とりわけ今上陛下は、穏やかで親しみやすいお人柄で知られる一方、自らを厳しく律し続ける強い信念を持ち続けてこられました。
雅子さまが苦しい時期を過ごされたなかでも、変わることなく寄り添い続けた陛下。その「やさしさ」の奥にある覚悟とは何だったのでしょうか。
本記事では『竹田恒泰の特別講義 天皇と皇族』(竹田恒泰・著/Gakken)より一部を抜粋・編集し、今上陛下が貫いてきた生き方を紹介します。
■誰に対しても変わらない姿勢
私は毎年、学生たちを引率して皇居に勤労奉仕へうかがいます。そこでは、全国から集まった奉仕団が整列しているなかを、皇太子殿下(現天皇陛下)が、順に会釈をなさりながら、一人ひとりに丁寧に声をかけてくださいました。
そのご様子は実に均質で、誰ひとり特別扱いすることなく、すべての方に同じ姿勢でお臨みになるものでした。
そのお姿を目の当たりにして、私は、かつて寬仁親王殿下がおっしゃっていた「天皇陛下は、誰に対しても平等にお接しになる」という言葉の意味を、あらためて実感しました。
ただ、そんな穏やかでやさしい印象を受ける今上陛下ですが、その奥には、きわめて厳しくご自身を律し続けるご姿勢が見て取れるのです。
そうしたストイックさがにじみ出る一例が、雅子殿下(現皇后陛下)のご体調がすぐれなかった時期に表れました。いわゆる「人格否定発言」が出されたときのことです。公務から一時離れていらっしゃった雅子殿下を、今上陛下はつねにお支えになりました。
この姿勢は、過去の天皇と比較され、ときに賛否の対象ともなりました。
■天皇の本質が表れた上皇陛下の言葉
たとえば、上皇陛下が上皇后陛下(美智子様)にプロポーズなさった際のお言葉は、「私はあなたをお守りする」ではなく、「私はあなたを守ることができない」というものでした。
このお言葉を、美智子様はどうお受け止めになったかというと、「それならば、私がお守りしなければ」と心を動かされたと伝えられています。
ここに、天皇の本質が表れています。
天皇は「国民とともにある」存在であり、もし「自分の家族を守るために国民を犠牲にする」のであれば、それは本来の天皇像とは相容れません。
だからこそ美智子様は、「この方は、自分を犠牲にしてでも国民を第一になさる方だ」とお感じになった。その覚悟に心を打たれ、プロポーズを受け入れるご決心をなさったのです。
■今上陛下が選んだ「守る」という道
それに対して、今上陛下は雅子様に「あなたをお守りします」とプロポーズなさったと伝えられています。このお言葉は、一人の男性としては非常にりっぱであり、多くの人が「素晴らしい」と賞賛しました。
しかし一方で、「それは天皇の本義と矛盾するのではないか」「国民より妻を優先するという宣言なのか」といった批判的な声があったことも、事実として記しておかねばなりません。
また、「皇太子としての責務よりも、妃殿下を守ることに傾きすぎているのではないか」との指摘もありました。
こうした議論を呼んだ背景には、天皇の存在はきわめて公的であり、その行動一つひとつが象徴としての意味を持つという、日本ならではの厳格な期待があるのでしょう。
それでも、今上陛下がご自身の信念に従い、妃殿下を守るという姿勢をお貫きになったことには、また別の意味でのご覚悟と責任感が宿っているのではないかと私は感じています。
■雅子さまを襲った苦難の日々
その後、宮内庁からは「皇太子妃が適応障害」と診断名が発表されましたが、精神科医のなかには、より進んだ状態、つまり、うつ病の可能性もあったのではないかと見る向きもありました。
適応障害もうつ病も、いずれも軽視すべきではない深刻な精神疾患です。しかしながら、当時はその理解が社会全体に十分行き届いていたとは言いがたく、妃殿下に対する世間の目は厳しいものでした。
雅子殿下のご体調には波があり、調子のよい時期には地方訪問などに同行なさることもありました。しかし、その際に新幹線の駅で妃殿下に向かって、「税金泥棒!」などと心ない暴言を浴びせる一般人がいたそうです。
雑誌記事なら目にしなければ済む話かもしれませんが、ご本人に面と向かって浴びせられる罵声は、治癒の妨げにしかならず、精神疾患についての理解が著しく欠如した発言だったといわざるをえません。
■「守る」という言葉を貫いた30年
しかし、それでも天皇陛下は、当時からずっと、いやな顔ひとつ見せることなく、公務を丁寧に、誠実にお務めになりました。そしてご自宅では、心を病んだ奥さまに対し、「周囲の声など気にする必要はない」と慰めの言葉をかけ続けていらっしゃったのでしょう。
さらには、「秋篠宮殿下に天皇になっていただいたほうがよいのではないか」といった心ない声も、しばしば上がるようになりました。
月刊誌の文藝春秋では「秋篠宮が天皇になる日」と題した特集が組まれ、西尾幹二先生をはじめとする論者も、皇太子殿下(現天皇陛下)に対して厳しい批判を展開しました。「弟宮のほうがふさわしい」「今の皇太子には務まらない」といった論調が、保守系の言論人の間でも少なからず出ていたのです。
そんなときでも、天皇陛下は決して公務をやめようとはなさらなかった。
30年という長きにわたり、皇太子としての務めを全うなさり、そのすべてを通じて、ただひたすら「守る」というお言葉を実行なさったのです。
この書籍の執筆者:竹田 恒泰 プロフィール
作家、実業家、皇學館大學非常勤講師。1975年、旧皇族・竹田家に生まれる。明治天皇の玄孫にあたる。慶應義塾大学法学部法律学科卒。専門は憲法学・史学。『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)で第15回山本七平賞受賞。2021年に第21回正論新風賞受賞。『天皇の国史』(PHP研究所)、『現代語古事記』、『古事記完全講義、『竹田恒泰の特別講義 天皇と皇族』(以上Gakken)など著書多数。近年は、歴史教科書の執筆・出版、古墳型墓所の設計・販売なども行っている。
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