【写真】時速36km
今作を傑作にしている要因のひとつは、自分たちの地元を歌った7分超えの大作「東京」。過去、多くのアーティストが取り上げてきたテーマだが、意外と東京出身者が歌うケースは多くない。近年、その数が減少している東京出身バンドならではのメンタリティと、「東京」の狙いに迫った。
※この記事は現在発売中の雑誌「Rolling Stone Japan vol.35」に掲載されたものです。
続けるために、メジャーへ
ー時速36kmって、インディーロックヒーローみたいな佇まいだとずっと思っていたので、結成10年を越えてからのメジャーデビューはちょっと意外でした。もっと上を目指したいという思いが芽生えたんですか。
オギノテツ(Ba, Throat) 10年もやっていると、どうしても越えられない壁みたいなものを感じる瞬間があって。僕らは大学の留年や休学から逃れるために組んだバンドで、プロになってやろうなんて思ってるメンバーは1人もいなかったので、壁が見えたらやめるだろうと思ってたんです。でも、いざそこまで来てみたら続けたくなった。バンドを続けるために越えなければならない壁があるのなら、外部の推進力を頼ろうということでメジャーデビューを決めました。
ー続けたくなった理由は皆さんそれぞれあると思うんですが。
仲川慎之介(Vo, Gt) 俺はただ、このバンドをずっと続けたかった。楽しいしね。理由はそれだけです。この「楽しい」を続けるためにメジャーという存在が必要でした。
松本ヒデアキ(Dr, Cho) 僕は今の2人とは逆で、これ以上は難しいんじゃないかってなんとなく諦めていたんですよね。やめなければ続くんだろうけど、2、3年前くらいの状況だと、この壁を越えるのは無理なんだろうなって。でも、オギノの発案で、メジャー進出をちゃんと考えてみようと。その話をしはじめてからも、1年くらいはメンバーの意見がなかなかひとつにならなかったり、喧嘩したりもしたんですけど、それでもまだバンドを続けるというなら「じゃあ、腹をくくろう」と。そうやって心の整理がついたからには、もう上を見るしかないと思うようになりました。
石井開(Gt, Cho) 僕は慎之介と近いんですけど、バンドがもっと大きくなっていくということは、単純に僕のギターがより多くの人に届くっていうことだし、ここ数年、音楽がちゃんと仕事になってきてる感覚があって。バンドを続けていくことによって僕らの人生にプラスになることが増えるだろうし、もっとお金が欲しいというところもみんなあると思います。
ーその他に、さらに上を目指すという決断に影響を与えた出来事はありますか。2年前に行ったZepp Shinjuku公演も大きなきっかけのひとつだったそうですが。
オギノ まだやり残していることがあるとは思いましたね。僕らはこれまでアルバムを作った直後に、「これでよかったんだっけ?」って毎回言ってて。考えてみると、全員が納得する活動ができたのって最初の1年にも満たなくて、それが心残りだったんですよね。
ーアルバムを作った直後って、ほとんどのバンドはやりきったと思うものなのに、すぐ頭にクエスチョンマークが浮かぶというのはすごいですね。
オギノ 他のバンドに比べると、けっこう客観視してるとは思います。自分たちの活動に対してファンの皆さんからいただく声から、常にちょっと距離を取ってるというか。ひねくれてる部分もあるとは思うんですけど、そういうのを真に受けすぎると食らう部分が大きかったりするので。
ーひねくれてるというか、浮かれないようにセーブしてるのでは。
オギノ 僕と松本はそういうところはありますね。ひと昔前だと、アーティストが数字を追いすぎるのはダサい、みたいな風潮があったと思うんですけど、実はより公平なのは数字だったりするのかなって。
