※本稿は、石名坂豪『熊害(ゆうがい):獣医師ハンターが見たリアル(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。
■クマ問題の本当の原因は人間にある
実際のヒグマ対応現場には、「対人間」の場面が頻繁に存在する。これが非常に厄介で、現場で対応・対策に取り組む人々に、多大なストレスがかかる大きな要因の一つである。しかし「対人」対応は、「対ヒグマ」よりむしろ重要かもしれない。
なぜならヒグマに対する対応は、問題の深刻化・長期化の原因となっていた特定の問題個体が捕殺されたり、当該地域の外へ移動したりすれば、いったんは収束するからである。
これに対し、ヒグマの問題個体が作り出される原因の多くを実は占めている、「人間側の不適切な行動・行為」への対応は、なかなか終わらない。そして、えてしてすぐに同じような行為が誰かによってくり返され、次の問題個体(ヒグマ)が新たに作り出されてしまうのである。なぜくり返されてしまうのか。
同じエリアの中で特定のヒグマに関わる人間が短期間で頻繁に入れ替わる結果、不適切な行動の内容が周知されないためであることもあれば(たとえば観光客の場合)、人の入れ替わりは少なくて、大多数の人々がすでに行動を改めてくれていても、ごく一部の不注意な人々が油断し、「やらかし」をくり返してしまうためである場合もある(地域住民や釣り人の場合)。
さらに、不適切な行動だと認識していても、目先の欲望に負けたり、もともと倫理観がやや欠落していたりで問題行動をとってしまう人々も一部いるようだ(ほぼすべての属性の人々)。
■クマを引き寄せる生ゴミの放置
人々への普及啓発活動は重要だが、経験上、こちらがどれほど努力したつもりでも、「見ていなかった、読んでいなかった、知らなかった」と言う層が必ず一定の割合で存在する。
そのため、人々への普及啓発や教育だけで問題を解決することは、残念ながら難しく、複数のアプローチと一種の割り切りが必要、というのが私の認識である。
さて、ヒグマ生息地における地域住民の不適切な行動とは、具体的にどのようなものだろうか。
私が羅臼町や斜里町などで何度も経験したのは、たとえば生ゴミや干し魚の管理不徹底である。ヒグマは彼らの胃腸で消化しやすく栄養価の高い肉や魚、あるいはそれらを含む生ゴミを一度口にしてしまうと、再びそれらを得ようと非常に執着することが多い。
■反省を見せず「早く獲れ」と言う住民
それらの食物が人里の人為的環境の中で得られたものだった場合、執着心が警戒心を上回って行動がエスカレートし、建物内への侵入に発展することも多々ある。そのような個体を放置すると人身死傷事故が発生する可能性が通常より高くなるため、現場では緊急性の高い捕殺対応(箱わな・猟銃)が、「対ヒグマ」対応として実施される。
そのような流れの中で多くのヒグマの死に現場で関わるたびに、「どうにか事故なく獲(と)れた」と単純には喜べない、複雑な気持ちを私は抱えていた。
生ゴミや干し魚に餌付いたヒグマ(問題個体)を作り出した原因を作った人々が、あまり反省した素振りなく、「早く獲れ。昔はこんなことなかった。お前らが保護してクマを増やしたせいだ」などと、私たちに対して言ってくるような状況にたびたび直面したためである。
これらに対し、「時代や状況が変わって、ヒグマが多数いること自体はすぐに変えられないのだから、ヒグマ(泥棒)が居住地域にいること前提で、まずは自分たちでも(防犯)対策をしましょうよ」とか、「クマが餌付いた原因を作ったのはアンタでしょうよ」などと心の中では思っていたのだが、面と向かって口に出して言うことは、現場ではなかなかできなかった。
私のような地元生まれではない「ヨソ者」が、仮に正論であったとしても「偉そうな口」をきくと、地域の人々から返ってくるのは納得や理解よりも、反発であることが多いためである。
■一人の不注意が真面目な人を巻き込む
では、大半が地元出身者である役場職員の優しい説得やお願いならば聞き入れてくれるのかと言えば、決してそういうわけでもなかった。
ただ一方で、比較的多数派の人々は、かなり以前からすでに行動を変えてくれていた。夜間は干し魚を家や倉庫の中にきちんとしまってくれたり、夜間も干す場合はなるべく高い所に干してくれたりしていた。
しかし、大多数の人々がそのように気を付けてくれていても、ひとたび一部の人が生ゴミや干し魚を屋外でヒグマに食べられてしまうと、執着心のスイッチが入って行動がエスカレートした個体は、それまでは警戒心が食欲を上回ってやらなかった、夜間に他の家の倉庫の扉を破って、建物内にしまってあった干し魚を食べるような行動をとってしまう。
そうなると、最初から気を付けてくれていた人々は、「役場の言うとおりに夜はちゃんと中にしまっていたのに、何でよ?」となるのである。また、ポイ捨てや不法投棄については、地域住民は外から来訪する観光客を悪者にしたがる傾向がある。
しかし現場でヒグマ対策の一環としてゴミの回収作業をしていると、規模の大きな不法投棄や常習的なポイ捨ての大半は、犯人が地域住民であることを強く疑わせるものであった。なぜそう考えたのか。
■ゴミ不法投棄の「犯人」はだれ?
