日銀が「マイナス金利」を導入した背景とは?

日銀が「マイナス金利」を導入した背景とは?
日銀が「マイナス金利」を導入した背景とは?(写真=Thinkstock/Getty Images) (ZUU online)

1月28、29日の日銀金融政策決定会合は、日銀当座預金に-0.1%のマイナス金利を適用し、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入した。一方で、2%の物価安定の目標の実現を目指し、マネタリーベースを年間約80兆円増加させる現行の緩和政策の現状維持を決定した。

昨年10月30日の展望レポートでは、成長率と物価予想が大きく下方修正され、2%の物価目標到達時期も2016年度前半から後半へ先送りしたが、日銀は追加金融緩和は行わなかった。先送りの主な原因となった原油安であるが、「2016年度後半」の達成も困難になってきていた。

展望レポートでは、物価予想が下方修正され、「2016年度後半頃」のターゲットが「2017年度前半頃」へ先送りになった。今回も10月と状況は似ていたが、わずか3ヶ月の間に更に先送りになることは、日銀の政策目標のコミットメントへの疑念につながるため、これまでの政策ロジックを貫くことができず、ある意味で追い込まれてしまい、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入したのだろう。コミットメントへの信任が最重要であり、政策の理由は後付けだと考えられる。

■量的・質的金融緩和の拡大に確信が持てなかった?

目標を「2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」には景気回復と物価上昇のペースが弱すぎることは明白であるが、このコミットメントに対する政策委員の思い入れと意気込みはほとんど感じられなくなっていた。

目標の早期実現にまだ思い入れがあるとみられる黒田総裁の意思だけでは、追加金融緩和の提案が政策委員会で過半数を取ることはできなくなっており、各政策委員の判断がより重要になっていたと考えられる。10月30日の金融政策決定会合と同じように、今回も追加緩和の是非を検討という報道が事前にあったことは、執行部はなんらかの緩和提案をする考えがあったことを示していたと言える。

政策委員会で過半数(5票)を取れる確信が持てるかが、結果を左右したのだろう。最後までマーケットと経済指標を見ながら政策委員の票読みが行われたが、量的・質的金融緩和の拡大には確信が持てず、新たなマイナス金利の導入の妥協であれば確信が持てたため、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入が提案され、決定されたと考えられる。

■高まっていた追加金融緩和の可能性

政策委員の多くは、実質GDP成長率が潜在成長率(0.5%程度)を下回ること、企業の雇用・設備の過剰感が高まり、需要不足幅が持続的に拡大していること、または失業率が上昇して賃金上昇が見込めないことが確認されない限り、物価目標はいずれ達成することになり、追加金融緩和は必要ないというスタンスだったと考えられる。

日銀は、12月の金融政策決定会合で、輸出の判断を「横ばい圏内」から「持ち直し」へ既に上方修正している。1月の月例経済報告では、政府は生産の判断を「弱含んでいる」から「横ばいとなっている」へ上方修正している。

確かに、グローバルなマーケットの不安定感が更に増加するとともに株安・円高が進行し、黒田日銀総裁の「必要と判断すれば、さらに思い切った行動をとる容易がある」という発言もあり、追加金融緩和の可能性は以前より高まっていた。しかし、政府・日銀が輸出と生産の判断を上方修正し、景気動向に改善がみられるとの判断の中で追加金融緩和が決定するには、それを正当化するかなり強いロジックが必要であった。今回も景況判断に大きな変更はなかった。

■追加金融緩和の正式理由とならない株安や円高

ハト派とみられる白井・原田審議委員も、10月30日以降に行われた講演で、企業収益の改善をともない、失業率が持続的に低下し、雇用環境の改善が続く限り、賃金上昇を経て2%の物価上昇がいずれ達成する道は堅調であると判断できるため、追加金融緩和には慎重な見方を持っていることが明らかになっていた。

失業率は、自然失業率とみられる3.5%を持続的に下回り、労働需給は引き締まり始め、雇用環境の改善に変調はまったく見られない。布野審議委員も、「消費者物価指数など1つの指数が落ちたから自動的に緩和ということはない」とし、株安など一時的なマーケットの動きへの対応についても「必ずしも必要ない」と強調していた。

