『おそ松さん』18話の「イヤミはひとり風の中」は、原作の中でもトップクラスに名作とファンから呼ばれている話だ。赤塚不二夫本人も、公式サイトでお気に入りにあげている。

赤塚先生お気に入り『おそ松くん』2 「イヤミはひとり風の中」
「おそ松さん」2期18話 原作傑作回 イヤミと少女の戦後浪花節をよくぞ作ってくれた
原作の「イヤミはひとり風の中」は「泣けるアカツカ」などで読むことができる

目の見えない少女と薄汚いおじさん


戦後の日本。イヤミはろくに働かず汚いなりで、周りの人から嫌われていた。
ある日彼が橋の上で見かけたのは、両親を亡くした盲目の花売り少女・お菊。
世知辛い境遇を哀れんだイヤミは、彼女を自分の家に連れていき、目を治療するお金を出してあげると誓う。
彼女と暮らし始めてから、イヤミは必死に働き、精一杯のお金を稼いだ。しかしお金は全然足りない。

そのころ金持ちのチビ太は、お菊に一目惚れ。
治療代を寄付しようとするが、イヤミを慕うお菊は、彼の支援を断る。
心意気を理解したチビ太は、イヤミが自分からお金を盗めるように、お膳立てをする。
イヤミは意を決してチビ太からお金を奪い、治療費を払う。その後すぐに投獄され、イヤミはお菊と会えなくなってしまった。
長い月日を経た出所後、行くあてもないイヤミは、成長し花屋「イヤミ花店」を営んでいるお菊の姿を見つける。
立派に育ったお菊に声をかけることをせず、イヤミは喜びの涙を流し、去っていく。


視聴者からは、『おそ松さん』とは思えぬ展開に、Twitterでは動揺の声があがった。
同時にイヤミに共感する声や、原作との比較で賞賛する声も多く見られた。

今回のアニメでは、お菊とイヤミが一緒に住んでいた時期のシーンはほぼモノクロ。
お菊が売る花や、空襲の炎、満月、後半の回想シーンのお菊(あとカラシ)など、イヤミが強く意識している部分にだけは色がついている。
出所後はフルカラーで、明るさが段違い。みすぼらしい浦島太郎状態のイヤミが、時代と共に消え行くものの象徴として比較されているかのようだ。


原作と『街の灯』


原作でのこの話の舞台は、江戸時代。
ストーリーの本筋はほぼ変わらない。イヤミは浪人という設定だ。
平成版アニメ『おそ松くん』ではOVAがリリースされており、こちらは原作どおり江戸時代で作られている。
「おそ松さん」2期18話 原作傑作回 イヤミと少女の戦後浪花節をよくぞ作ってくれた
チャップリン『街の灯』1931年の無声映画。これをベースに、赤塚不二夫は描いている

赤塚不二夫はチャールズ・チャップリンの映画『街の灯(1931年)』をベースに、このマンガを描いた。
一目惚れした盲目の花売りを救うため、浮浪者の男がお金を工面しようと奔走するも、強盗容疑で捕まってしまう、という物語だ。
大きく違うのはラストシーン。
出所して何年も経った後、娘が手を握った際に彼に気づき、ハッピーエンドを迎えている。

赤塚不二夫は一人立ち去るイヤミに、強くこだわっていた。
特に一人去るイヤミのそばにネコが一匹寄ってくるコマは、何回も描き直しているほどだ。

戦後日本、高度経済成長期


作中に建設中の東京タワーが出てくる。話の舞台になっている時期は、工事着工を考えると1957年前後だろう。
お菊の両親は東京大空襲(1944年)で亡くなっており、まだ二次大戦の傷跡が残っているのもちらほら見える。

あえて原作と時代を変えて、舞台を第二次大戦後にしたことで、お金への向き合い方が強調された。

高度経済成長期に入った直後の時期。イヤミだけでなくみんなが貧しい。
裕福なチビ太は貧しい人々を馬鹿にし、町の住民はチビ太に激しい嫌悪感を抱く。東京の中心街と、イヤミが住む貧乏な町で、貧富の差ははっきり表現されている。

「お金を貸してちょ! お金がいるザンス。この通りザンス、恵んでちょうよ!」働けど働けどお金が足りず、お菊を救いたい一心で雨の中、土下座をしたイヤミが悲痛に叫ぶ。

貧しい層はお金を稼ぐことが極端に難しかった時代。
イヤミの気持ちは痛いほどわかるのだが、周囲の住民全員が貧しくて何もできないシーンは、当時の世相がモロに出ている。
だからこそ、後半で住民たちが出来る限りのことでイヤミに手を貸すシーンや、チビ太が貧しいイヤミのメンツを保とうとするシーンに、人情味がぐっとでてくる。

赤塚不二夫がデビューし、本格的にマンガ家になったのは1956年。『おそ松くん』の連載は1962年だ。
『おそ松くん』の時代そのものに重ねたことで、21世紀風アレンジの中に原作のもつ味がうまく活かされた。

イヤミがお菊とデカパンを間違えたり、六つ子の芝居がどヘタだったりと、きちんとコメディシーンも盛り込むことで、チャップリンと原作のスピリッツも生かされている。
ほんのチョイ役でしかない六つ子が、ちゃんとそれぞれキャラ立ちしているのにも、スタッフの愛を感じる。

「さん」でありつつ「くん」でもある、理想的なアニメアレンジだった。
ファン人気の高い「チビ太の金庫破り」も、是非このスタッフで作ってほしい。こっちもイヤミが、いい役なんだよなあ。

(たまごまご)

『おそ松さん』第2期動画は下記で配信中


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Huluにて配信中
U-NEXTにて配信中

『おそ松さん』キャスト、スタッフ、主題歌


<スタッフ>
原作:『おそ松くん』赤塚不二夫/「週刊少年サンデー」
(1962年~1969年)他で連載
監督:藤田陽一
シリーズ構成・脚本:松原秀
キャラクターデザイン:浅野直之
アニメーション制作:studioぴえろ

<キャスト>
櫻井孝宏、中村悠一、神谷浩史、福山潤、小野大輔、入野自由
遠藤綾、鈴村健一、國立幸、上田燿司、飛田展男、斎藤桃子