の日経平均史上最高値更新を見ても、あまり素直には喜べない。確かに株価は上がっている。

税収も過去最高である。企業利益も過去最高である。

しかし、その裏側で何が起きているか。円の価値が大きく毀損しているのである。実質実効為替レートで見れば、円の価値は歴史的な低水準まで下落している。

これは「見かけの繁栄」である

私はこれを以前から「見かけの繁栄」と呼んできた。円安による税収増は禁断の果実である。食べた瞬間は甘い。しかし、その副作用は確実にやって来る。そして今、その副作用が企業現場で始まっているのである。

私は以前から違和感を覚えている。高市総理は円安容認姿勢を崩さず、利上げにも慎重な姿勢を示してきた。片山財務大臣もまた家計支援や景気対策を重視する発言を繰り返している。

確かに政治としては理解できる。しかし、その結果として何が起きているかも見なければならない。円の価値は大きく下落した。輸入物価は上昇した。企業は価格転嫁を迫られた。国民生活は苦しくなった。それでもなお、ガソリン補助金を赤字国債まで発行して延長し続ける。

私はここに強い違和感を覚える。興味深いのは、高市総理自身が最近の発信の中で、ガソリン補助金によって消費者物価指数を1.1ポイント程度押し下げていると説明している点である。

問題が起きれば補助金、値上がりすれば補助金

これは裏を返せば、補助金がなければ依然として強い物価上昇圧力が残っていることを政府自ら認めていることでもあるのだ。

確かにその場の痛みを和らげることはできる。しかし問題そのものは何一つ解決していないのである。むしろ円安によって生じた痛みを、更なる借金で先送りしているように見える。

私はこの発想そのものがデフレ脳だと思っている。問題が起きれば補助金。値上がりすれば補助金。負担が増えれば補助金。しかし、それは問題を解決しているのではない。問題を先送りしているだけなのである。

その昔、第一次オイルショックが発生した時、日本政府は国民に節約を呼びかけた。企業も知恵を絞った。そして、その結果として低燃費車という日本の強みが生まれた。

ホンダシビックは世界を席巻した。危機を補助金で乗り切ったのではない。危機を技術革新と努力で乗り切ったのである。

一方、今の日本はどうか。節約を呼びかけるどころか、補助金で現状維持を続けようとしている。しかし、その先に何があるのか。私はむしろ、こちらのほうが心配なのである。

長野北部では地震が続いている。東北でも地震が続いている。異常気象も激しさを増している。日本は阪神大震災を経験した。東日本大震災も経験した。熊本地震も経験した。能登半島地震も経験した。そして、つい先日も海外で発生した大地震により、日本でも津波注意報が発令されたばかりである。

市場は現実ではなく言葉に反応しているのである

その日本が、いざという時のための備蓄を削りながら、目の前の人気取り政策を続けている。私はどうしても違和感を覚える。

本当に備蓄を使うべき時とは、ガソリン価格が数円上がった時ではない。国民の命を繋ぐ時であり、国家の安全保障が問われる時であり、大災害によって物流が止まる時なのである。

さらに私は最近のイラン情勢に対する市場の反応にも強い違和感を覚えている。トランプ大統領や米国政府が停戦に向けた発言をするたびに株価は上昇し、原油価格は下落する。

しかし現実はそれほど単純ではない。保険料も物流コストも高止まりしている。供給網の不安も消えていない。つまり市場は現実ではなく言葉に反応しているのである。私はこの光景を見るたびにオオカミ少年を思い出す。

オオカミ少年が叫ぶたびに株価が動き、原油が動き、為替が動く

本来の寓話では、嘘を繰り返した少年の言葉を誰も信じなくなる。しかし現代市場では違う。オオカミ少年が叫ぶたびに株価が動き、原油が動き、為替が動く。もし本当にここまで市場を動かせるなら、あの寓話の結末は全く違ったものになっていただろう。

だが最近、その効果も薄れ始めている。市場はイラン情勢悪化には反応する。しかし停戦や終結といった好材料には反応しなくなり始めた。私はここに大きな意味があると思っている。

市場がようやく現実を見始めたのである。そして本当に恐ろしいのは、その時に本物のオオカミが現れることである。

私は日銀も同じ局面に差し掛かっていると思う。これまで半年近く先送りしてきた。その間に長期金利は29年ぶりの水準まで上昇し、円の価値は大きく低下した。企業は値上げへと動き始め、デフレ脳だった企業ですらインフレ脳へと切り替わり始めている。

もし今回も利上げを見送るなら、私は高市政権が一貫して示してきた円安容認姿勢や利上げ慎重論が、日銀の判断に少なからぬ影響を与えているように見えてならない。中央銀行の独立性とは何かが、改めて問われる局面なのである。

私は今回の植田総裁の発言を単なる利上げ示唆とは見ていない。それは日本社会全体がようやく現実を認め始めた象徴的な出来事なのである。利上げを先送りする日銀、補助金で先送りする高市政権、その場は乗り切れるかもしれない。

しかし相場も経済も、いつか必ず現実と向き合わなければならない。そして相場というものは、いつの時代も現実を認めた瞬間から逆回転を始める。私は、その瞬間が想像以上に近づいているように見えてならないのである。

文/木戸次郎 写真/shutterstock

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