非伝統的金融政策の歴史とマイナス金利

非伝統的金融政策の歴史とマイナス金利
非伝統的金融政策の歴史とマイナス金利(写真=PIXTA) (ZUU online)

■要旨

1月29日に日銀がマイナス金利つき量的・質的金融緩和の導入を決定してから3ヶ月が過ぎた。マイナス金利政策については、多くの識者から多方面にわたる功罪が主張され、激しい論争が起こっている。

本稿では世界的に伝統的金融政策から非伝統的金融政策へ変遷してきた歴史を振り返り、日本の非伝統的金融政策の移り変わりを踏まえたうえで、現在進行形のマイナス金利についてその影響等について考察したい。

■第1章 伝統的金融政策から非伝統的金融政策の世界へ

まず、中央銀行が政策目標としてきた物価の動きを振り返ってみよう。先進主要国の物価は、70年代の高インフレ時代が終わり80年代以降は低下傾向を続けた。世界全体では頻発する新興国のハイパーインフレで90年代も高い物価上昇率が続いたが、2000年代になると経済改革などにより影を潜める。世界経済でも比較的高い成長と低インフレを実現することとなった。

しかし、2008年9月のリーマンショックを契機とする世界経済・金融危機を受けて、各国とも09年に経済成長率が急落し、多くの国でデフレが懸念されるようになる。

70年代からの金融政策を見るといくつか変化があったが、リーマンショックを契機とする世界経済・金融危機の前後の変化は大きなものであった。危機後、欧米の中央銀行は、急速かつ大幅な政策金利の引き下げを実施した。そして政策金利のゼロ下限に直面、伝統的金融政策から非伝統的金融政策の導入を余儀なくされた。

◆伝統的金融政策:インフレの抑制をどう達成するか

伝統的金融政策として「三段階アプローチ」がある。中央銀行が直接コントロールできるコールレートを操作目標として操作することで、消費者・企業の経済活動により大きな影響を与える長期金利やマネーストックを中間目標としてコントロールし、それを通じて、物価の安定や完全雇用という政策目標を達成する仕組みである。

70年代に、世界経済は高インフレを経験し、その結果、中間目標としてマネーストックが注目されるようになった。

マネーストックの増加がインフレ率を高めるというマネタリストの考えが重要視され、中央銀行がマネーストックの目標値を公表する金融政策の運営が主流となった。

しかし、80年代になるとマネーストックと物価など経済活動の関連性・安定性が低下し、マネーストックを中間目標とする運営が難しくなった。

そこで最終目標の物価を直接設定して、それを達成するために操作目標の誘導を行うというスタイルが模索された。90年代に多くの国で中央銀行法の改正が行われ、政府と中央銀行の責任分担を明確にし、中央銀行の独立性を高め、その一方で政策の透明性、説明責任を課す制度的な見直しが相次いだ。

日本では97年に日銀法が改正され、98年に施行。イギリスは97年に、金融政策の決定権を財務省からイングランド銀行に移管している。ユーロ導入国でも中央銀行の独立性が確保されている。

こうした中央銀行の独立性と透明性を高める制度として、インフレターゲティングを導入する国が増加した。

上記金融政策上の取り組みやプラザ合意(85年)の為替調整、日本も経験した主要国の90年前後のバブル崩壊を経て、90年代後半頃から、世界経済は低インフレを手にすることとなった。

◆非伝統的金融政策:政策金利ゼロの中、デフレにどう立ち向かうか

その後、2008年9月のリーマンショックを契機とした世界経済・金融危機を受けて、各国とも09年に経済成長率が急落し、多くの国でデフレ・リスクが懸念されるようになる。

世界にリーマンショックの影響が広がり、さらに09年秋には欧州のソブリン危機が発生し、欧米の中央銀行は、急速かつ大幅な政策金利の引き下げを実施した。しかし、なかなか回復とはならず、ついに主要国が軒並み政策金利のゼロ下限に直面し非伝統的金融政策(「信用緩和」、「量的緩和」等)の領域に入っていく。

非伝統的金融政策は、当初金融危機対応としての色合いが強いものであった。しかし、各国ともその後、株高、円安による実体経済浮揚策に変貌していくこととなる。

世界経済・金融危機前後で見ると金融政策の目的が、その前の「物価を抑制し物価安定の水準にする」ということから、「物価を引き上げ物価安定の水準にする」と逆になっている。

