※本稿は西山耕一郎、熊井良彦『長生きのど習慣 健康寿命はのどで決まる』(日本文芸社)の一部を再編集したものです。
■ヒトはなぜ、ムセるのか
食べ物や飲み物を飲み込んだ瞬間にゴホゴホと、年齢を重ねるごとにムセることが増えたなあと感じている人も多いでしょう。なぜムセるのか、その原因の1つは、ノドの機能の衰えです。
ノドには、食べ物を胃に送る食道と、空気を肺に送る気管があります。その分岐点にあるノドには「喉頭蓋(こうとうがい)」という防波堤があり、食べ物を飲み込むと、防波堤は喉頭をふさいで食道を開きます。こうして食べ物は食道から胃に運ばれ、肺に入ることはありません。
しかし、この防波堤の働きが衰えると、食べ物が喉頭に誤って入り、声帯を通り気管に入ってしまうことがあり、ムセて咳が出ます。咳で食べ物が気管から排出されれば問題ないのですが、誤って気管を通って肺に入ると炎症を起こしてしまいます。
これは「誤嚥性気管支炎」「誤嚥性肺炎」と呼ばれ、命にかかわる事態を招きます。加齢によってノドの機能が弱まると、ムセることができなくなり、誤嚥性肺炎、誤嚥性気管支炎のリスクが高まります。
ノドの力は「喉頭挙上筋群(こうとうきょじょうきんぐん)」という、ノド周辺の筋肉が支えています。
■自覚ないまま進行する危険な病
ノドの力が衰えてきていることは、外側から見てもわかる場合があります。確認したいのは、ノド仏の位置です。ノド仏は喉頭挙上筋群が支えていますが、筋力が衰えるとノド仏が徐々に首の下のほうに落ちてきます(あまり目立ちませんが女性にもノド仏はあります)。
グラフで示したのは、年齢ごとのノド仏の位置です(図表2)。30歳代から下がり始め、50~60歳代では急激に下がります。そう、ノドの筋力と反射運動は気づかないうちに少しずつ衰えているのです。
「そう言えば50歳頃からムセることが増えたなあ」と感じていませんか? 実は、このときにわずかに誤嚥をしている可能性があります。体力も筋力もキープできているこの年頃は、ムセることで喉頭から気管に入った食べ物を排出できますが、完全に取り除くことができず、少量の食べ物が肺に入っていることも考えられるのです。
■気づかぬうちに「肺炎予備軍」に
問題は、こうした小さな誤嚥が10年、20年と続くことです。
さらには、ノドの機能が衰え誤嚥してもムセることができない「不顕性誤嚥」を招き、知らぬ間に「隠れ誤嚥性肺炎」となっていることもありえます。
毎日を健康に過ごしていると、ノドのことを考える機会はあまりありません。しかし、ノドはいってみれば生命を守るインフラ。機能が衰える前にメンテナンスすることで健康寿命を保ち長生きが実現します。
■“生命インフラ”のどの役割
ノドの大切な役割は、食べ物や飲み物を飲み込んで胃に送る「嚥下(えんげ)」、酸素を吸い込み二酸化炭素を排出する「呼吸路」、そして、声と言葉を発して他人と意思疎通をする「発声」です。人間の生命に欠かせない3つの機能が、狭いノドの中で常に精密な働きをしているのです。
ノドには、「嚥下」のための食道と、「呼吸」「発声」のための喉頭と気管があります。飲食をしていないとき、呼吸をしているときには、食道の入り口は筋肉によって閉じられ、気管の入り口である喉頭は開いています。
口から食べ物や飲み物が入ると脳に信号が送られ、ノドの筋肉である「喉頭挙上筋群」が反応してノドの防波堤である「喉頭蓋」が喉頭と気管の入口をふさぎます。食道だけに食べ物が流れるようにコントロールするのですが、この動きに要する時間は、なんと約0.5~0.8秒。無意識に体が動く反射運動です。
■ムセや咳は、肺を守るための防御反応
対して、喉頭蓋がしっかり閉まらず、喉頭から気管に食べ物や唾液等が入ってしまうのが誤嚥です。ムセたり咳が出たりしますが、これは、食べ物を肺まで到達させないように気管から排出する防御反応です。
食べ物が気管をふさいで窒息してしまう可能性もあるため、気管に入った食べ物は出し切ることが重要です。
いつまでも健康でいたいと、体力アップの運動や記憶力維持の脳トレなどに励んでも、それだけでは長生きがかなわないこともあります。大切なのは食べ物や飲み物を飲み込む嚥下機能の強化。飲み込む力を鍛えれば、いつの間にか忍び寄る誤嚥性肺炎を防ぐことができるのです。
ノド仏(喉頭)は、食道と気管の分岐点(仕分けする部分)であり、食べ物は食道を通り、酸素は喉頭から気管を通り肺にいきます。喉頭の入口にある「喉頭蓋」という防波堤を通って、食べ物が通ります。
しかし、年齢を重ねてノドの知覚や筋肉や反射神経が衰えると喉頭蓋がきちんと閉じなくなり、食べ物が誤って喉頭から気管に流れてしまうことがあるのです。これが誤嚥を招く仕組み。ムセたり咳が出たりして食べ物を気管から出すことができれば良いのですが、出し切ることができず肺に到達してしまうと肺炎の原因となります。
■誤嚥の3つのパターン
誤嚥には主に3つのパターンがあります。
1つ目は、ここまでお伝えしてきた飲食物が喉頭から気管に入る食物誤嚥。2つめは、唾液が喉頭から気管に入ってしまう唾液誤嚥。就寝中など気づかないうちに起こることがあります。3つ目は胃食道逆流性誤嚥。胃に入った食べ物が逆流して喉頭から気管に流れてしまう誤嚥です。
こうした誤嚥性肺炎での日本人の死亡者数は年間およそ6万人で、死因の第6位。だれにでも起こりうる病なのです。
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西山 耕一郎(にしやま・こういちろう)
医学博士、耳鼻咽喉科頭頚部外科 専門医
北里大学医学部卒業後、横須賀市立市民病院に勤務。横浜赤十字病院(現・横浜みなと赤十字病院)耳鼻咽喉科副部長、国立横浜病院(現・横浜医療センター)耳鼻咽喉科医長、北里大学耳鼻咽喉科診療助教授を経て、2004年に西山耳鼻咽喉科医院を開業。東海大学客員教授。藤田医科大学客員教授。嚥下相談医。
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熊井 良彦(くまい・よしひこ)
医学博士、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会専門医指導医
長崎大学大学院耳鼻咽喉科・頭頸部外科教授。主な専門分野は聴覚障害、嚥下障害、音声障害。1999年に熊本大学を卒業し、熊本大学での准教授を経て、現職。長崎大学病院嚥下障害治療センター長、長崎大学病院頭頸部腫瘍センター長を併任する。
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(医学博士、耳鼻咽喉科頭頚部外科 専門医 西山 耕一郎、医学博士、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会専門医指導医 熊井 良彦)

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