重要なことだが、株安や円高は、日銀の追加金融緩和の正式な理由とすることはできないことになっている。10月30日に、直前までグローバルなマーケットは脆弱で、成長率と物価見通しを大幅に下方修正し、2%の物価目標の到達時期を後ずれさせながら、追加金融緩和に踏み切らなかったことの整合性も問題であった。

しかし、2014年10月の追加金融緩和時と同様に、原油安がインフレ期待を押し下げてしまっていることがその正式な理由となった。10月時点より、BEIやインフレスワップでみたインフレ期待は明確に低下している。さらに、当時より、新興国の景気減速への懸念が強くなっていることが、その理由を補強したと考えられる。

日銀は「このところ、原油価格の一段の下落に加え、中国をはじめとする新興国・資源国経済に対する先行き不透明感などから、金融市場は世界的に不安定な動きとなっている。このため、企業コンフィデンスの改善や人々のデフレマインドの転換が遅延し、物価の基調の悪影響が及ぶリスクが増大している」と、インフレ期待の下落がリスクになっていることを説明している。

しかし、1月25日にダボスで黒田総裁がインタビューに答えて「現時点で期待インフレ率は比較的維持されており、大きく低下しているとは思わない」と発言していた。さらに、黒田日銀総裁は、これまでの金融政策の緩和効果と持続性に対する疑念、そして金利引き下げの可能性も強く否定してきた。インフレ期待に対する日銀の判断、そして政策の考え方が突然に変化したことになり、いつもながら、マーケットとのコミュニケーションの弱さが問題だろう。

■なぜマイナス金利導入という「妥協」となったのか

グローバルなマーケットの不安定感が更に増加し、景気の不透明感も更に強くなれば、企業心理のてこ入れの必要もあり、追加金融緩和は必要となる。企業の収益見通しが不安定になることにより、春闘での賃金引上げ幅も小さくなり、2017年4月の消費税率引き上げ前の16年度中に需要拡大によりデフレを完全脱却するという政府と日銀のシナリオが不可能になるリスクが高まることになってしまう。

循環的に景気が悪化し、失業率の上昇をともなう雇用環境の悪化が、賃金上昇を止めるリスクが大きくなったと判断したことが、原田審議員が賛成に回った理由と考えられる。布野審議委員は輸出製造業出身であり、輸出製造業への利益誘導とみられかねない円安を更に加速させる可能性がある追加金融緩和には、相当な理由がなければ賛成するのを躊躇する可能性があったが、ドル・円で110円台の水準では、賛成への足かせとはならなかったようだ。

一方で、白井審議委員は反対した。昨年10月から黒田日銀総裁の意思だけでは追加金融緩和を決められなくなっていることが、昨年12月の追加金融緩和なしの補完策の決定、そして今回の量的・質的金融緩和は現状維持でマイナス金利導入という妥協となった理由だろう。

夏に参議院選挙が実施されるため、追加金融緩和は、株高などの政権への支援材料になるとの見方もある。5月にG7首脳会議を日本で開催し、その前にG7諸国を安倍首相が訪問する計画がある。政府は、外交の進展によって国民に着実に成果をアピールするとともに、国会を通過した2015年度の補正予算の執行による景気下支え効果に期待する形となるだろう。

または、16年度の予算の成立後、いつでも景気対策としての補正予算案が議論される可能性もある。そして17年4月の消費税率引き上げの延期も、消費者心理を安定化させるための手段として残っている。引き続き、政府・日銀の共通の政策目標として、2%の物価上昇を目指し、政策の歩調を合わせていくことをアピールしていくと考えられる。

■財政政策の今後は?

現在のところ、景気浮揚とデフレ完全脱却への動きの加速には、金融政策より財政政策の方が有効である。量的・質的金融緩和は、実体経済に対する直接的な効果は限定的であるが、疑念が生まれていたデフレ完全脱却へのコミットメントを堅持し、企業・消費者心理を支える効果が中心と考えられる。

グローバルマーケットの不安定化などにより企業心理は慎重化してしまい企業貯蓄率はリバウンドしてしまっている。拙速な消費税率引き上げを含めた財政収支は急速に改善している。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの国内資金需要は縮小してしまい、マネーの循環と拡大の力が衰えてしまっている。

日銀の資金供給はこのネットの国内資金需要を間接的にマネタイズする形で効果を発揮するため、その効果波及力も衰えてしまっている。企業活動の弱さと財政支出が過小であるためネットの国内資金需要が小さく、量による金融緩和効果は限られてきていることが、マイナス金利に導入につながったのだろう。

