人生に迷ったとき、元気がほしいとき、あるいは自分の限界に直面して立ち止まりそうになるとき――そのような瞬間にそっと寄り添い、再び前を向く力をくれる存在がアニメである。アニメには人生のヒントや生きる力が詰まっている。
コラム『アニメ大先生』は、「人生で大切なことはすべてアニメが教えてくれる」をテーマに、アニメを通じて得られる学びや気づきを綴る連載である。

連載第34回は、八木美佐子アナが、『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』をピックアップ。13年前、『叛逆の物語』でほむらの決断を「正しい」と感じた八木アナが、歳月を経て改めて向き合ったのは、「誰かを思うこと」と「相手の人生を尊重すること」の境界線。弟との経験も重ねながら、愛とエゴの間で揺れるほむらの姿に、自身の価値観の変化を見つめる。

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★『魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』愛とエゴの境界線

誰かを大切に思う一方で、その人に自分の望むように生きてほしいと思ってしまうこと。それは悪いことなのでしょうか。『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』を観ながら、私はずっとそんなことを考えていました。

あれから13年。綾小路きみまろさんの名口上のようになってしまいますが、『叛逆の物語』が公開された2013年当時、私はピチピチの(?)アニメ漬けの毎日を送る大学生でした。
期待に胸を膨らませて足を運んだ、公開初日の最速上映。静まり返る深夜の映画館で、二転三転するシナリオと、あっと驚く終盤の展開に、ただただ圧倒されるばかり。興奮のあまり目をバキバキに輝かせながらスクリーンを仰いだあの夜は、今なお鮮明に覚えています。


『魔法少女まどか☆マギカ』は、願いの代償に過酷な運命を背負う少女たちの物語です。
希望を振りまく魔法少女が、最後には絶望に呑まれて「魔女」へと変わってしまう残酷な世界観。可愛らしい少女たちが、コラージュや切り絵のような異質な空間に迷い込む独特の映像表現も相まって、当時の私は大きな衝撃を受けました。ドイツ語に憧れたのもこの作品がきっかけです。なお、この先コラムでは暁美ほむらを「ほむら」と書きますが、私が呼ぶときは今も昔も「ほむほむ」です。

テレビシリーズでは、主人公の鹿目まどかは過去も未来もすべての魔法少女を絶望の運命から解放するため、人間として存在することを捨て、「円環の理」となりました。
しかし、続編となる映画『叛逆の物語』で、ほむらはその結末をひっくり返しました。「円環の理」から人間としてのまどかを引き離し、世界そのものを書き換えてしまう。当時の私は、そんなほむらの決断を、歪んでいても正しいと思っていました。

それから13年。またしても綾小路きみまろさんの名口上のようですが、歳を重ねるにつれて、私自身の価値観も変わってきました。相手を思ってしたことが、本当にその人のためになっているのか。
その答えは、思っている以上に難しいものです。

そんなことを考えるようになったきっかけは、弟とのある出来事でした。新卒で入った会社を辞め、「友達とYouTuberをやる。YouTuber王に俺はなる!」と言い出した時のことです。応援する両親の横で、「姉の私が止めなきゃ!」と無駄に鼻息を荒くして猛反対しました。
結局、彼は自分の意思で突き進み、誰にも迷惑をかけることなく、その経験を糧にして、今は別の道をしっかりと歩んでいます。
あの頃は、私の知らない道(しかも、かなり険しそう)を行く弟を止めることこそが、彼の将来を思っての行動だと信じていました。振り返れば、それは理想の押し付けに過ぎませんでした。彼にとっての挑戦や失敗も含めた貴重な経験を、私のエゴで奪うところだったのだと、後になって痛感したのです。

新作『ワルプルギスの廻天』で一番驚いたのは、ほむら自身が、これまで自分がしてきたことに迷いを見せたことでした。何度も同じ時間を繰り返し、魔女となり、悪魔にまでなったほむら。その原動力は、いつだってまどかでした。
だからこそ、「自分は間違っていたのではないか」と不安に駆られる彼女の姿に、私は強く心を揺さぶられたのです。そして13年前、彼女を全面的に肯定していた私もまた、今や同じ迷いの中に立っていました。

大切だから、そばにいてほしい。大切だから、その人が選んだ道を尊重したい。
どちらも間違いなく愛なのに、時にその二つは矛盾してしまいます。
まどかも、ほむらも、始まりはただ「誰かのために」という純粋な願いでした。けれど、その願いも強くなりすぎれば、自己犠牲となり、相手の人生を縛るエゴとなり、ついには自分自身をも呑み込んでしまう。

『まどか☆マギカ』が描く「救済」は、決して綺麗ごとではありません。どこまで手を伸ばし、どこでその手を離すのか。それとも、離さないことが正解なのか。きっと私たちは、誰かを愛するたびに、その答えのない問いと向き合い続けていくのでしょう。

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』は、私にとって単にあの頃を思い出すだけの映画ではありませんでした。
かつて素直に受け止めていたほむらの愛に、大人になった自分は少し戸惑ってしまう。それでもやっぱり、彼女たちには幸せになってほしい——。同じ物語の続きを見ながら、自分自身の変化にも気づかされた、大切な再会でした。
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