◆日本の非伝統的金融政策の移り変わり

日本を除く先進国ではリーマンショックが大きな転換点であった。しかし日本銀行は、95年7月には、無担保コールレートを操作目標とし、0.5%を下回る水準に誘導を行った。金利による金融政策が限界に差し掛かる中、これ以降、非伝統的な領域に突入していく。

・速水総裁:ゼロ金利政策から量的金融緩和へ

新日銀法が98年にスタートし、最初の総裁となった速水氏は98年9月には政策金利を0.25%に引き下げ、その後99年2月には「ゼロ金利政策」を導入した。

2000年8月には一旦解除されたが、2001年3月に操作目標を金利から量に変更する「量的緩和政策」をスタートさせた。同時にこの量的金融緩和政策の枠組みを「消費者物価指数(CPI)の前年比が安定的に0%以上となるまで継続する」ということをコミットメントし、いわゆる「時間軸効果」を導入した。

・福井総裁:量的金融緩和の強化を解除

2003年3月20日に福井総裁にバトンタッチされると当座預金残高の引き上げピッチは加速した。また福井総裁は、2003年10月に「CPIを、単月でゼロ%以上となるだけでなく、基調的な動きとしてゼロ%以上であると判断できること、日本銀行の消費者物価の予測が再びマイナスにはならない」などの条件を新たに提示し、コミットメントの強化も実施している。

2006年3月、約5年ぶりに量的金融緩和は解除されることとなった。

・白川総裁:包括的金融緩和

2008年4月より白川総裁体制へと引き継がれる。9月にリーマンショックが発生、12月に政策金利を0.1%に引き下げ、2010年10月には実質ゼロ金利政策と資産買い入れ基金の創設などを柱とする「包括的な金融緩和政策」を導入した。

2011年3月東日本大震災が発生、10月円相場が対ドルで75円32銭と戦後最高値を更新すると緩和を進め包括緩和で基金買取は100兆円に達する。2012年2月には物価上昇率で当面1%を目指す「中長期的な物価安定の目途」を導入、さらに2013年1月に、物価上昇率で2%を目指す「物価安定の目標」とコミットメントの強化を実施した。

・黒田総裁:量的・質的金融緩和、マイナス金利付き量的・質的緩和

2013年3月に就任した黒田東彦総裁は、2%の上昇目標を2年程度で達成すると公約。世の中に供給するお金の量を示す「マネタリーベース」を倍増させ、国債に加えてETF・リートなども大規模に買い増す「量的・質的金融緩和」の導入を決めた。さらに2016年1月にはマイナス金利政策を導入し「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」をスタートさせた。

■第2章 マイナス金利政策の導入の背景と影響

2016年は年初から波乱の幕開けだった。年初に120円程度だったドル円レートは1月20日に一時115円台に上昇。年初に1万9000円近くだった日経平均株価も1月21日一時1万6000円に急落した。

日本の大企業・製造業の想定為替レートは118円程度(日銀短観12月調査)、このまま円高が進めば業績悪化が避けられない。日銀にとっては、せっかく広がってきた賃上げの動きもストップし、早期の物価2%達成もまったく見通せなくなってしまう。

その危機意識が日銀をマイナス金利導入へ向かわせた。総裁は「年初来の金融市場の不安定さなどが人々のデフレマインドからの脱却に悪影響を及ぼす恐れに対して躊躇なく対応した」と導入の理由を説明した。

円高阻止を意識し、バズーカ2までの質的・量的金融緩和の拡大ではなく、市場に金利差拡大を着目させ円安を促せるマイナス金利が、黒田日銀の第3弾のバズーカとして導入された。

通常、預金者が金融機関に預金する利子(利息)を受け取るが、マイナス金利は、預金しても利子を払うという逆転現象。預金に対するペナルティーといってもいい。このペナルティーを、2月16日から日銀が金融機関から預かっている当座預金の一部に適用した。

◆円高・株安を阻止したかったが、結果はさらなる円高・株安に

マイナス金利導入を発表して国内の金利は日銀の目論見どおり低下した。

金融機関はいっせいに定期預金や住宅ローン金利の引き下げを発表した。市場の金利も低下し2月9日には10年物国債の利回りが0%を下回り、初めてマイナスをつける。

ところが金利低下とは逆に日銀の目論見が大きく外れたのが円高と株安だった。

導入決定(1月29日)後、円安・株高は2日しか続かず、ドル円レートは、2月11日には一時110円台に、日経平均株価も2月12日には1万5000円をあっさり割り込むことになってしまった。