甘利経済財政・再生相が辞任したが、石原新大臣の下でも政策の枠組みに変更はないと考えられる。しかし、財政刺激重視から財政緊縮重視に転換してしまった場合、ネットの国内資金需要が更に縮小し、消滅してしまえば、2000年代と同じように金融政策の効果もなくなり、デフレ完全脱却への道が途絶えてしまうので注意が必要だ。

■物価上昇達成の必要条件とは

さらに、マイナス金利でマネタリーベースが順調に積みあがるのか疑問もあり、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の持続性に対する不安がいずれリスクとなる可能性がある。マイナス金利でのオペへの入札が許容されていることを考えれば、これまでの量的・質的金融緩和の持続性はマーケットが考えているよりも強かっただろうが、今回の措置により余計に持続性に疑念が生まれるリスクがある。

マイナス金利で日銀当座預金から資金が流出する圧力があるなかで、マネタリーベースを目標通りに積み増すには、長期国債を含めオペを増額しなければならなくなるリスクがあるからだ。マイナス金利ではない国債を保有する動機が強くなるからだ。

引き続き問題なのは、2%の上昇の日銀の目標に向けた物価の加速感が感じられないことである。メインシナリオではないが、日銀の更なる追加金融緩和観測はくすぶり続けることになろう。

消費税率引き上げにより下押しを受けた2014年の弱い実質GDP成長率(0%)の後も、2015年は+0.5%程度と潜在成長率なみの水準にとどまるとみられる。賃金上昇が強くなる前の拙速な消費税率引き上げによる消費者心理の萎縮が継続しており、中国経済をはじめとした外部環境の不透明感などにより企業活動が鈍化し、デフレ完全脱却に向けた残り1マイルの道はぬかるんでいることになる。

需要超過幅が物価を2%に押し上げる力は衰えており、日銀が重要視している消費者物価指数(除く、生鮮食品及びエネルギー)の上昇はこれ以上の加速はしばらくなく、現状程度でしばらくとどまると考えられる。コア消費者物価指数(除く生鮮食品)には、昨年後半から年初までの原油価格の急落の影響が前年同月比で強く残っており、2%の物価上昇の日銀のコミットメントに反し、コアCPI前年同月比は今年の半ばからゼロ%近傍の動きとなっている。

原油価格が現状程度でとどまれば、その下押し圧力が減衰し、年末までには前年同月比+1.0%程度へピックアップしていく可能性があるが、2016年度後半に2%の物価上昇に達するという加速感が出てくる可能性はかなり小さいだろう。

ポジティブに考えれば、2016年は、物価上昇が賃金上昇に若干遅れることによる実質賃金の上昇が消費活動を刺激するという、2014・5年とは逆の展開になっていくと考えられる。しかし、そのような需要の拡大が、物価上昇に加速感をもたらすにはかなりの時間がかかる。コアCPIの前年同月比は2016年末までに+1%程度まで戻るのが精一杯であろう。

失業率は、自然失業率とみられる3.5%を持続的に下回り、労働需給は引き締まり始めている。しかし、この程度では、1%程度の物価上昇を持続的にする水準であろう。失業率が3%を下回る水準に更に低下し、労働需給のかなりの引き締まりが賃金上昇を強くし、賃金インフレと消費活動の拡大が牽引する形で物価上昇が加速していくことが、2%の安定的な物価上昇の達成の必要条件だろう。

しかし、2017年4月に消費税率の再引き上げがあるため、再び消費活動は一時的に軟調になると考えられる。そうなると、物価上昇率の加速には需要持ち直しのもう一サイクル必要となり、2%の物価上昇の実現は2019年頃になるとみられる。

いずれ、日銀の物価目標の達成時期は今回の「2017年度前半」から更に先送りされることになると考えられる。現在のところ、政府・日銀の政策コミットメントはなんとか維持され、デフレ完全脱却への道は継続すると考える。日銀の量的・質的金融緩和の長期化観測は、米国景気の持続的な回復とFEDの金融政策の正常化の動きの中、ドル・円を中期的に円安方向にし、その景気・物価刺激効果と、実質賃金上昇と企業活動活性化による内需の拡大が、日本のデフレ完全脱却へ導いていくだろう。

会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテジェネラル証券 東京支店 調査部 チーフエコノミスト

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