アメリカとイランの停戦は、なぜ進まないのか。『戦争はいかに終結したか』(中公新書)などの著作がある日本大学国際関係学部の千々和泰明准教授は「戦争を終結させるのは簡単ではない。
アメリカには教材とすべき過去の教訓があるのに、トランプ大統領はそれを全く学んでいない」という。ライターの梶原麻衣子さんが聞いた――。(第1回/全2回)
■なぜアメリカのイラン攻撃は失敗したのか
――今年2月末に始まったアメリカ・イスラエルによる対イラン攻撃も、4カ月目に入りました。
【千々和氏(以下敬称略)】アメリカは対イラン戦争を「今攻撃すればイランの民衆やクルド人も蜂起して、体制転換が可能になるはずだ」などという希望的観測に基づいて始めてしまったのですが、今となっては見通しが甘く失敗に終わったことは誰の目にも明らかです。
なぜこうした事態に至ったかと言えば、イスラエルから「アリー・ハメネイ師を抹殺すれば、イランの体制転換も望める」などと囁かれて、ある意味では乗せられたような形で攻撃を始めてしまったためです。拙著『世界の力関係がわかる本』(ちくまプリマー新書)でも戦争を始める動機として複数のケースについて解説していますが、アメリカの場合はまさに機会主義、今がイランの体制を転換させるチャンスと見て打って出たということではないでしょうか。
これは2022年2月にロシアが始めたウクライナ侵攻との類似点も指摘できます。プーチン大統領はキーウを攻撃すればゼレンスキー大統領が海外に逃亡するなどして、さほどの抵抗もなくウクライナを手中に収められるだろうという楽観的な見通しで戦争を始めてしまいました。しかし目標を達成できないまま戦争を続け、すでに5年目に突入しています。
■ロシアのウクライナ侵攻との共通点
アメリカもロシアも、それぞれの成功体験から「今回も簡単に果実を得られる」と考えた可能性があります。
アメリカの場合は2026年1月のベネズエラのマドゥロ大統領の拘束で、イランでも同じように首を挿げ替えれば大人しくなると考えた。またロシアは2014年のクリミア半島への侵攻で電撃的に目標を達成し、それに対する国際社会からの非難もさほど強くはありませんでした。
そのため、今回もすぐに片を付けられると考え、反発も少ないだろうと判断したのでしょう。しかし、一度成功したからといって次もうまく行くとは限りません。
目論見違いが明らかになった現在のアメリカやロシアは、自国が戦況において優勢を保っている状態で条件を突き付け、相手に言うことを聞かせられる形で停戦や休戦に持ち込みたいと考えているはずです。しかしそのためには優位な状況を作り出さなければならず、事態のエスカレートを招く恐れがあります。
■地上戦の覚悟はなかった
私が専門にしている歴史研究から、朝鮮戦争の事例を挙げると、国連軍の司令官だったマッカーサーはある時期までは北朝鮮を打倒する、無条件降伏を突き付けると言って北緯38度線を超えて進撃しましたが、中国軍の参戦という予期せぬ事態を招きました。
そこでマッカーサーは中国に対する核兵器の使用にまで言及し、事態をエスカレートさせるぞと匂わせて優勢を維持しようとしたのです。しかしさすがに核使用をほのめかすマッカーサーを許容できないと、トルーマン大統領は1951年4月にマッカーサーを解任。朝鮮戦争は休戦会談へと進んでいくことになりました。
事態をエスカレートさせる場合には、アメリカもそれに伴う犠牲やコストを払わなければなりません。しかしトランプ大統領にその覚悟があるかと言えば、疑わざるを得ないのが現状です。
実際に、ある時期までは「イランに地上軍を派遣する可能性」に触れていましたが、今では口にしなくなりました。今や何らかの妥協をせざるを得なくなっていますが、その妥協をどう見出だすかに苦心している状況です。

