日銀が追加緩和でなく「補完措置」を決めたワケーSG証券チーフエコノミスト・会田氏

日銀が追加緩和でなく「補完措置」を決めたワケーSG証券チーフエコノミスト・会田氏
日銀が追加緩和でなく「補完措置」を決めたワケーSG証券チーフエコノミスト・会田氏(写真=Getty Images) (ZUU online)

 12月18日の日銀金融政策決定会合は、マネタリーベースを「年間約80兆円」増加させる現行の緩和政策の継続を決定した。しかし、上場投資信託(ETF)の購入額を3000億円拡大するなど資産買入れオペの内容を強化する決定をした。総じてみれば、政策は「現状維持」であり、追加金融緩和と呼べるものではない。

 10月の展望レポートで成長率・物価予想が大きく下方修正され、2%の物価目標到達時期も2016年度前半から後半へ先送りした中で、日銀は追加金融緩和を行わなかった。目標を「2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」には景気回復と物価上昇のペースが弱すぎることは明白であるが、このコミットメントに対する政策委員の思い入れと意気込みはほとんど感じられなくなった。目標の早期実現にまだ思い入れがあるとみられる黒田総裁の意思だけでは、追加金融緩和の提案が政策委員会で過半数をとることはできなくなっており、各政策委員の判断がより重要になっていると考えられる。
 
■黒田総裁と政策委員の「妥協の産物」

 政策委員の多くは、実質GDP成長率が潜在成長率(0.5%程度)を下回る、または企業の雇用・設備の過剰感が高まり、需要不足幅が持続的に拡大していることが確認されない限り、目標はいずれ達成することになり、追加金融緩和は必要ないというスタンスに変化していたと考えられる。ハト派とみられる白井・原田審議委員も、10月30日以降に行われた講演で、企業収益の改善をともない、失業率が持続的に低下し、雇用環境の改善が続く限り、賃金上昇を経て2%の物価上昇がいずれ達成する道は堅調であると判断できるため、追加金融緩和には慎重なようだ。

 10月30日の日銀金融政策決定会合に関して、追加緩和の是非を検討という報道が事前にあったことは、日銀執行部(総裁と副総裁二人)は緩和提案をする考えがあったことを示している。政策委員会で過半数(5票)を取れる確信が持てるかが、結果を左右したのだろう。確信が持てれば、緩和提案がなされ、追加緩和が決定したはずだ。しかし、確信が持てなかったため、総裁提案が否決されることは望まないため、提案は見送られたとみられる。そのような状態にあったことが、今回の決定会合で、金融緩和の水準を現状維持としながら、オペの内容だけを強化した理由だろう。追加緩和をしたかった黒田総裁と緩和に慎重であった政策委員の妥協の産物と考えられる。マーケットでは、10月30日ではなく今回このような決定がなされたのか、黒田総裁のリーダーシップに対する疑問が広がるだろう。
 
■さらに高くなった追加緩和のハードル

 成長率・物価予想の大幅な下方修正でも追加緩和をしなかったことで、現状では、追加緩和のそれより強いロジックを作るのは困難になり、追加緩和のハードルは高くなっている。今回、オペの内容を強化し、黒田総裁を中心とした追加緩和派のガス抜きが既になされたこともあり、更に追加緩和のハードルは高くなったとみる。今後の追加緩和なしの確率を60%から70%に引き上げる。グローバルな景気・マーケットの不安定化が続き、株価が大きく下落するとともに円高(企業の想定レートであるドル円で118円を大きく下回る)が進行し、企業心理が大きく悪化した場合、追加緩和が決定される可能性はある。12月の日銀の景況判断は「輸出・生産面に新興国経済の減速の影響がみられるものの、緩やかな回復を続けている」とされ、変更はなかった。しかし、輸出の判断が、「横ばい圏内」から「持ち直している」に上方修正されている。FEDの利上げ後のマーケットの動きを考えても、追加金融緩和に慎重な政策委員が意見を変えるようなことはないだろうから、今のところその可能性は小さくなったとみるべきだろう。

