37歳で想定外の妊娠をし、2025年8月末に出産した。

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 妊娠に気づいたのは16週に入ってからだった。
長年の生理不順や、医師から「妊娠は難しい」と言われていたことに加え、ADHD(注意欠如・多動性障害)の特性でセルフネグレクト癖があり体調管理がおざなりになること、算数障害(発達障害の一種で数字、計算に困難を抱える学習障害)で生理周期を正しく把握していなかったことなど、いくつもの要因が重なっていた。

 すでに妊娠中期に突入していたことにも気づかずに過ごしていたし、育児はどうなることかと思っていたが、1年間の育休を取ってくれた夫や行政の制度を大いに利用したおかげですべて順調だった。はずだった。

 というのも、息子が7か月を迎える直前、突如義母(夫の母親)の介護が始まったのだ。

重度の精神疾患で家庭で世話をできるレベルではない

「赤ちゃんより私の食事を優先して」0歳児育児中の私に要求する同居の義母と大ゲンカ!追い詰められた私の“頼みの綱”とは
筆者と息子。よく見ると息子がエレベーターのボタンを押そうとしている
 約20年間一人暮らしだった義母が腰を圧迫骨折して動けなくなり、我が家で引き取って介護をすることになった。0歳児育児をしながらの介護は無理があると私は最初から思っていたが、義母に手がかかりすぎて、仕事や育児の時間が犠牲になり、どんどん家庭生活が狂っていった。ワガママで人を嫌な気持ちにさせる天才の義母との口論でほぼ毎日怒号が飛び交い、平穏な日がほとんどない。

 言い方はおかしいが、腰の圧迫骨折だけならばまだ私たちもなんとか対応できたのかもしれないが、義母の精神疾患が重症だったのだ。

 夫と出会った当初、「母親は言動にかなり癖があるから会う際は覚悟をしてほしい」と言われていた。言われたとおり覚悟して会うと、日常生活が困難なほど強い不安やこだわりがあるように見えたため、義母をメンタルクリニックへ連れて行ったところ強迫性障害の診断をくだされた。症状としては「汚い」という理由で公共の乗り物に乗れなかったり手を洗い続けたりすることだった。

 我が家に来てから、義母の強迫性障害はどんどんひどくなっていった。整形外科では「レントゲン台が汚いからレントゲンを撮りたくない」「血圧計は汚いから血圧を測りたくない」と嫌がり、リハビリの際も使用する器具を目の前で消毒しないと使えない。


 家庭では赤ちゃんはよだれが垂れていて汚いと私の大切な息子を汚物扱い。本人はそのつもりはないのだろうが、義母の足につかまり立ちしていた息子を無意識のうちに蹴って息子が仰向けにひっくり返ったことまであった。

 また、義母は時間のこだわりがあり、赤ちゃんのお世話で食事の時間がずれると「赤ちゃんよりも私の食事の時間を優先してほしい」と言われて大喧嘩を何十回もした。もう、家庭でお世話をできるレベルを超えている。

義母の極度の潔癖で、水道代が8000円アップ

 あまりの壮絶な介護の様子が整形外科の義母の主治医にも伝わり、主治医から地域包括支援センターや私の産後ケアの助産師さんと保健師にもつながった。

 そして、介護認定も下りて介護サービスを使えるようになったが、毎週のように包括のスタッフやケアマネージャーが訪問してくるのを「他人が部屋に上がってくるのが汚い」と義母は嫌悪感を示し、デイケアなどの介護サービスも拒否している。

 包括のスタッフに、車椅子を押して精神科に連れていくことが大変だと言うと、訪問診療の精神科医を紹介してくれ、週1回自宅での診察が始まった。

 そこで判明したのは、強迫性障害というより妄想性障害に近い、ということだった。医師いわく、強迫性障害の場合、「汚くないとわかっていて、こんなことはバカらしいと思いながらも手を洗うのをやめられない」のに対し、妄想性障害だと「本当に汚いと思って手を洗う」らしい。

 義母は本気で汚いと思って手を洗っている。ボールペンでも食品でも、何かに触れたらそのたび手を洗いに洗面所へ行き、お湯とハンドソープで3~4分ゴシゴシと洗うのだ。義母のせいで水道料金が8000円も上がった。