ーイメージですけど、仲川さんはそういう数字的なものからは距離があるような気がします。
仲川 めっちゃ距離あります。本当にどうでもいいというか。やっぱり、楽しいというのが俺の原動力だし、楽しくなくなったら俺の中では終わりなんですよ。だから、楽しくなくなるかもしれないと思うものは忌避してます。そのひとつが数字かもしれないですね。
Photo by Yukitaka Amemiya
バラバラな4人をつないだもの
ーでは、本誌初登場ということで、バンドのベーシックなことも聞かせてください。皆さんのルーツはなんですか。
仲川 俺は、最初はBUMP OF CHICKENです。あとはアジカンとか、テナーとか、あの辺全部好きで、そういう人たちのルーツを探っていくうちに、U2やコールドプレイみたいなイギリスのスタジアムロックが好きになっていきました。
オギノ 僕はbloodthirsty butchersですかね。日本のオルタナティブロックが好きなんですけど、原初のルーツで言うと、父親がよく聴いてた60~70年代のハードロックとかファンクとか。ツェッペリンもビートルズもそうだし、日本だとはっぴいえんどとか。自分から最初に聴くようになったバンドはNUMBER GIRLでした。
―ブッチャーズはどうやって知ったんですか。
オギノ おじさんから教えてもらって、13歳くらいからライブに行き始めたんですけど……。
―13歳でブッチャーズ!? それは耳の肥えた……。
オギノ 嫌なガキで(笑)。何回も足を運んでましたね。
―おじさんからはどのアルバムを渡されたんですか。
オギノ 最初は『birdy』かな。
―そこから遡っていったり?
オギノ はい。札幌のオルタナバンドとか。イースタンもそうですし、ピロウズが好きだった時期もあります。
―SPIRAL CHORDとか。
オギノ 大好きです! ナカケンさんのベースでいちばん好きなのはSPIRAL CHORDですね。
石井 僕は中学生の頃にギターをちょっとやっていて、バンプとかラッドを弾いてたんですけど、ある日、妹の友達のお父さんがフェルナンデスの真紫のギターをくれたんですよ。このギターを弾く人ってどんな人なんだろうって調べてるうちに、80~90年代辺りにギターヒーローなる存在がいたことを知って、そこから固執して聴き始めました。ヌーノ・ベッテンコートのエクストリームとか、クラプトンとか、パンテラのダイムバッグ・ダレルとか、ギターヒーローといわれるものはひととおり触れてきたつもりです。当時のギターヒーローって、今よりもギターっぽい音がしてるのにアプローチは全然ギターっぽくない。あの時代にあんなことをやってたヴァン・ヘイレンってヤバいなと思って、今さらだけど、僕の中ではめちゃめちゃトピックになってますね。なので、僕はギターソロに関しては他のバンドよりもこだわってる自信はあります。
松本 僕は早くから音楽を聴いてたわけではなくて、親の影響でユーミンやサザンを聴いてたり、中学の頃はアニメの曲とかを聴いたりしてました。バンドは全然知らなくて、高校で入った軽音部で一緒にバンドを組んだ友達から教えてもらって聴き始めました。それが2013年くらいで、ちょうど4つ打ちのロックが流行ってたんですけど、その友達の影響で、僕は3年間バンドではハイスタしかやってなかったです。そこから洋楽も聴くようになって、オフスプリングとかSUM 41とか。あと、ドラムってどういう音楽を聴けばいいんだろうと思ってネットで調べてたら、「ドラムンベース」っていうジャンルが出てきて。「ドラム」ってついてるからおそらくカッコいいだろうって聴き始めたのがきっかけで電子音楽やEDMにもハマりました。だから、オルタナロックは大学に入ってメンバーから教えてもらうまで全然通ってなかったんですよね。
―EDMってどの辺りの?