 日本の内需低迷とデフレの長期化は、恒常的なプラスとなっている異常な企業貯蓄率(デレバレッジ)に対して、財政支出(赤字)が十分ではなく、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要)がゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力が喪失し、マネーが循環・拡大できなかったことが主な原因である。企業活動の回復による企業貯蓄率の低下と、震災復興とアベノミクスによる政府支出により、このネットの国内資金需要が復活し、マネーが循環・拡大を始めたことが、今回の景気回復がこれまでよりデフレ完全脱却につながる可能性が高い理由である。このネットの国内資金需要をマネタイズする量が出ていればデフレ完全脱却へ向けた金融政策は十分で、日銀のマネタリーベースを「年間約80兆円」増加させる政策はこれを大きく上回る。ネットの資金需要が少ない割りに日銀の国債買入れオペは極めて大きく、その負荷を軽減するためにも、今回の決定会合では国債買入れ平均年限を延ばしたと考えられる。

 マネタイズすべきものが大きければ大きいほど量的金融緩和の効果も大きくなるが、2000年代のようにネットの国内資金需要が消滅していれば、量的金融緩和の効果は限定的になってしまう。昨年4月の拙速な消費税率引き上げによる消費者心理の萎縮や中国経済をはじめとした外部環境の不透明感が高まってきていた。外部環境が不透明な中で、交易条件の大幅な改善によるキャッシュの増加を、企業が投資などに使いきれず、企業貯蓄率はリバウンドしてしまった。更に、緊縮効果が出るほど、財政収支が改善してしまっている。結果として、ネットの国内資金需要は一時的に大きく縮小してしまい、量的金融緩和の効果が生まれる形が弱くなってしまっている。現在、量的金融緩和の効果を強くするのは、日銀の追加金融緩和ではなく、財政政策によるネットの国内資金需要の拡大であると考えられる。

 アベノミクスは、企業を刺激して、企業活動の回復の力を利用してデフレ完全脱却を目指すものであるので、マイナスであった名目GDP成長率をプラスにして、企業が前を向いてリスクテイクができる経済環境を整えることが第一段階だ。復活したネットの国内資金需要をマネタイズする形の金融緩和の効果もあり、名目GDP成長率が長期金利をバブル期以来はじめて持続的に上回るようになっており、本格的なリフレ局面の入り口に来ている。2016年初の通常国会では、デフレ完全脱却への動きを促進する3.5兆円程度の補正予算が決定され、経済政策へのコミットメントを国民に示し、不安感を払拭しようとすることになる。額は少ないが、理論的には財政による景気刺激策、特に企業活動刺激策を出すことは正しい。

 景気・マーケットが少しでも悪化すれば、日銀が機動的に金融緩和によって支えるという安心感が、実体経済より先行する期待、そしてそれを含む株価上昇を持続的にする。株価の上昇が強くなれば、マーケットの期待ROEが上がっていく。企業経営者が行動を変えなければ株価が下落してしまうので、企業経営者は実際のROEを期待ROEに近づける経営に徐々に転じ始めると考えられる。そして、内需低迷とデフレの長期化の原因となっていた企業のデレバレッジは止まり、貯蓄をより前向きな企業活動に使うことが、実体経済とマーケットの回復が強くなる好循環に結びついていく。このような好循環の動きを促進するためにも、日銀はETFの購入枠を若干だが増加させたとみられる。そして、日銀が買入れた銀行保有株式の売却開始の悪影響をオフセットする必要もあったのだろう。

 内需の動向を最も敏感に反映すると重要視している日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIは4-6月期に+16と、前回のサイクルのピークである+12をとうとう明確に上に突き抜け、今回のサイクルが前回と比較しデフレ完全脱却へより強い動きとなっている。日銀の量的金融緩和の効果が強くなってきていることを示す証拠でもある。このDIの押し上げに寄与してきた「成長基盤強化支援資金供給」と「貸出増加支援資金供給」を延長し、更なる金融機関の貸出態度の緩和を日銀は目指している。

 DIは失業率に先行する指標だ。DIの改善に従い、失業率が自然失業率とみられる3.5%を明確に下回り、強い総賃金の拡大がデフレ完全脱却への実感につながっていく動きは順調。しかし、グローバルなマーケットの不安定などにより、企業心理が弱体化し、DIも改善が一時的に鈍っていることが確認されていた。しかし、10-12月期に+17へ再び改善した。日銀は、企業収益の改善をともない、失業率が持続的に低下し、雇用環境の改善が続く限り、賃金上昇を経て2%の物価上昇がいずれ達成する道は堅調であると判断できるため、追加金融緩和には慎重なようだ。このDIの動きは、日銀の追加金融緩和の是非だけではなく、デフレ完全脱却を目指すアベノミクスの成否も左右すると考えられ、引き続き注目である。
  
会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテジェネラル証券 東京支店 調査部 チーフエコノミスト

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