「やるべきことはわかっているのに進められない」は特性の一つ

 義母は認知機能にも問題があるように感じた。ADHDにより、何かを行う手順が混乱してしまう特性のある人もいる。
脳の作りが定型発達(発達障害ではない人)と異なるので、脳内で整理ができなくなりパニックに陥るのだ。

 義母に食べ終えた食器を下げるようお願いすると、なぜかいつもシンクの中ではなくキッチン台の上に置く。圧迫骨折をした腰が痛くてシンクの中に入れるのがしんどいのかと思い聞くと「シンクの中には他にも食器や鍋などが置いてあるので、どの隙間に入れればいいのかわからない」と言われた。

 ADHD特性のある人は、視覚情報を脳内でうまく整理できない結果、片付けが苦手な人も多く、私もそのうちの一人だ。しかし、義母はもともと几帳面で片付けが得意なタイプだ。このような特性が後天的に出ることは高次脳機能障害や認知症、うつ状態などでもみられる。

 また、ゴミをキャビネットの引き出すタイプのゴミ箱に入れてほしいと言うと、キャビネットを引き出す→ゴミを捨てる→引き出したキャビネットを戻すという手順がとても難しいのだと訴えられた。

 こうした、やるべきことはわかっているのに、それを実際の行動として順序立てて進めることの難しさは、ADHDにみられる「遂行機能」の特性として説明されることがある。私はゴミを捨てることはできるが、ADHD特性によりスケジュールは紙に書き出すなどして可視化しないとうまく計画通りに進められない。

 あまりにも義母ができないことが多いので、最初は甘えているだけなのかと思っていた。けれど、こうして一つひとつ「なぜ難しいのか」を説明されるうちに、脳の働きにかかわる困難なのだと思わざるを得なくなってきた。

 これらのことを訪問診療の精神科医にも伝えたが、私の伝え方が悪かったのか、思うような解決策は得られなかった。
ただ、極端に量を食べられない義母に少ない量の食事を出しているのに「桂ちゃんのほうが少ないから私のと交換して」と言われたことを医師に伝えると「認知の歪みがある」とは言われたため、何かしら認知機能の問題はあるとは思っている。

東京都の助成を使ってベビーシッターを初利用

「赤ちゃんより私の食事を優先して」0歳児育児中の私に要求する同居の義母と大ゲンカ!追い詰められた私の“頼みの綱”とは
キャットタワーに登る息子
 現在5か月目に突入している育児と同時進行の介護であるが、限界を迎えながらもやれているのは夫が育休中だからだ。これで夫の育休がなければ赤ちゃんを抱えながら義母の通院やリハビリ送迎を行うことやお世話をすることは物理的に不可能だ。

 しかし、夫の育休は8月いっぱい。9月から職場復帰をして息子を保育園に通わせ、私も本格的に仕事に復帰する予定だった。しかし、保活を甘く見ていた。基本的に0歳児の4月入園でないと、行きたい園に通わせるのはかなり厳しい現実が待ち受けていた。

 私が住んでいる区は待機児童はゼロではあるが、近くの園はどこも定員だ。とりあえず落ちることを前提に保育園の申し込みをして、落ちたら夫の育休を3月まで延長することにした。

 毎日、夫と私のスケジュールを縫うようにして(夫は育休中ではあるが、バンド活動をしているためライブやスタジオリハ、レコーディングなどがほぼ毎週ある)義母の通院のスケジュールをこなしていっている。基本的に私が義母を送迎し、その間は夫が息子を見ている。

 そんなある日、夫が所用で不在の日に義母の歯科通院を入れてしまった。息子を抱っこ紐に入れた状態で車椅子を押しての送迎や、あやしながらの診察の立ち会いはかなり厳しい。


 そこで、初めてベビーシッターを利用することにした。東京都にはベビーシッターの利用料を助成する制度があり、条件を満たせば年間144時間まで実質無料で利用できる。産前からいつか使いたいと思っていた。義母の歯科通院自体は1時間ほどだが、せっかくなのでその後の時間も2時間依頼して私は仕事をすることにした。

