GRヤリスRCをさらに軽量化した
“Light Package”をWRC経験者が解説

 みなさん、こんにちは。ASCII.jpでもラリーの連載をしている、ウェルパインモータースポーツというラリーチーム代表を務めている松井と申します。トヨタ・GRヤリスで全日本ラリーにスポット参戦しています(梅本まどか、今年こそラリージャパンを目指して、初戦唐津ラリーを完走)。

過去にはドライバーとしてASCII.jpとコラボしてWRC(ラリージャパン)にも出場しました(エボマガ×ASCII.jp号 ラリージャパンに参戦!


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全日本ラリーに参戦中のGRヤリスRC
GRヤリスに突如加わった「Light Package」をラリー視点から解説

 6月3日にGRヤリスRC“Light Package”が追加設定されました。トヨタ・GRヤリスといえば最新の4WDスポーツモデルで、「RC」というグレードはその中でもモータースポーツベースグレードという位置付けです。


 そのGRヤリスRCに「“Light Package”」というグレードが追加されたことは何を意味するのか。カタログを見ると、驚くべきことに「2名乗車」で「塗装レス」が標準だったりと、一般ユーザーにはとてもオススメできる内容ではありません。では何のための設定なのか、ラリーチーム代表という視点から簡単に解説したいと思います。


GRヤリスに突如加わった「Light Package」をラリー視点から解説
GRヤリスRCに追加された「“Light Package”」 ※カタログより

 日本の国内モータースポーツはJAFが統括していて、規則もJAFが制定しています。さまざまな車種が国内のモータースポーツで活躍していますが、その改造内容は「JAF国内競技車両規則」に準拠しています。その車両規則では、最低重量などの基準となる数値の決め方が明記されています。


GRヤリスに突如加わった「Light Package」をラリー視点から解説
塗装レスしかない! ※カタログより

 たとえばGRヤリスの場合、全日本ラリー選手権のラリーRJ車両という車両カテゴリーになります。 RJ車両における最低重量は「カタログに記載された車両重量から当該車両の燃料タンク容量に比重0.74を乗じた値(小数点以下切り捨て)を減じ、これに安全装備(ロールケージ等)の重量として35kgを加えた値とする。同一車両型式に複数の車両重量が設定されている場合は、その最小値を当該車両の車両重量として適用する」とあります。


 これまでRCは1250kgがカタログの車両重量でした。

これがRC“Light Package”では1170kgで、80kgも軽くなっています。車両型式はどちらも同じ「GXPA16-AGFVZ」ですから、これまでのRCユーザーもこの新しい1170kgが基準となるのです。80kgも軽量化できれば、当然GRヤリスはこれまでよりも速くなり、ライバルに対して優位性が生まれます。


GRヤリスに突如加わった「Light Package」をラリー視点から解説
GRヤリスRC“Light Package”のスペック表 ※カタログより

 これはホイール&タイヤサイズも同様です。これまでRC純正の最大リム幅は8.0Jでしたが、新たに8.5Jがオプションで選択できるようになりました。RJ車両におけるホイールサイズは「装着するホイールは、同一車両型式のカタログに記載されているホイールの直径、および幅がカタログに記載されている数値を最大値とすることができる」となっていますので、ラリーでも8.5Jを使用できることになります。


 そしてタイヤサイズは「前項規定に合致したホイールを適用リムとし、これに装着できるタイヤとしてJATMA YEAR BOOKに記載されているもの、またはこれと同等なものであり……」とあります。これまでの適用リム幅8.0Jだと245/40R18のサイズが最大でしたが、8.5Jにすることで255/40R18が選択できるようになりました。これでタイヤ的にはライバルである「WRX STI(VAB)」と同じサイズです。


GRヤリスに突如加わった「Light Package」をラリー視点から解説
価格表。元のRCより112万円高い ※カタログより

 このようにモータースポーツにおいては、自動車メーカーの発行するカタログ数値や純正パーツの設定は非常に重要です。実際に売れる売れないは別として、とりあえずカタログに明記されているという状況が必要なのです。

そのため「無塗装」などと一般的にはありえない手法も含めて、特殊なグレードがカタログ設定されることがあります。通常のRCでこのRC“Light Package”のカタログ数値の恩恵を受けられるわけですから、ラリーユーザーもこれまでどおりRCを使えばいいのです。


なぜトヨタはGRヤリスに力を入れるのか?

 ではさらに一歩踏み込んで、なぜトヨタがここまで熱心にGRヤリスを速くしようとするのか? それはトヨタがワークス参戦している全日本ラリーの現状に由来していると考えます。


 トヨタのワークスチームは全日本ラリーで少し苦戦しています。GRヤリスでJN1という最高峰クラスに参戦していますが、同じクラスのライバルにFIAのグループR車両であるシュコダ「ファビアR5」が参戦しているからです。GRヤリスはJAFのRJ車両という昔のFIA グループN車両に準拠した改造範囲のラリーカーです。一方のFIAグループR車両は、2WDのNAから4WDターボ化なども可能な、改造範囲が広いレーシングカーです。


GRヤリスに突如加わった「Light Package」をラリー視点から解説
JN1におけるGRヤリスのライバル、シュコダ「ファビアR5」。仮ナンバーをつけている

 ラリーは公道を走るモータースポーツなのでこれまでナンバー付きが基本でしたが、グループR車両はレーシングカーなので国内ではナンバーがつけられません。これにより、グループR車両を参戦させるため全日本ラリー主催者はラリー競技専用の仮ナンバーを申請するという、新たなルールも生まれました。国内では新たな試みでしたが、海外ではもう10年くらい前からこのグループR車両がラリーの主流になっています。


 この大きな差がある2カテゴリーの車両が、全日本ラリーでは同クラスで戦っているのです。

ファビアR5に勝利するためにも、GRヤリスのエントラントを増やすためにも、トヨタはGRヤリスの競争力を底上げする必要があるのです。


 余談ですが、なぜ世界はグループR車両が主流になっているかにも触れておきます。もちろんラリーベースとなるスポーツ4WDを市販車設定している自動車メーカーがほぼない、という理由もあります。しかし一番の理由は、日本でも進んでいる「サポカー」など先進安全運転支援技術の普及です。


 昨年の11月以降の新車種から自動ブレーキ(衝突被害軽減ブレーキ)などが義務化されました。交通事故の不幸な被害者を減らすためにも、今後の社会に先進安全運転支援技術は必要不可欠です。しかしモータースポーツでの使用に限定すれば、逆に危険な状況の原因にもなり得ます。たとえばラリーの現場でも、SSを全開走行をしていると車線逸脱防止装置が働きエラーが発生する、といったことが実際にあります。


 統合制御された先進安全運転支援技術は、小規模のモータースポーツショップやチューニングショップレベルでは手に負えません。市販車を購入し、ラリーカーに改造し、ラリーに参戦することが難しくなっています。


GRヤリスに突如加わった「Light Package」をラリー視点から解説
WRCで活躍するRally2車両たち
GRヤリスに突如加わった「Light Package」をラリー視点から解説

 こうした問題を解決にするため、海外メーカーはモータースポーツ専用車両をメーカーラインナップとして設定しています。それがレースにおけるGT3やGT4、TCR。

ラリーではグループR車両のRally2やRally4などです。市販車を改造してモータースポーツせず、モータースポーツ専用車でモータースポーツしましょう、が世界的な流れなのです。


 それに対する反発が、ヒストリックカーラリー人気が高まっている理由のひとつだと予想しています。


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