
2008年02月01日 掲載
Excite:シングル『Vuena Vista』以来、約半年ぶりのリリースで、いきなり2ndアルバム『クオリア』が登場ということで…。

哲之:シングルも出したいとは思っていたんですけど、今回はもうホント、アルバムを作ることに集中していたんですよね。

もとき:何か作品的に“全部を通して一個の作品”みたいなものを作りたかったんです。だから、アルバムの曲作りのために合宿にも行って…。

哲之:そう、夏に『Vuena Vista』を出して、その後フェスとかにもたくさん出させてもらって。最後のフェスが終わってから10日間ぐらい合宿に行って、そのときに今まで形に出来てなかった色んな曲たちを完成させることが出来たんですよね。

ハルカ:デビューする前から、このバンドの中では常に“アルバムを作る”ことが一番優先順位として高いというか、ライヴとアルバムというのが、単純に一番やりたいことなんです。だから、『Vuena Vista』が出て、その後フェスが終わったくらいにディレクターと色々話したりもして、そこから流れ的にもう「次はアルバム出しちゃおう!」という感じに、全体的なムードとしてなって行ったんです。
Excite:なるほどね。

ハルカ:あと、『レミングス』はバンドを結成してからそれまでの間に出来た曲がいっぱい入っていて、年月で言えばそれこそ3年くらいに渡る曲が入っていたんですけど、今回はこの1年くらい――『レミングス』の後に出来た曲ばっかりで。そうやって、この1年の間で自分たちが納得出来るくらいのアルバムを作りたい気持ちがすごくあったんです。
Excite:前回のインタビューで、『Vuena Vista』を作る前は結構大変だったって言っていたけど、そういう悩みの時期を抜けた上で合宿に入れたの?

ハルカ:曲の原案とかはちょくちょく出ていたし、合宿すること自体初めてだったので、気分的には「絶対、作るぞ!」っていう感じで臨んで――もちろん、合宿中に色々詰まったところも普通にあったけど、そのときに一番良かったのは、詰まったときにすぐ話し合える空間があることでしたね。
Excite:なるほどね。具体的には、どういう部分で悩んでいたんだろう?

ひぃたん:私は『レミングス』に比べて、もっと世界観がわかり易くなるようにっていうのをすごく心掛けましたね。『レミングス』の好き放題やっている感じはとても好きだし、広いものを広いまま書けたなっていう自由さが、あのアルバムの良いところだと思うんですけど、それをもっとみんながわかるものにしないとその先には行けないなっていう焦りみたいなものがあって…。ただ、元々持っているものを曲げるのってあんまり気持ち良い作業じゃないし、どうしたら良いのかもわからないから、それで結構苦労しましたね。今まで良しとしていた自分の基準からぶっ壊さないといけないし――でも、そうやって自分の基準をぶっ壊したところで、みんなそれぞれ言うことが違うし考えることも違うから、そこでどうやって私らしさを残したまま、より伝わるようにすることが出来るんだろうって。それが全くわからなくて、一時期ホントに歌詞が書けなくなって、「ああ、もう無理!」みたいなところまで行きましたね(笑)。
Excite:そういうひぃたんの苦悩は、みんなも感じ取っていた?

哲之:そうですね…。それまでは、ひぃたん側から「この曲はこの歌詞で行くよ!」みたいな感じだったんですけど、今回はひぃたんも俺らの意見を求めてくれたりして…。

ひぃたん:まず、身近な人たちが理解出来なかったら、それはダメだなと思って。メンバーがわからないようじゃ到底リスナーには伝わらないし、その曲を作っている彼らのジャッジを受けるのが一番じゃないかなと思って…。でも、やっぱり最後に決定しなきゃいけないのは、ヴォーカルっていうパートの自分じゃないですか?だから、その決定の基準っていうか、色んな人が拾いやすいポイントを見誤らないよう、ひたすら歌詞を書いて行って…。今回のアルバムで一番最後に出来たのが1曲目の「フーガ」なんですけど、それが出来た瞬間に「あ、このアルバム、良いアルバムだ」ということを、やっと思えたんですよね。それまでは、自分が何をやっているのか確信があるようで無かったというか、「自分は良いと思うけど、みんなはどうだろう?」って人の目ばっかり気になっていたんですけど、最後「フーガ」を作り終わった後に、「あ、このアルバムは、これで全部良かったんだ」って何か自分で思えて…。私は散々考えてやるべきことをやったんだから、これはこれで良いんだっていう確かさみたいなものが、実感としてあったんですよね。
Excite:その「フーガ」の<君も見てると思ってた/同じ空を知る人だ、と/ふと、風が泣いた。>という一節じゃないけれど、「わからない」と言われるのが、結構ショックだったんだろうね。

ひぃたん:ショックでしたね…そう、見てると思ってたんですよ、みんな。みんな見てると思ってたの。信じてたの。
Excite:そういう意味で、今回の歌詞っていうのは、ある種の生々しさみたいなものが、すごく出ているように思ったけど?