中国など新興国景気の減速や原油安などへの不安が消えない中、最近では米国の利上げや欧州の金融システム不安など先進国に問題は拡大した。そのため日銀の苦渋の決断のマイナス金利は、世界の大きなうねりの中でもみ消されてしまった。

◆マイナス金利の効果は未知数

マイナス金利政策は、日銀が銀行から預かる当座預金の一部に適用する金利を初めてマイナス金利にする。銀行は日銀に資金を預けると、今までとは違い金利を支払わなければならないため、その分の資金を企業向け融資や有価証券への投資に振り向けるようになる。

短期金利がマイナスになることで長期金利も強烈な低下圧力を受ける。長期金利の低下により企業の設備投資や個人の住宅購入が促進される。また金利差に着目した国内外の投機家による円売りで円安を促し、株価上昇も期待される。

融資など実体経済が動くのは時間がかかる。市場が先々の動きを予想し円安・株価上昇となるのが、短期間で見える効果というわけだ。

一方で金融機関の利ざや縮小による収益圧迫などの副作用がある。

今回マイナス金利導入で短期的に期待されていた円安・株高はこれまでのところ実現していない。このため副作用が強く出てしまっている。

以下では個人や企業にまた他産業などにマイナス金利がどう影響してきそうなのかを考察したい。

◆個人への影響

マイナス金利は、個人にとって住宅ローン金利が低下し利払い費を抑制できる。既に住宅ローンを組んでいる人には借り換えのチャンスだ。長期固定型住宅ローン「フラット35」の3月の適用金利は過去最低の1.25%に引き下げられている。例えば5年前にフラット35(2.54%)で2500万円を返済期間30年で借りた人は、フラット35で借り換えた場合、年間19万円の利息支払いを減らせる。

ただ、個人にとって金融資産、すなわち運用は大きなマイナスである。

預金、年金・保険、投信など資産運用の金利収入が大幅に悪化する。さらに金融機関は運用収益が上がらず既存商品の見直し・販売停止を決定せざるをえなくなる。ゼロ%の金利収入であっても安全だからと思っていた商品すら購入できなくなる。この3ヶ月で一時払い終身保険の一部や個人向け国債(新型窓口販売方式)、国債中心の投資信託などの商品の打ち止めが相次いでいる。

金利での運用に困った資金が、海外への資産や株式などに向かえばいいのだが、今回のマイナス金利で円高・株安に動いてしまっており、リスクを取る動きにはなりにくい。

さらに、マイナス金利政策の「マイナス」という言葉もかなりイメージが悪く、安全な投資先に個人のお金が向かうことになった。つまりタンス預金である。

マイナス金利が導入された後の2月の世の中に出回るお札や硬貨(現金)の月中平均残高は前年同月に比べ6.7%増の90.3兆円。伸び率は2003年2月以来13年ぶりの大きさとなった。金庫が売れているなどの報道がされているがそれを裏付ける動きだ。

日本人にとって預金は特別である。日本の家計の利子・配当などの財産所得の推移を見ると、バブル期には約60兆円。足元では超低金利で約25兆円に減少していた。これだけ長期間、超低金利が続いても日本人の金融資産選択の最重要項目は「安全性」である。安全性とは元本保証である。

黒田総裁は国会で「マイナス金利の可能性はない」と言及しているが、今起こっている事態が正確に国民に伝わっていない面も少なからずあり不安も生じているように見える。

おそらく日本では預金金利をマイナスにすると銀行から預金の引き出しが一斉に起こることが予想され、銀行もマイナス金利にする可能性はかなり低い。

ただし、マイナス金利政策が長期化し、さらにはマイナス金利を引き下げるとなれば、銀行収益が悪化し、背に腹はかえられず、一定以上の残高がないと口座手数料をアップするとか、支払い手数料を上げるとか、住宅ローンの手数料アップなどの銀行にとって収益改善策を打ち出す可能性がある。

マイナス金利を先に導入しているユーロ圏では、預金の手数料をアップすることで実質マイナス金利を採用する例がでている。欧米のように預金口座の管理手数料の習慣がない日本では手数料アップに過敏に反応してしまう可能性もある。