投棄時期やゴミの中身、ゴミの量などからの推測である。たとえば夏の終わりや秋の初めの、ちょうど新しいマスやサケなどの魚介類が大量に出回り始める時期に、やや古い冷凍焼けしたような魚を主体とした生ゴミが、袋や容器ごと捨てられることが複数回あった。
魚の他に地元の店のレシートや店名記載のシールが貼られたパッケージ入りの肉などが含まれていることもあり、回収したゴミの総量が100キログラムを超えたようなケースがやはり複数件あった。
魚を近所から大量にもらったり、自分たちで獲ったり釣ったりすることが多い地方では、100リットルを超えるような容量の大型冷凍庫(冷凍ストッカー)が各家庭にあることが多いが、前記の事例はまさにその中身の入れ替えに備えて、古い魚や肉を捨てたことを疑わせるような案件であった。
特に悪質かつ大量のゴミの不法投棄事例については、警察に動いてもらうことも何回か検討し、実際に駐在所勤務の警察官が細かな検証をしてくれたこともあった。しかし、最終的に犯人までたどり着いたケースは必ずしも多くなかった。
また犯人が判明してしまった場合、人口の少ない狭い地域では、問題を表面化させたことで地域内にかなり微妙な空気が流れた経験が皆に共有されており、そのあたりも影響したかもしれない。
■都市部でも見られる悪質なポイ捨て
ところで、この3年間の私は札幌市内で車を運転する機会が多いのだが、西区や南区などの裏道で、食べ物を含むゴミがポリ袋ごとポイ捨てされているような状況を頻繁に見かける。
一部の地域住民のマナーの悪さは、地方も都市部も大して変わらないことを改めて痛感している。また、強度の弱いゴミステーションの端のほうに置かれた生ゴミを、動物に荒らされている状況も散見される。
今のところそれらのゴミを荒らしているのはカラス、キツネ、ネコくらいで済んでいるようだが、そのうち札幌市内で、人為的な食物系のゴミに餌付いたヒグマが住宅内に侵入しようとする事例が発生しないか、非常に心配である。
斜里町を含む網走周辺地域の大規模な畑作地帯では、ジャガイモ、小麦および甜菜(てんさい)(ビート)の三種の作物を年ごとにローテーションする三輪作が行われている圃場(ほじょう)が多く、ヒグマによる食害は小麦とビートで発生している。
ジャガイモについては、芽や皮、未熟なイモに多く含まれるソラニンなどの毒素をヒグマが認識して忌避しているのかどうかまでは不明だが、基本的にヒグマは食べない。
■作物を守るには電気柵しかないが…
小麦やビートをヒグマによる食害から確実に守りたいのであれば、既存の技術では電気柵を正しい方法で張り、除草などのこまめなメンテナンスで高い電圧を維持する以外に、現実的な選択肢はない(音や光、ニオイだけを利用する装置で、鳥獣被害を長期間防ぎ続けることは不可能である。痛みや強烈な恐怖がなければ、必ず動物は慣れる)。
しかし周囲長が数百メートル以上の圃場を多数管理しているような各々<ルビ:おのおの>の農家に、長距離の電気柵の購入、設置、維持管理および積雪前の撤去作業を強いるのは酷(こく)であろう。
私は2013年に斜里町側へ異動した直後の時期に、ヒグマによる被害が頻繁に発生する畑を所有している男性から、「電気柵が有効なのは理解しているが、高いから導入できない」と現場で強く訴えられ、さらに「アンタたちが被害を補償してくれるのか」と詰め寄られたこともある。
斜里町ではその後、農水省系の交付金を活用して希望者には農協が電気柵を貸し出すようになり(実態としては支給に近い)、前出の圃場主男性もその制度を利用して電気柵を導入したようだが、それで農作物被害の問題が完全に解決するわけではないのが、難しいところである。
■個人の農家を守るために税金を使うべきか
従来ヒグマによる被害が多発していた、河畔林や防風林に接する畑に電気柵を張ると、多くの場合、近くの別の畑に被害発生場所が移動する。いたちごっこになるのである。
そうかと言って、先読みして全ての畑に電気柵を張ると膨大な延長距離になるため、現実的には不可能である。また、電気柵の維持管理に要する手間の問題もある。
電気柵の張り方や維持管理には各農家の個性が出るもので、非常に丁寧に張って、こまめに草刈りを実施しているようなマメな農家もあれば、張った後は草が伸び放題のまま冬も撤去・回収せずに雪の下に放置し、翌年その畑にヒグマ被害が出ないジャガイモを作付けしても電気柵は前年のまま放置しているような農家も見受けられた。
最近は電気柵の維持管理作業を農家から請け負う事業者も誕生しているが、経費がかかるため農家が外注するのも限度がある。では、そこも交付金で面倒をみるのか。
一応は各農家が所有する「財産」であるはずの農作物を守るための行為に、どこまで税金を投入するべきか。人によって意見が分かれるところであろう。
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石名坂 豪(いしなざか つよし)
獣医師・ハンター
1973年、東京都生まれ。鳥獣対策コンサルタント。日本大学農獣医学部獣医学科卒業、北海道大学大学院獣医学研究科博士課程修了。博士(獣医学)。知床半島を中心に、ヒグマやエゾシカなど大型哺乳類の生態調査、被害対策、捕獲実務に長年従事。知床財団職員等を経て、2023年に「野生動物被害対策クリニック北海道」を札幌に設立。現場経験と科学的知見を併せ持ち、野生動物と人間の共存を実践的に探究している。新聞等へのコメント、テレビ出演歴多数。分担執筆著書に『となりの野生ヒグマ』など。
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(獣医師・ハンター 石名坂 豪)

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