日本が強豪オランダから勝ち点1をもぎ取ったワールドカップ北中米大会の初戦。開始早々の相手の決定機で立ちはだかったのが、背番号1を背負うGK鈴木彩艶だった。
(文=藤江直人、写真=アフロ)
セリエAで始まっていたマレンとの“前哨戦”
FIFAワールドカップ・北中米大会へ向けた戦いは、イタリアの地からすでに始まっていた。
5月10日(日本時間11日)に開催されたセリエAの第36節。鈴木彩艶がゴールマウスを守るパルマは、ホームのエンニオ・タルディーニにASローマを迎えた。
ワールドカップに臨む森保ジャパンのメンバー26人が発表される前で最後の一戦。選出が確実視されていた彩艶の視線は、さまざまな意味でローマの1トップに注がれていた。
プレミアリーグのアストン・ヴィラから1月に期限付き移籍で加入したドニエル・マレンは、パルマ戦前の段階で出場15試合で11得点と驚異的なペースでゴールを量産していた。
パルマが勝利を狙う上で最も警戒すべきストライカーがマレン。同時にワールドカップに目を移せばマレンは間違いなくオランダ代表に選出され、北中米大会の初戦で日本代表と対峙する。
しかも負傷離脱中のエース、メンフィス・デパイの回復が遅れていた関係で、マレンがオランダの1トップで先発してくるのも確実視されていた。彩艶が意識した理由がここにある。
試合は前半22分にローマが先制する。ゴールを決めたのはマレン。パルマのミスから発動されたショートカウンターで右サイドを崩され、ゴールの左隅へ強烈な一撃を叩き込まれた。
右サイドから折り返されたグラウンダーの速いパスを、トップスピードで中央へ走り込みながら左足で優しくタッチ。右足でシュートを放てる位置へボールを運んだ時点で勝負ありだった。
パルマが逆転しながら退場者を出して数的不利の状況に陥り、2-2の同点とされて迎えた後半アディショナルタイムの56分。決勝点となるPKをゴール左隅へ決めたのもマレンだった。
いずれの失点もゴールキーパーの責任ではない。それでもゴールを、しかも2発も決められた残像が記憶に色濃く刻まれていたのだろう。森保ジャパンの一員に選出され、守護神の象徴でもある「1番」を引き続き背負った彩艶は、マレンの印象を問われるとこんな言葉を残していた。
「本当に得点能力が高い選手で、実際に対戦したときも得点を決められているので」
初めての大舞台に込めた覚悟
しかしながら、個人的な勝負に焦点を当てればローマ戦は痛み分けといってよかった。
1-1で迎えた後半6分。ペナルティーエリア内に侵入してきたマレンが、至近距離から左足で放った強烈なシュートは彩艶が未然に防いでいる。
パルマは28分にもミスからショートカウンターを発動される。ペナルティーエリアの左側へ侵入してきた元アルゼンチン代表のFWパウロ・ディバラが、マイナス方向へ折り返したパスをマレンが今度は右足を合わせる。至近距離から放たれた強烈な一撃も彩艶が横っ飛びでセーブした。
自身のスーパーセーブよりも、シュートを放たれるまでの過程を重視していたのだろう。マレンとの再戦が確実視されていたオランダ戦へ、彩艶はさらにこう語っていた。
「そういった(シュートを放たれた)部分で、ローマとの試合の反省も踏まえながらオランダ戦に臨みたい。(マレンは)背後への抜け出しが本当にうまくて、シュートの能力も高い選手なので、その意味でも背後における味方との連携や、チームとして中央を締める部分を詰めていきたい」
ローマ戦から5日後。イタリア時間の5月15日早朝に都内のホテルで行われた日本代表メンバー発表会見がライブ配信された映像を、彩艶はパルマ市内の自宅で見守っていた。
ひな壇の森保一監督がGK陣から名前を一人ずつ、年齢の高い順に読み上げていく。早川友基、大迫敬介に続いて選出された瞬間の心境を、彩艶は「ホッとしました」とこう続けた。
「同時に身が引き締まる思いでした。
24歳になる直前で迎える初めてのワールドカップを、彩艶はどのように位置づけてきたのか。
「海外で3年間プレーしてきましたし、代表としてアジアカップを経験して、アジア予選も戦ってきて、いいところも悪いところもいろいろと経験してきた部分があるので、その大きな括りとしてこのワールドカップを集大成の場にしたいというか、結果を出したいという思いが強いですね。もちろんチームの結果が一番ですけど、個人としてもいいパフォーマンスを発揮したいと思っています」
ユナイテッドへの断りに込めた、夢への最短距離
ここまでの彩艶のサッカー人生で見逃せないのが、3年前の夏に下した決断となる。
浦和レッズでセカンドGKを務め、大ベテランの西川周作と切磋琢磨していた20歳の彩艶は、プレミアリーグの名門マンチェスター・ユナイテッドから届いた完全移籍でのオファーに断りを入れた。移籍金は当時レートで9億円超。サッカー界を驚かせた決断を彩艶はこう語っていた。
「サッカー選手としても、一人の人間としても本当に迷いました。何も考えなければもちろんマンチェスター・ユナイテッドに行きたいと思いましたが、移籍した先にどのような未来が待っているのかを時間をかけて考えた結果、一歩ずつステップアップしていくのが大事だと判断しました」