松本 アヴィーチーとかスクリレックスとか。最近もポーター・ロビンソンのライブを観に行ったりしました。
ー4人とも見事にバラバラですね。でも、サウンドの手触りとしては明確に日本のインディーロックからの影響を感じます。ルーツはバラバラだけど、時速をバンドとしてまとめている精神性ってどこからの影響なんですか。
オギノ LOSTAGEだけは4人とも共通してるんじゃないですかね。全員参考にしてるかもしれないです。
ー時速は武蔵大学で出会って結成されたバンドですが、メンバー募集で集まったわけでもないし、バンドをやるために東京に出てきたわけでもない。シンプルに友達付き合いから始まったという事実は大きかったりしますか。
オギノ 僕らが人よりもちょっと擦れてる部分は、10年やってきたからだけじゃないと思っていて。僕らはみんな、1都3県あたりで生まれ育って、東京という場所に対して気負いがあるわけでもなければ、下北沢とか渋谷も「まあ、近くにあるな」くらいの感覚で生きてきていて。しかも、そういう街でライブをやってる人たちを観に行って好きになるっていうライブハウス文化を、ありがたいことに学生時代から経験させてもらってるんですよね。自分たちでバンドをやろうとなった理由も、憧れのバンドみたいになりたいから、かつ現実逃避したいから、みたいな大学生っぽい動機が合わさったもので。さらに、偶然うまい具合にパートが分かれてて、偶然LOSTAGEとかあの世代のバンドが好きな奴が揃ったからどうにかなっただけで、普通だったらあり得ない偶発性があったとは思うんです。だから、バンドとしての一貫性はあるけどルーツは全然違うし、性格も全然違う、みたいな気持ち悪さの理由はそこにあるかもしれないですね。
松本 多分、バンドをやろうと思って集まってたら、このごちゃつき――音楽的な意味でも、性格的な意味でも――を整えて出すか、まとめきれなくて解散か、どちらかになってた気がするんです。でも、この形で落ち着いてるのは今、オギノが話したみたいな部分があるからなんですよね。
ー生活圏が同じで、同じカルチャーをゆるく共有しているというのは大きいですよね。
オギノ 多分、地域と年代と時代と、もっと言うと親の世帯収入とかも大体一緒なんですよ。めっちゃ金持ちがいるわけでもなければ、すごいルサンチマンを抱えてる奴がいるわけでもないっていう。
松本 全員が一般市民、中流の人っていうのはありますね。
オギノ 結局、同じところに住んでる奴らは大体同じ生活をするっていう。そういう連中でバンドを組むと、実は共通項がないように見えて、ある。そういう不思議さはあると思います。
ー地方からバンドのために上京してきたような感じだったら、もっと切羽詰まってたかもしれない。
オギノ 実際、僕らに足りなかったのはそういう感覚だと思いますね。
ー言い換えると、だからこそ自然体でバンドと向き合えたところはあるんじゃないですか。それが時速36kmというバンドのよさにつながっているのかなと。
オギノ 仲川から出てくる言葉が、「売れたいじゃなくて続けたい」なんですよ。それは言い得て妙だなと思います。僕らは説教臭いことを言えるわけでもないし、ハングリー精神を手に入れたことなんて人生で一度もないから、そこをごまかして嘘をついたらすぐにバレちゃうと思います。
ーメジャー1枚目となるアルバム『目を閉じても残る赤』がリリースされましたけど、手応えはいかがですか。僕は名盤だと思っていますが。
仲川 さっきも話した、楽しいからやってるっていうことでいったら、これはでかい成果物です。
ー先ほど、これまでの作品は完成直後に「これでよかったんだっけ?」となっていたと話していましたけど、今回に関しては?
松本 そういった後悔はほぼほぼないんじゃないかな。
オギノ 別の世界線の100点はあったかな、っていう感じかもしれないですね。
ーなぜそこまでの点数を叩き出せたと思いますか。
石井 頑張ってきたから(笑)。
仲川 真面目にやってきたからよ(笑)。
石井 ここまで10年、牛歩で活動してきたなかで、いろんなチャンスを掴んだり、逃したり、紆余曲折あった中で得た精神性や技量が……『ONE PIECE』のエンディング主題歌になった「その未来」もそうですけど、このタイミングでバチッとハマったので、本当に恵まれてるなと思います。あとは、これまでやるべきことはやってきたっていう自信もあるので……名盤です(笑)。
オギノ あと、特に俺とお前(仲川)にストレスがかかったのがよかったんじゃないかな。インディーレーベルの頃も頑張ってたつもりだったけど、他の人からすると頑張りとは言わないレベルのことを「頑張り」と言い張ってたんだなって、今振り返ると思います。生みの苦しみはある程度必要だと思っているので、そういう意味では今回頑張ったかなって。
仲川 俺、頑張るのわりと好きなんだなって今回思った(笑)。「音楽を作れ」ってせっつかれるのは何も苦しくない。まあ、早起きしたり、体調悪くなったりして苦しいこともあったけど、それも「やれやれだぜ」って言いながらやれるというか。
ーいろんな人の期待を背負ったというところも大きいんですかね。
松本 それは絶対あると思います。
オギノ 責任取んなきゃなって思いましたね。ファンの皆さんとか家族に対して。でも、それをいちばん思ったのはお前じゃない?