最近のアンケート調査では「日銀のマイナス金利政策」は賛否両論がでている。この先マイナス金利政策がどの程度続き、それによって国民の預金や現金に対する考え方がどう変わってくるのか、その変化によっても評価が変わってくる可能性もある。

◆企業への影響

投資やファイナンスの分野では企業価値の評価が重要であり、いくつかの算出方法が存在する。代表的な評価方法の1つである割引キャッシュフロー法では、将来発生するキャッシュフローを予測し、その毎期のキャッシュフローを割引率ですべて現在価値に換算し合計したものが企業価値としている。割引率は無リスク資産の利回り(リスクフリーレート)に投資家が要求するリスクプレミアムを上乗せするのが一般的だ。

マイナス金利政策導入で、リスクフリーレートで用いられる国債の金利がマイナスになっている。企業価値の評価を行う上で、割引率もマイナスになることも想定しないといけないのか。別の方法を模索していく必要があるかなど、企業価値算出方法の見直しも議論されはじめている。

さらにマイナス金利で民間企業の企業会計の退職給付会計にも影響がでてきている。企業は将来支払う退職金や年金の支給額を事前に積み立てている。将来発生する額を現時点で全額用意するのではない。将来の給付見込み額をあらかじめ決め、それを現在価値に換算して現時点で必要な金額(退職給付債務)として計上する。その現在価値を計算する際に用いる割引率は、国債の利回りがベースとなる。

マイナス金利でさらに退職給付債務は膨らみ、不足分積み立ての費用が企業には重荷になってくるだろう。さらにこの先の運用にも影響がでてくるのが必至となっている。

リーマンショック後、株式などリスク資産への投資を圧縮し、リターンは少ないが安全として投資してきた国債までもリターンがマイナスに沈む。年金の目標利回りを稼ぎ出すために減らしてきた株式や外国資産などリスクの高い投資を増やさなければならないのか企業にとっては悩ましい選択となっている。

マイナス金利導入で金融機関の株価は急落した。TOPIXは足元でマイナス金利発表時の水準まで戻してきたが、TOPIXのサブインデックスであるTOPIX銀行業指数は未だ約20%程度下落している。銀行自体がマイナス金利で収益が悪化するのではとの見方が株価の不振につながっているようだ。

金融機関が日銀に預ける預金は250兆円程度ある。これまでの金利は0.1%であり、年2000億円強の利息が自動的に日銀から金融機関に支払われていた。今後これが減少することになる。さらに、市場金利の低下で貸出の利ざやが縮む影響も大きくのしかかる。特に国内業務に依存する地方銀行の影響はより大きくなる。

一方民間企業では、資金調達をして利息をもらうという事例がでてきた。三井住友ファイナンス&リースはCPを発行し市場から50億円を調達する。期間6カ月で金利はマイナス0.001%。半年間で2万5000円の利息を受け取ることになるという。

マイナス金利でもCPを発行できるのは、日銀が多額のCPを買い入れているためだ。投資家はマイナス金利でCPを購入して持ちきってしまえば当然マイナスの運用収益となってしまう。ところが購入して、すぐに日銀に転売すれば利益を上げることができる。そういう見込みがあるからこそ投資家は積極的に引き受けられる。

企業のマイナス金利調達の事例はこれからも増えるだろう。

全産業(金融・保険業を除く)の有利子負債は2015年末で456兆円である。借入金利子率は1.1%と前年同期に比べ0.1%低下した。今後借り換えが加速すれば、より借入金利子率の低下が見込まれ、相当な利払い費削減効果となる。

企業の中でも業種によってマイナス金利の影響に濃淡がでている。

企業の過去最高額を記録している企業の内部留保への考え方も変わってくるだろう。2015年末の全産業(金融・保険業を除く)の内部留保(利益剰余金)は355兆円と、前年同期に比べて約23兆円増えた。企業はその資金の振り向け先として自社株買いを急増させており、2015年度は3月上旬までに3.8兆円と、2012年度の1.4兆円から2.7倍にしている。

しかし、企業が貯めこんだ資金は政府が期待する賃上げや設備投資には向かっていない。3月16日の春闘の集中回答日では3年連続のベースアップが期待されたが、結果は昨年度を下回るベアの伸び率に留まった。設備投資も昨年の春先には増加の期待も高まったが、世界経済への不透明感が高まり、最近ではその期待もしぼみ始めている。