50代のベテランベビーシッターさんに巨大な信頼感

 当日、50代のベテランベビーシッターさんがにこやかな笑顔でやって来た。初依頼のシッターの場合、最初15分間はベビーグッズの位置や部屋の説明などが必要とのことで、ミルクやオムツ、オモチャの場所などを説明した。

 シッターさんはオモチャや絵本も持参しており、童謡を歌いながら子守を始めた。息子もシッターさんが持参したオモチャを興味深そうに覗き込んでいる。「さすがプロは違うなぁ」と、巨大な信頼感を胸に息子に気づかれないよう玄関を出て義母を歯科に連れて行った。

 義母の歯の治療を終えて帰宅すると、息子は私の顔を見た瞬間大号泣。夫と2人で長時間留守番させることはあっても、初対面の人と2人きりの留守番は初めてだったことに今さら気づいた。

「楽しそうに遊びはするのですが、ふと現実にかえったようにママがいないと泣くんです。遊んでは泣いての繰り返しでした」

 シッターさんがそう報告してくれた。


 帰宅後は仕事部屋で2時間ほど仕事をするつもりで仕事部屋に入ったが、ダイニングから息子の泣き声が聴こえてきて、たまらなくなってノートPCを持って行きダイニングで息子に顔を見せながら仕事をすることにした。

 息子は泣き腫らした顔で私の足にしがみついたかと思うと、笑顔で私を見上げる。そして、まるで「僕のママだよ、いいでしょ?」と言っているかのようにシッターさんにはにかんだ笑顔をおくっていた。

 そんな状態で集中して仕事をできるわけもなく、ダイニングテーブルでノートPCを開いた私、足元に息子、少し離れたところにシッターさんがいて息子にオモチャなどを見せる、といったよくわからない光景が広がっていた。

 シッター終了の時間が近づいた頃、初めての経験に疲れたのか息子は眠りに落ちた。

介護をしたくないのにせざるを得ない理由

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ピタゴラスイッチを見る息子(10ヶ月)
 産前は、夫に見ていてもらえばいいから産後2か月で仕事復帰、夫の都合がつかないときはベビーシッターに依頼すれば問題なし! と考えていたが、育児と仕事に関する解像度がガラケーの写メよりも低すぎた。

 ベビーシッターに預けても息子が親と離れることに慣れていなければかわいそうという感情があり、仕事に集中できない。世のワーママたちはこんな寂しさややりきれなさを背負いながら働いているのを初めて知った。

 それに、今回ベビーシッターを利用することになったのは介護があったからだ。介護のために息子に我慢をさせることが多く、正直義母を恨んでいる。もっと息子と遊んでやりたいし、もっと息子のお世話をしたい。

 私は別に義母に育てられたわけではないし、会ったのも結婚前に二度、結婚後も両手で数えられるほどで、何かのお世話になったこともないし、尊敬できるところもない。
だから、本来は介護をする必要はないし、施設に入れればいい話なのだ。

 しかし、年齢がまだ若いのと本人が強く拒否をして施設行きを実現できないでいる。義母に一点感謝していることがあるとすれば、息子の父である夫を産んでくれたことだけだ。

 今後の育児と介護の両立は極めて困難だと思って毎日頭を抱えている。しかし先日、自立支援医療証の更新をしに保健福祉センターへ行った際、職員にぽろりと介護のことを話したところ、親身になって話を聞いてくれて「使える制度は全部使いましょう。また吐き出しに来てください」と、とても温かい言葉をかけてくれた。

 そして「介護は頑張らないことが一番大事です」とアドバイスしてくれた。前回の記事でも書いたが、行政は思った以上に相談に乗ってくれるし動きも早い。今後も行政を味方に、息子を守ることを優先し、義母に私と息子の人生を壊されないよう戦っていきたい。

<文/姫野桂>

【姫野桂】
フリーライター。1987年生まれ。著書に『発達障害グレーゾーン』、『私たちは生きづらさを抱えている』、『「生きづらさ」解消ライフハック』がある。Twitter:@himeno_kei
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