仲川 うん、それはバンドやってて初めて思った(笑)。
ーその責任感がポジティブに働いたと。
オギノ それで潰れちゃう人もいるとは思います。僕らも将来的にどうなるかわからないですけど、少なくとも現時点においてはうまくいったと思います。
松本 この数年間、ずっとこうしたかったっていうのがあって。音源を作っても後悔が残ってたし、ずっとくすぶり続けてて。でも、今みたいな環境を整えてもらって、全力でやらせてもらえたからこれだけフルスイングできたっていうのはあると思う。インディーズの頃はいろいろ言い訳をして前に進んでいなかったけど、今回しっかり用意してもらったからには、もうやるしかないよねって。
仲川 まさにその通りだよね。やりたかったことをできたっていうね。やりたかったことは何かって、全力で走ることで。どういう結果になるかわからなくても、とにかく力尽きるまで走ってみたいってこの10年ぐらいずっと思ってた。それがやっとできたから後悔がないんかな。
Photo by Yukitaka Amemiya
東京の奴が歌う「東京」
ー個人的には、今作は「東京」という曲が大きな存在感を放っていると思っていて。東京出身の人ってあまり東京のことを歌わないし、歌うとしてもネガティブな表現はしないと思うんですよ。だけど、この曲はそういった「東京」とはまた違った手触りがあるなと。
オギノ この曲を書いたのは僕なんですけど。今おっしゃっていただいたとおりで、東京じゃない人が書く東京のネガティブな曲はあるんですよ。東京出身者が書く東京のポジティブな曲もある。でも、東京出身者が書く東京のネガティブな曲ってないんです。僕らが作るんだとしたら、東京の奴が東京のネガティブなところを言わなきゃだなと思って。なんでかって言うと、俺の母ちゃんがでべそだってことは俺は言っていいけど、お前が言っていいことじゃないって。これはずっと思ってたことなんですよ。
ー僕も東京出身なので、それはずっと思ってました。
オギノ 外から来た人が東京のことを悪く言うのはセーフなのに、俺らが他の地方都市に行ってその街のことを悪く言ったら、そこに住んでる人たちは怒りますよね。じゃあ、なんで東京に対してだけ悪口が許されてるんだって思ってて。だから、「東京」という曲はいつかは出さなければいけないと思ってたんですけど、俺らが書くならこういう「東京」じゃなきゃダメだなって勝手に思ってました。
ー歌う立場の仲川さんとしてはどうですか。生まれ育った地元の感覚って、政治とか宗教とか以前に自然と染みついてるものじゃないですか。それについて歌うことはちょっとした覚悟がいるというか、納得できないと歌えないというか。
松本 それは俺、めっちゃわかる。この歌詞を見た時に完全共感はしないというか、俺は東京のことをこういうふうに見たことはなかったんですけど、「わかるな」ってすごい思ったんですよ。でも、慎之介は歌うわけだからまた違うよね。
仲川 でも、いいのか悪いのかわかんないけど、覚悟とかそういう感覚は全くなかったですね。本当に何も考えてなかったです。
ー平熱というか。
仲川 平熱だし、極論、別に何も背負う気はないです。誰かがぶん殴ってくるかもしれないですけど、別にどうでもいいというか、歌詞を見て「そうだよね」と思った気持ちのまま歌ったし、そうできたことがすごく嬉しくて。
オギノ 極端なこと言うと、タイトルは「地元」でもいいもんね。
仲川 そうそう。
オギノ だから、くるりの「東京」とか大好きですけど、この曲は、東京に対して抱いているいろんな愛憎をもって東京以外の人が作り上げる「東京」という曲のブランディングに対するアンチテーゼだと思ってるくらいの感じですね。
ーSUPER BEAVERの「東京」は意識しましたか。