政府内には、内部留保の存在が景気拡大の障害になるとの声も出ており、資金を賃上げや設備投資に振り向けない企業経営者に対して、先進国では例をみない内部留保への課税案も飛び出している。

マイナス金利が導入されたことで、企業は預金をしても金利がほぼゼロのため運用益を得られないが、同時に借入金利もほぼゼロなので、コストを気にせずいつでも資金調達できる。それなのになぜ内部留保を持とうとするのか? このような指摘に対して、内部留保を持つ必要性をどう説明すればいいのか? 経営者は頭を痛めている。

今年に入り急速に円高、株安が進み、景気の先行きへの不安が高まっている。そのため万が一の時に備え、内部留保を持つのだという主張にしても、マイナス金利の下で内部留保が過去最高額となっていることを説明するのは難しい。マイナス金利下でも、企業はまだ内部留保の使い方を変えていないように見える。株主総会が集中する6月に向けてどのような行動変化がでてくるのか注目だ。

◆新技術とマイナス金利

マイナス金利でフィンテックも拡大が予想される。フィンテックとは金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、IT(情報技術)を活用し金融や決済サービスなどの分野にもたらされるイノベーションを指す。

世界的にフィンテック関連の市場が広がったのは2014年、世界の投資額は13年実績の3倍近い122億ドルまで伸びた。普及しているのは主に欧米で、日本ではまだ市場規模が小さい。

ただ、銀行は従来のように運用と貸し出しにおける利ざやを稼げなくなっている。今後は収益基盤を強化するために、フィンテックを活用してコスト削減に励むはずだ。

15年12月に複数の銀行がクラウド会計ソフトを提供するfreee(東京・品川)との提携を発表した。銀行がリアルタイムで企業の取引や財務状況を把握して、融資審査にかかるコストの削減や、従来は難しかった中小企業や個人事業主への融資が可能になっている。また三菱東京UFJ銀行仮想通貨を開発し、送金や振り込みの手数料やシステム費用を抑えようとしている。

マイナス金利によって銀行は従来のような、利子を軸にしたサービス競争を展開しづらくなる。今後は、利子以外でどんなサービスを提供できるのかが問われ、フィンテックの活用をはじめ、人工知能(AI)のような技術も駆使したサービスに乗り出すことになるだろう。

英国のフィンテック企業であるトランスファーワイズは、「米国から英国に送金したい米国人」と「英国から米国に送金したい米国人」を結び付ける発想で、国際送金サービスを提供している。送金の全体量を小さくすることによって手数料を低くしたのが特徴で、銀行の10分の1の水準になっている。このように、フィンテックは従来の銀行が担っていた機能を他の業界が代替する、という動きももたらす可能性が高い。

そんな中で、今後注目はフィンテックを使った仮想通貨、ビットコインが代表例だ。ただ14年に取引所の1つだったマウントゴックスが破綻したため、日本での印象はあまり良くない。そういった状況のもとでも、実際には日本でも仮想通貨による取引が根付き始めている。

マイナス金利政策で当面はタンス預金が急増する事態が予想されるが、ただ金庫を買うコストや盗難のリスクが高い点を踏まえると、現金ではなく仮想通貨でやり取りするニーズは次第に高まってくるだろう。

ただ、仮想通貨には考えるべき課題が山積みでもあり、未解決のまま、利用に弾みがつくと様々な問題や混乱が起こりかねない。

円やドルなど通貨は本来、国家が発行と管理を担い、価値を保証する。国家の経済状況や政策によって変動リスクはある。一方、仮想通貨は発行者がいるわけではなく、利用者の信用によって価値が保証されているという点が従来の通貨と大きく異なる。利用者の需要と供給によってのみ価格が決まるため、ビットコインは価格が大きく変動する。

そのため価値保蔵には不向き、という難点がある。加えて、思わぬ損失から利用者をどう保護するか、匿名性で横行しやすいマネーロンダリングをどう防ぐか、詐欺やテロ資金への流用などにどう対処するのか、といった問題も残っている。仮想通貨の普及を後押ししているのは使い勝手の良さや手軽さだが、このように検討すべき課題は少なくない。