熟慮を重ねたと明かした彩艶は、ベルギーのシント=トロイデンVVへの期限付き移籍を決めた。世界最高峰のプレミアリーグで活躍する最初の日本人GKになりたい。壮大な夢を抱いてきた彩艶は、なぜシントトロイデンを新天地に選んだのか。理由もしっかりと語っている。
「いまの自分は試合に出るのが大事ですし、さらにつけ加えればヨーロッパの舞台でプレーするのも大事でした。ヨーロッパの舞台で活躍していけば、必ず他のクラブの目にも留まる。
この時点で彩艶の日本代表歴は、2022年7月の香港代表戦に出場しただけだった。舞台は日本で開催されたEAFF E-1サッカー選手権。メンバーもJリーガーだけで編成されていた。
東京五輪でも18歳の彩艶をメンバーに加えていた森保監督は、稀有なポテンシャルに大きな期待を寄せていた。そして渡欧後にすぐにシントトロイデンで定位置を獲得した彩艶を、待っていましたとばかりに2023年10月の代表活動シリーズで招集した。その理由をこう語っていた。
「彩艶はシントトロイデンへ移籍した直後からリーグ戦に出場し続け、非常に高いパフォーマンスを見せ続けてくれている。A代表の戦力にふさわしいと考えて今回選ばせていただいた」
オランダ戦のビッグセーブで示した現在地
シントトロイデンでの活躍が認められた彩艶は2024年夏に、ヨーロッパの5大リーグの一つで、GK大国でもあるイタリア・セリアAのパルマへ移籍した。浦和を旅立つ際に言い残した「活躍していけば、必ず他のクラブの目にも留まる」をわずか1年で実践してみせた。
森保ジャパンに目を移せば、2023年10月以降で彩艶が招集されなかったのは、左手の中指と舟状骨を骨折した昨年11月シリーズの一度だけ。2024年9月のアジア最終予選からは守護神の象徴である「1番」を託され続け、ついにワールドカップに臨む26人のなかに名を連ねた。
「アジア予選から背負ってきた番号ではありますけど、あらためて身が引き締まる思いですし、しっかりと責任をもってプレーしたいと思います。ゴールキーパーの安定感は、上にいくチームに欠かせない部分でもあるので、いかに自分がそれをもたらせるかだと思っています」
エンニオ・タルディーニでの対戦から35日後。
しかも前半のキックオフを告げる笛からわずか3分。マレンの右足がうなりをあげた。
左ウイングのコーディ・ガクポのパスをペナルティーエリア内で受けたマレンが、谷口彰悟を背負いながら巧みに反転。間髪入れずに強烈なシュートを放ったが、至近距離からの一撃を予測していたかのように彩艶がビッグセーブ。コーナーキックに変えて難を逃れた。
前半34分にオランダが獲得した右コーナーキックでもニアでマレンがピンポイントで頭を合わせたが、ここでも彩艶が必死に食い止めた。阻止できないまでも前田大然らがしっかりとマレンに体を当てていたのも、セリエAにおける彩艶の実体験が情報として伝わっていたからだろう。
もしも前半に先制点を奪われていたら、おそらくは試合の流れも変わっていたはずだ。後半に入って背負った2度のビハインドをともに追いつき、試合開始前のFIFAランキングで8位と、18位の日本より格上のオランダからもぎ取った勝ち点1も違った結果になっていたかもしれない。
成長の跡を示す次なる舞台
「前半から守備の時間が多くなってしまった展開で、後半に入って失点してしまいましたけど、チームのなかで『失点した後のプレーが大事だ』と話し合っていたので。1点差をキープできたおかげでこの勝ち点1につながりましたし、非常に大きな勝ち点1だったと思います」
試合後のフラッシュインタビューで、彩艶はオランダ戦をこう振り返った。
「チームを助けたいという気持ちが一番だったので、2失点してしまったところはもちろん反省しなければいけない。ただ先は長いし、まだ1試合が終わっただけなので、僕たちの目標を達成するためにも、そこ(失点)はしっかりと反省して次の戦いに生かしたいと思います」
舞台をメキシコ北部のエスタディオ・モンテレイへ変えて、20日(日本時間21日)に行われるグループステージ第2戦の相手は、初戦でスウェーデン代表に1-5で惨敗したチュニジア代表。指揮官を電撃解任し、大なたを振るった“カルタゴの鷲”は間違いなく背水の陣を敷いてくる。
そして、くしくもヨーロッパへ旅立った直後の彩艶が森保ジャパンへ復帰した後の初陣として、2023年10月にノエビアスタジアム神戸で先発フル出場した相手も実はチュニジアだった。
被シュートわずか1本で危なげなく零封した国際親善試合から977日。浦和時代から欠かさなかったフィジカルトレーニングの成果で、体重が3年前の91kgからいまや100kgの大台に到達。反応の速さやキック力に、さらなる強さを融合させた彩艶の成長の跡が発揮される戦いが続く。
<了>
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