今では、コーチングは企業の人材育成や組織開発の手法として広く知られるようになりました。しかし、その始まりを知る人は決して多くありません。


コーチングを学ぶ場も、教える人も、実践の機会もなかった時代。

コーチングは、どのように日本の社会へ広がっていったのでしょうか。

本記事では、創業時からコーチ・エィの歩みを支え、国際コーチング連盟(ICF)理事なども歴任した平野氏へのインタビューをもとに、一冊の雑誌との出会いをきっかけに始まった挑戦と、日本にコーチングの基盤を築いてきた歩みを前後編で振り返ります。

日本にコーチングを根づかせるまで コーチ・エィが築いてきた、日本のコーチングの基盤 -前編-


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平野 圭子(Keiko Hirano)

慶應義塾大学文学部英米文学科卒業。

1997年株式会社コーチ・トゥエンティワンの設立に参画、コーチとしての活動をスタートする。コーチ・トゥエンティワン設立時に、提携先の米国コーチ・ユニバーシティ(Coach U)とのコミュニケーションを担当したほか、海外のコーチやコーチ業界とのパイプ役としても活躍。さらに、コーチ・トレーニング・プログラムや新システムの開発と制作、および、米国、中国、台湾、南米などの海外コーチの育成に従事。

近年は、海外赴任する日本人、および日本に駐在する外国人のエクゼクティブコーチとして、リーダー開発に携わる。

国際コーチング連盟理事(2002年~2004年)。日本コーチ協会理事長(2018年~2019年)。2018年には国際コーチング連盟(ICF)より「コーチング業界発展に世界で最も貢献した6人」の一人として「The Circle of Distinction」を受賞。2026年に新設されたICFメンターとしてのMCSの資格を取得。



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1冊の雑誌から始まった、「コーチング」という新しいコミュニケーションの探求



そもそも、私たちが「コーチング」という言葉を知ったきっかけは、1996年に発行された『Newsweek』に掲載されていた記事との出会いでした。

ある日、創業者の伊藤守は、友人から『Newsweek』に掲載されていた「Need A Life? Get A Coach.」という記事を紹介されました。

そこに書かれていたのは、「コーチ」という新しい職業の存在でした。当時のアメリカでは、経営者や起業家をはじめとするエグゼクティブや、さまざまな分野のプロフェッショナルが、仕事上の課題だけでなく、人生全体の目標やありたい姿の実現を支えるパートナーとしてコーチを迎え、活用し始めていたのです。

記事の中で紹介されていたのが、世界初の本格的なコーチ養成機関の一つであるコーチ・ユニバーシティ(2019年にコーチ・エィが子会社化、以下、Coach U)と、その創設者であるトマス・レナード氏でした。レナード氏は、コーチングを単なるサービスの提供ではなく、「人生におけるパートナーシップ」と表現し、「5年後には、人々は『コーチとは何か』ではなく、『あなたのコーチは誰か』と尋ねるようになるだろう」と語っていました。

日本にコーチングを根づかせるまで コーチ・エィが築いてきた、日本のコーチングの基盤 -前編-


もっとも、私たちが惹かれたのは、「コーチ」という職業そのものではありませんでした。関心を持ったのは、その背景にあるコミュニケーションへの取り組みです。

実は私たちは、このとき初めてコミュニケーションというテーマと向き合ったわけではありません。創業者の伊藤を中心に、1980年代から人と人との関わりを軸とした事業に取り組んでおり、その中で、人が他者との関わりを通じて勇気づけられたり、自らの価値に気づいたり、行動を変えていく場面を数多く見てきました。

私たちはすでに、コミュニケーションには人を変える力がある、そう信じていました。

一方で、当時の日本では、有益なコミュニケーションを生み出す力は、個人の経験やセンスによるものと考えられることが一般的でした。しかし、レナード氏が示していた世界には、コミュニケーションを経験や勘だけに委ねるのではなく、「どのような関わり方をすると人は考え始めるのか」「どのような問いが新しい視点を生み出すのか」といった、人の思考や行動の変化を生み出す関わり方を、実践を通じて探究するという考え方がありました。


その発想は、私たちが長年関心を寄せてきたコミュニケーションを、まったく新しい視点で捉え直すものでした。

日本にコーチングを根づかせるまで コーチ・エィが築いてきた、日本のコーチングの基盤 -前編-


(1997年以前から、コミュニケーションに関する書籍を出版してきた)

「100人集まるなら、日本に行くよ」―日本初のコーチングワークショップが実現した日



記事を読んだ私たちがまず感じたのは、「コーチングとは一体何なのだろう」という純粋な興味でした。

もっと知りたい。実際にどのようなものなのかに触れてみたい。

そんな思いから、記事の中で紹介されていたCoach U創設者のレナード氏に直接メールを送りました。すると、彼からすぐさま返信があり、同じくCoach Uにて、コーチのトレーニングに深く携わっていたデイビッド・ゴールドスミス氏を紹介してくれました。

私たちはその後、ほぼ毎週のように電話会議を重ね、そのやりとりを通じてコーチングという考え方への理解と関心がさらに深まっていきました。

そして次に考えたのは、日本でコーチングを実際に体験できる機会をつくることでした。その思いをゴールドスミス氏に伝えたところ、「100人集まるなら、日本へワークショップをしに行くよ」と、すぐに返事をくれました。