なし崩し的な仮想通貨の広がりをこのまま放置しておくと、金融政策の有効性を失うリスクが高まりかねない。日銀は自ら発行した世の中のお金の量をコントロールし、景気を動かしている。普及によって、中央銀行である日銀が国内のお金の量を把握できなくなってしまう、といった可能性が出ている。

政府は16年3月、ビットコインなど仮想通貨を通貨として認め、その規制を盛り込んだ資金決済法の改正案を閣議決定し、国会に提出した。仮想通貨は通貨ではない、とする従来の見解を転換し「決済手段の1つ」として認めようとしている。通貨として認めていないがために野放しにあった状態を変え、いったん通貨として認めて規制をかけ、実体把握に乗り出そうとしている。

すでにマイナス金利を導入した欧州ではキャッシュレス化の動きが広がっている。イタリアやフランスでは現金による1000ユーロ以上の決済を禁じ、欧州中央銀行(ECB)はマネーロンダリング対策で500ユーロ紙幣の廃止を検討している。

デンマークでは紙幣での決済を拒否できるようにする議論が始まり、電子決済が進展している。スウェーデンでは民間銀行がATMから現金を取り除く方向にある。キャッシュレスになじみがある若者なら問題はないですが、機械操作に不慣れな高齢者には仮想通貨がたとえ便利だとは言っても、ハードルが高いはずだ。

日本はキャッシュレス化を進めていくべきなのか考える時期にくるだろう。タンス預金が増加し資金が滞留し消費や設備投資に向かわない、となれば「現金課税」という議論が出てきてもおかしくない。

マイナス金利は改めて現金や利子、金融ビジネスの意味を考えるきっかけになる。そして金融の姿を変えるインパクトがある。キャッシュレス化への対応を含め、どのような社会を目指すのか、金融はどんな役割を果たすべきなのか、といった大局的な議論の必要性を私たちに突き付けている。

◆マイナス金利政策の論点や課題

マイナス金利政策は日銀の目論見どおり金利低下を促した。ただ、期待していた円安・株高とはならず、日銀が重視している期待インフレ率も低下してしまっている。

金融政策の今後については、べき論としては、例えばマイナス金利を解除すべきだ、3軸運営ではなく、金利か量の1軸にすべきだ、など多数ある。また金融政策はそもそも限界に達しており、成長戦略にもっと軸足を置いたマクロ経済政策にする必要があるなどの主張もある。

ただし、黒田総裁は「必要があればなんでもする」というスタンスを変えていない。つまりできるだけ早期に物価2%を達成するために、金利、量、質の3軸でやれる緩和策は逐次投入せず、実施するということだ。

そういう中で現在進行中のマイナス金利つき量的・質的金融緩和をできるだけ効果のあるものにするために、いくつかの課題や論点整理が必要だろう。

一つ目はこの3年の総括である。黒田日銀が進めた量的・質的緩和がどのような効果を発揮してきたのか、また副作用や限界などについての評価が必要だろう。また、当初の2年としたコミットにどのような効果があったのか、2%という物価目標についても、もう一度議論する必要もでてきている。

また市場とのコミュニケーションをどうするかである。2014年10月のハロウィン緩和、今回のマイナス金利導入と2回、市場は黒田総裁にだまされたという印象を持っている。

黒田総裁はついこの間まで、追加緩和の必要性について「このままの政策で、十分に2%の物価安定目標を達成できると思っている」と自信たっぷりに発言していた。またマイナス金利についても「検討していない」としていた。

「一瞬で政策の是非は変わる、緩和の効果を最大限にするためにサプライズが必要だ」と言われればそれまでだが、あまりに連続性がない。黒田総裁が会見で丁寧に緩和に至った背景説明をしても、これを数度繰り返されれば、まったく市場は信用しなくなる。また個々の審議委員がどう考えているのかなどの情報発信も工夫の余地はあるように思う。

さらに3軸の政策の緩和度合いをどう示すかのコミュニケーションも必要だ。マイナス金利に対する批判が強い中、この先緩和が3軸で行われることになるので、市場は緩和の度合いをどう測ったらいいのかまったく分からない。

今後の緩和効果をきちんと引き出すためにも、3軸で、例えば量をこれだけやったら金利○%分とか、3軸トータルのインデックスといった考えで政策の緩和度合いを示すなど、コミュニケーション戦略やツールを提示する必要性が出ているように感じる。

矢嶋康次(やじま やすひで)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 チーフエコノミスト

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