オギノ しました。ひととおり全部の「東京」を聴きました。渋谷(龍太)さんは新宿のど真ん中出身じゃないですか。あれはちょっと真似できないなと思いました。あと、THE 2の「東狂」も東京出身者の視点で書いていて、この2曲からはちょっとズラさなきゃっていうのはすごく意識しましたね。
ー戦略的に考えた部分もあったんですね。
オギノ 少しマーケティング的というか、クレバーな部分は出しました。
ーここまで話を聞いてきて感じたのは、今の時速はめちゃくちゃポジティブだなと。ライブの雰囲気も変わっていくんでしょうか。
仲川 まんまでいたい、とは思いますね。
ーまんまなのが時速だと思いますよ。
仲川 でも、もうちょっと調子乗りたいっすね(笑)。
ーそれは性格的に無理なんじゃないですか?
仲川 うーん、難しいんですけど、最近、調子乗ってるほうがカッコいい場面ってあるよなと思ってて。でも、わざと調子に乗ろうとするのもあれなんで、自然とそうなってくれたら嬉しいですね。
オギノ こないだバンド内でもそういう話をしました。無理やり手拍子を煽らせるとか、「みんな、ライト振って」って言わせるとか、そういうことをやらせようとしても絶対にできない子なんで、だったらそういうことをやらせたくなるようなマインドになるセットリストを組もう、みたいな構造的な改革をしようとしてます。
松本 今さらお前をスーパーヒーローに仕立て上げようとは思わないし、その代わり「俺はそうはなれないけど、頑張るから見ててな」って言ってくれればそれでいい。
オギノ みんなそう思ってる。お客さんも含めて。
仲川 そうだよね、いきなり俺が「エブリバディ、クラップユアハンズ!」とか言ったら……(笑)。
オギノ 俺ら、演奏止めちゃうよ(笑)。
『目を閉じても残る赤』
時速36km
ポニーキャニオン
発売中
配信リンク:https://36kmperhour.lnk.to/RemainingRedEvenwithEyesClosed
特設サイト:https://special.36kmperhour.com/rreec
時速36km
東京都・江古田発の4人組ロックバンド。2016年に大学のサークルで結成し、ライブハウスシーンで活躍。2023年9月リリースの2nd Mini Album『狂おしいほど透明な日々に』では全国10箇所を巡る単独リリースツアーを実施し、ファイナルとなった2024年のZepp Shinjuku公演はソールドアウトを記録。2026年4月、ポニーキャニオンよりメジャーデビュー。
時速36km presents ”市民薄明” Tour
2026年8月1日(土) 宮城・仙台LIVE HOUSE enn 2nd
2026年8月2日(日) 栃木・宇都宮HELLO DOLLY
2026年8月7日(金) 埼玉・HEAVENS ROCKさいたま新都心 VJ-3 w/cinema staff
2026年8月15日(土) 石川・金沢vanvan V4 w/GUEST
2026年9月5日(土) 兵庫・神戸music zoo kobe 太陽と虎 w/TETORA
2026年9月6日(日) 香川・高松TOONICE w/Hues
2026年9月12日(土) 広島・広島4.14 w/オレンジスパイニクラブ
2026年9月13日(日) 福岡・福岡LIVE HOUSE Queblick w/オレンジスパイニクラブ
2026年9月26日(土) 北海道・札幌KLUB COUNTER ACTION
2026年10月3日(土) 大阪・梅田CLUB QUATTRO
2026年10月4日(日) 愛知・名古屋CLUB QUATTRO
2026年10月9日(金) 東京・渋谷Spotify O-EAST
https://eplus.jp/jisoku36km-tour26/


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