私たちはさっそく、すでに仕事でご一緒していた方や知人に、「アメリカで注目されているコーチングのワークショップを開催する。とても面白そうだから、ぜひ参加しませんか」と声を掛けました。

最初は、どのような反応があるのかも分からない手探りのスタートでしたが、私たちの呼びかけに応じて参加する人が徐々に集まり、3か月後には日本で初めてとなるコーチングワークショップが開催されることになります。

日本にコーチングを根づかせるまで コーチ・エィが築いてきた、日本のコーチングの基盤 -前編-


(後年のイベントにて。
デイビッド・ゴールドスミス氏の通訳を担当した)

そこで私たちが目の当たりにしたのは、それまで体験したことのないコミュニケーションでした。

会場では、参加者から選ばれたコーチ役とクライアント役がふたり向かい合って座り、ゴールドスミス氏がコーチ役からしか見えないようにクライアント役の真後ろに立ちます。コーチ役はまず、「何かこの30分の中で前進したいこと、実現したいことは何ですか」と相手に問いかけます。クライアント役には、「職場の人との関係を改善したい」「目標に向けて一歩踏み出したい」など、本人が実際に抱えているテーマを持ち込んでもらい、その場でコーチングを始めるのです。

とはいえ、コーチ役はワークショップの参加者です。特別な準備をしているわけではありません。実際には、ゴールドスミス氏が「質問する」「承認する」「少し待つ」「別の視点を投げかける」といったカンニングのカードを一枚ずつ出し、コーチ役はその指示に従って対話を進めるだけでした。

すると、不思議なことが起こります。クライアント役の会話が前へ前へと進んでいくのです。

行き詰まっていたテーマに新しい視点が生まれ、自分の中から次に取るべき行動や答えが見えてくる。

その変化を、会場にいた全員が目の当たりにしました。

「なんて面白いのだろう」

私たちは、その場で起きていることに強く心を動かされました。


そして同時に、「この体験を、多くの人に届けたい」と思うようになったのです。

日本初のコーチ・トレーニング・プログラム誕生



もちろん、当時の日本にはコーチングを継続的に学べる環境はありません。コーチングを受けた経験のある人も、それを教えられる人もいない。

私たちは、この体験を一過性のものではなく、日本で継続的に学び、実践できるものにするためには、その土台となる仕組みが必要だと考えました。

そこでCoach Uとライセンス契約を結び、彼らが開発したコーチを育成する「コーチ・トレーニング・プログラム」を日本でスタートさせました。

レナード氏への最初のメールから半年後のことでした。

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しかし、彼らのコーチ・トレーニング・プログラムの内容を日本語に翻訳するだけでは不十分でした。当時のCoach Uもまた、コーチングという新しい領域を体系化している途上にあり、プログラムは実践を重ねながら発展している段階でした。30以上のモジュールで構成されたプログラムは、内容や分量にもばらつきがあり、また、一定の経験を持つ人が自身の課題や関心に応じて必要なテーマのモジュールを選んで学ぶことを前提としたものでした。

一方、日本で必要だったのは、コーチングという考え方に初めて触れる人が、基礎から理解を深め、実践を通じて力を高め、常に再現できるようにする学習体系でした。

どのように問いを投げかけるのか。なぜ相手の答えを待つことに意味があるのか。
助言することなく、相手自身の気づきをどのように促すのか。このような、人との関わり方に対する姿勢やその背景にある考えまで触れなければ、コーチングの本質を伝えることはできませんでした。

さらに、何を最初に学ぶのか。どのような経験を積むことで理解が深まるのか。どのような実践の機会をつくれば、人は変化を体験できるのか。学習の順序や実践の場の設計についても、一つひとつ考える必要がありました。

これは単に海外のプログラムを紹介する仕事ではなく、日本でコーチングを学び、実践できる教育体系そのものを築く挑戦でした。

日本にコーチングを根づかせるまで コーチ・エィが築いてきた、日本のコーチングの基盤 -前編-


(当時のコーチ・トレーニング・プログラムのテキスト)

1997年にスタートしたこのプログラムは、その後、ICFの認定を受けることになります。

当時、ICFそのものも、コーチを専門職として確立するための国際的な基準づくりを進めていました。しかし、ICFが認定していたコーチ・トレーニング・プログラムは、英語で提供されるものしかありませんでした。

また、ICFの認定を得るためには、単にカリキュラムやテキストが存在するだけでは十分ではありません。コーチングの倫理基準、実践能力を育成する教育内容、評価方法、運営体制など、多くの要件を満たすことが求められます。


そうした中で、私たちが日本で独自に開発・運営してきたこのプログラムは、日本初となるICF認定を実現し、さらに世界で初めて英語以外の言語によるICF認定を受けたコーチ・トレーニング・プログラムとなったのです。

これは、日本でコーチングを学び、実践するための体系が整っただけでなく、世界的にもコーチングの品質や信頼性を高める動きが広がる中で、日本の取り組みがその一端を担うことになった出来事でした。

その後、コーチ・エィはICFの国際的な活動にも関わりを深め、私自身もアメリカ人以外で初めてICFのボードメンバーを務めるなど、コーチングの発展に向けた国際的な取り組みにも携わっていくことになります。さらに、創業者の伊藤も日本で初めてMCC(マスター認定コーチ)の認定を受け、私たちは国際的な基準のもとでコーチングの専門性を高めてきました。

__後編へ続く
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