■トランプがくらった“自業自得”
――アメリカとイランの間でイランとの和平交渉も行われていますが、イスラエルが反対しているという実態もあります。
【千々和】イスラエルは過剰なまでの脅威感を持っています。それはホロコーストの歴史や中東戦争という歴史上の経験から来る過大な警戒心によるものですが、ガザに対するとても弁護できないような虐殺行為を行い、国際法違反の疑いが濃厚であるイラン攻撃を実施しています。
2025年6月にもイスラエルとイランは12日間戦争を戦っていますし、レバノンのヒズボラにも攻撃を加えています。次はイランを徹底的に叩くということで、できる限りアメリカを巻き込んでおきたい。休戦には反対するでしょう。
一方でアメリカではMAGA派と呼ばれるトランプ支持者たちが、対イラン戦争の長期化傾向に疑問を呈し始めています。そもそもMAGA派の人たちはアメリカが過剰に対外政策に関与することに否定的です。
「アメリカ・ファースト」だからこそトランプ大統領を支持したのであり、イスラエルのためにアメリカのリソースを割いてほしくはない。しかもホルムズ海峡の封鎖で世界的な原油高となり、アメリカ国内の物価も上がっているとなれば、トランプ政権に対する非難の声も強まります。
11月に中間選挙を控えるトランプ大統領は、だからこそ早く事態を収拾したいのでしょうが、イランも一筋縄ではいきませんし、イスラエルは休戦を認めない。そうして休戦が長引く間に、国内の支持も失っていく。
トランプ大統領は厳しい局面に立たされています。
■湾岸戦争の教訓に学ばなかった
――千々和先生の『戦争はいかに終結したか』(中公新書)にもあるように、戦争の終わり方にも色々なパターンがあります。
【千々和】本書でも取り上げましたが、アメリカは、過去に湾岸戦争を経験しています。当時はパパブッシュの政権でしたが、戦争の終わり方以前に、始める前にも相当に用意周到な準備を重ねていて、目的も明確化していました。
湾岸戦争の目的は「クウェートに侵攻しているイラク軍を国境外に追い出す」こととし、イラク軍が撤退しなければ多国籍軍による武力行使を容認するとの国連安保理決議も経ています。
当時の米統合参謀本部議長パウエル将軍は「体制転換までは求めるべきではない。サダム・フセインを排除しても、イラクが民主国家になるわけではなく、違う名前のサダムが出てくるに過ぎない」と分析していました。
まさに今回のトランプ政権は、アリー・ハメネイ師を殺害したものの、次男のモジダバ・ハメネイ師が登場しただけで体制は変わらなかったわけで、こうした湾岸戦争の教訓にトランプ政権が学んでいたとは思えません。
■最初の出発点からして間違っていた
パパブッシュ政権はそれ以外にもアメリカが抱えるコストや犠牲、同盟国の姿勢なども考慮して、比較的短期間で、犠牲も少ない形で目標を達成しました。
しかしそれを学ばなかったのが息子ブッシュ政権で、同時多発テロ後の2003年に「フセインさえ倒せばアメリカ軍は解放軍としてイラクの民衆から歓迎される」と考えてイラク攻撃に乗り出します。その際には演説で「われわれは軍国主義日本も民主主義国に変えたのだ、だからできる」などと過去の成功体験を持ち出してもいました。
この時も一応、不十分ながら国連安保理決議に依拠してイラクへ侵攻しました。
ただ確かにサダム・フセインを拘束はしたものの、イラクは内戦状態に陥ってしまった。地上軍を出してさえ、体制転換を図るのは難しいのだという歴史の教訓が残りました。
しかしこうした歴史の教訓に、トランプ政権は学ばなかったのでしょう。ミサイル攻撃だけで体制を転換できるという見通しそれ自体があまりにも杜撰でした。これから和平交渉が続くことになるのでしょうが、最初の出発点からして間違っていた人たちが、収拾を付けるのは容易ではありません。
■国際秩序すら無視し始めたアメリカ
――アメリカの歴代政権にも問題はありましたが、それらと比べてもトランプ政権はあまりに稚拙に見えます。これはアメリカの衰退の象徴なのか、それともトランプ現象として見るべきなのでしょうか。
【千々和】トランプ大統領の特異なキャラクターゆえとも思いますが、一方でトランプ大統領の誕生はアメリカの空気の反映でもありますよね。
そもそも「トランプ流」というのがいわゆるモンロー主義的なものを指すのか、今回のような楽観主義に基づく西半球以外での軍事行動を含むものも指すのか、理解に苦しむところがあります。
ただ一つ言えるのはこれまでもさまざまな問題は指摘されながらも、一応は国際秩序や国際法、国連決議などを重んじてきたアメリカが、そうした体面も取らなくなってきたということです。それにより、アメリカに対する国際社会の信頼が失われつつあります。
アメリカの姿勢が一時的な逸脱なのか、あるいは長期的な趨勢なのかはよくよく見極める必要がありますし、仮に長期的な趨勢だとするならば、アメリカを何とか国際秩序を維持する側に回帰させるように、同盟国は頑張らなければなりません。

■これまでの大統領とトランプは違う
――アメリカとイランの間にはパキスタンが入って仲介しています。中国はパキスタンの仲介を高く評価し、謝意まで示していると報じられています。
【千々和】小国同士の紛争の場合は大国が仲介に入って停戦となるケースはありますが、アメリカのような大国が起こしている戦争を仲介するのは至難の業です。中国について言えば、実のところアメリカが中東でリソースを費やし、アジアへの関与が手薄になっていることを内心、喜んでいるでしょう。中国自身が仲介に乗り出すメリットはありません。
――これからのアメリカはどうなっていくのでしょうか。
【千々和】トランプ大統領の任期はあと2年余りですが、その後にバンス副大統領やルビオ国務長官が大統領に就任する可能性もあります。もし「トランプ流」を継承する後継者が誕生し、2期務めるとなればこの先10年はトランプ路線が続くことになります。
トランプ以前のアメリカの歴代政権が必ずしも理想的なリーダーだったわけではありませんが、少なくとも国際法や国際秩序を無価値なものとみなす姿勢はとっていませんでした。トランプ的な価値観のアメリカが今後も続くとなれば、日本も世界も付き合い方を考えなければなりません。

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梶原 麻衣子(かじわら・まいこ)

ライター・編集者

1980年埼玉県生まれ、中央大学卒業。IT企業勤務の後、月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現在はフリー。
雑誌やウェブサイトへの寄稿のほか、書籍編集などを手掛ける。

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千々和 泰明(ちぢわ・やすあき)

日本大学国際関係学部准教授

1978年生まれ、福岡県出身。広島大学法学部卒業。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程修了。博士(国際公共政策)。防衛省防衛研究所教官、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付主査、防衛研究所主任研究官などを経て、25年より同研究所国際紛争史研究室長、同研究所国際紛争史研究室長などを経て、26年より現職。
専門は防衛政策史、戦争終結論。主な著書に『安全保障と防衛力の戦後史 1971~2010』(千倉書房、猪木正道賞正賞)、『戦争はいかに終結したか』(中公新書、石橋湛山賞)、『戦後日本の安全保障』(中公新書)、『日米同盟の地政学』(新潮選書)、『誰が日本を降伏させたか』(PHP新書)などがある。

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(ライター・編集者 梶原 麻衣子、日本大学国際関係学部准教授 千々和 泰明)
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