ひぃたん:前は自分の感情が丸出しになった歌詞を書くのが、すごく嫌だったんです。それはちょっと恥ずかしいっていうのもあったし、もっと他に言いたいことが沢山あって。とにかく、山とか大地の壮大さを歌いたかったんですよね。でも、それをやるばっかりじゃなくて、もっと出来ることがあるならやった方が良いよっていうアドバイスを受けて、そこで初めて人のアドバイスを素直に聞いて――全然、素直じゃなかったけど、散々反抗したけど、それでも人の話を聞いて作れたと思うんですよね。
Excite:その「わからないで終わられたくない」っていう思いは、音楽面においてもあったんじゃない?

哲之:そうですね。何かバンドとしても、そういうテンションになっていたと思いますね。もっと伝わっても良いんじゃないかなっていう感じはあって…。そこでやっぱり、バンドの持っている良い部分だとか、ここを聴かせたいんだっていうところをはっきり――前は何か溢れ出してたんですよね。グワーッとバンドで溢れ出してやっていたというか。
Excite:4人全員、溢れ出していたもんね(笑)。

哲之:そう、大放出だったので(笑)。今回も大放出なんですけど、何かこう緩急をつけるというか、ここはちょっと引っ込ませた方が逆に行くんじゃないかとか、そういうことが出来るようになったと思うんですよね。
Excite:溢れ出して行くものをどう収束させて伝わり易くするのかというのが、今回のテーマだったんじゃない?

ハルカ:そうですね。前までは、曲の原案を持って来て、それがセッションで広がっても、そこでそれぞれが色んなイメージを持って、「これが良い」とか「これが嫌だ」とか、単純にそういう言い合いになっていたんですよね。でも、そうじゃなくて、演奏しながらお互いのイメージを自然と理解出来たり、話し合いの中とかでも、そういうふうに理解しながら作れたら良いなっていうのは思っていて…。全てを口で説明することは出来ないんですけど、口で言えない分、ギターだったらギターを使って説明したり、そこからまた言葉が見つかったりとか、そういうことが今回すごくあったんですよね。

哲之:セッションするのは相変わらず楽しいんですけど、それをどう形にして行くのかっていうのが、ジンの場合、かなり難しいんですよね。

ハルカ:自分がやっているフレーズの「ここがこうだからすごいんだ」っていうのは、それぞれみんなあると思うんですけど、やっぱり4人が合体してひとつになって伝わるわけで――個々がバラバラだったりぶつかり合ったりしていると、ひとつのものとしてと言うよりは連打連打みたいな感じで、何をどう捉えて良いのかわからないみたいなことがあったのかなって。だから、「これカッコイイでしょ?」っていうものをそれぞれがやって、しかもそれを上手くひとつにまとまって聴かせるっていうか、そこが上手く出せたら、それが自分にとっても一番だなっていうのは思いましたね。
Excite:そういうアルバムに“クオリア”っていうタイトルを付けたのは、どういう思いからだったの?

ひぃたん:アルバム・タイトルを決めようって色々と言葉を探して行く中で、精神哲学の用語で“クオリア”っていうラテン語の単語を見つけて…。“クオリア”っていうのは、元々何も無いところに名前を付けた単語らしくて、人が何かを見たり聴いたりしたときに思う「何とかっぽいな」っていう感じを“クオリア”って名付けたらしいんですよね。だから、同じ“クオリア”っていうのは一個も無くて、みんなそれぞれの“クオリア”――1000人いたら1000通りの“クオリア”があるっていう。で、このアルバムもそういうものであって欲しいと思ったし、そうやって色んな人に染まるアルバムになって欲しいっていう願いから、『クオリア』っていうタイトルを付けました。
Excite:わかる人にだけわかるものでもなく、かと言って全員が同じものを見ているわけでもなく、それぞれがそれぞれに何かを感じるものであって欲しいということ?

ひぃたん:そうですね。素材を置いとくから、好きに料理してくれっていうか、味は好きなので良いからっていう。