―[インタビュー連載『エッジな人々』]―

SNSを開けば、毎日のように飛び込んでくるオレンジ、イエロー、ピンク、ブルーの4人。SNSの総再生回数は13億回を超える大バズり中、歌謡グループとして異例の快進撃を続ける彼らが巻き起こす、“社会現象”の理由を探った。

“平均年齢33歳の新人アイドル”モナキのメンバーが語った“セ...の画像はこちら >>

「名もなき男たち」が起こした社会現象

 純烈・酒井一圭が仕掛けた“平均年齢33歳の新人アイドル”が異常事態を起こしている。

 TikTok発の動画が若者層に刺さり、4月8日に発売されたシングル「ほんまやで☆なんでやねん☆しらんけど」発売イベントには人が殺到、中止が相次ぐほどの熱狂ぶりで、“モナキ現象”とまで呼ばれ始めた。「名もなき男たち」に、純烈ファンのマダム世代だけでなく、なぜZ世代まで熱狂するのか?

――モナキのお披露目は正式デビュー前、兄貴分の(※1)純烈のLINE CUBE SHIBUYA公演という大きな会場でした。本当に「名もなき者」たちがステージに上げられて、どのように受け止めましたか?

“平均年齢33歳の新人アイドル”モナキのメンバーが語った“セカンドチャンス”の覚悟「会社員に戻りたいとは思わない」
エッジな人々
ケンケン:あの経験で、僕らも純烈さんのようなグループになりたいと思えました。大きな舞台でお披露目していただいたことで、リリースイベントにも純烈ファンの方々が来てくださった。いつかは、モナキのファンであの景色を描きたいです。

サカイJr.:(※2)建築士だった自分があれほど多くの方々の前でパフォーマンスをするなんて思ってもみませんでした。小さい頃から目の前の人たちがワクワクする顔を見るのが好きで、そうした気持ちは自分の生きる原動力になっていた部分でもあります。建築士としては会社の看板だったり資産だったりを使って人を喜ばせていたとは思っていたのですが、今は自らの力で人を笑顔にさせることができるんだ、自分のステージが変わっても、やりたいことは表現できるんだと実感しました。

じん:僕はミュージシャンをやっていたんですけどLINE CUBEは目指すべき場所でありながら届かなかった場所でした。でも、そこに立つことになり、夢に近づいた。そして今、39歳になった僕が紅白歌合戦を目指し出場できたら……そのプロセスを追ってほしいし、僕みたいになんらかの事情で夢を諦めかけた人に勇気を与えたい。

純烈リーダー直伝の「4つの守るべきこと」

――皆さんは酒井氏プロデュースの「セカンドチャンスオーディション」に応募、合格したわけですが、まったく別のジャンルへ踏み出すことに葛藤や迷いはなかったのですか?

おヨネ:会社員だった頃から音楽をやりたい気持ちがあったので、オーディション合格が決まった時は一切迷いはなかったです。実は、心にも余裕ができてきた時期で、今だったら裸一貫で芸能界に飛び込んでも、数年なら全力で走れると感じていたタイミングとちょうど重なって。


ケンケン:僕が役者をやっていたのは21~22歳だったんですけど、そこからフリーターを続けるうちに(※3)友井さんの焼き肉店で働くようになって、純烈の皆さんともお会いするようになったんです。特撮ファンの方々も来られるので「(※4)ジュウオウジャー見ていましたよ」と声をかけられたりするうちに、もう一度表の舞台に戻りたいという気持ちが芽生えた時、オーディションの話がきたんです。

じん:今までやっていた音楽と違うものをやる葛藤は今もあります。ただ、僕の中には“モナキのスイッチ”というようなものがあって、それを入れるとアイドルとミュージシャンの切り替えができる。それが今は楽しく感じられているんです。

サカイJr.:僕は歌をやったことがなく、音楽と触れ合う時間も多くはなかったですし、もちろんダンスもやっていなかった。だから受かるはずはないと思っていたんです。ただ、自分の中ではちょっとした運命的タイミングで募集を目にしたので応募してみようと。でも、いざモナキのメンバーになってみると、どういう表現の仕方をすれば正解なのかを、模索している自分がいます。それでも会社員に戻りたいとは思わない。新入社員だった時もなにが正解かわかっていなかったので、新人であるモナキでの正解もいずれ見つかると思っています。

“平均年齢33歳の新人アイドル”モナキのメンバーが語った“セカンドチャンス”の覚悟「会社員に戻りたいとは思わない」
エッジな人々

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――純烈の弟分と言われていますが、兄純烈から受け継ぐイズムのようなものはありますか?

おヨネ:ファンの方との距離の近さです。
特典会とか(※5)ラウンドをする上で、お客さんが増えれば増えるほど一人にかけられる時間は少なくなってしまうんですけど、ファンを単なるファンとして扱うのではなく「みんな友達」という接し方をしている。そういうマインドを持ち続けることが純烈イズムだと思います。

ケンケン:(※6)マネジャーの山本さんから「あいつら下積みから売れるようになっていく過程で、いつまでも素直やったから、今があるんや」って話を何度も聞かされていて。売れてからもスタッフさんにも変わらず分け隔てなく接しているから、みんなから愛される。そういう姿を近くから見られるところに純烈の弟分という意義があります。

じん:リスペクトしている部分は、ホッとする空間づくり。何回かコンサートを見させていただいたんですが、いい感じに肩の力が抜けているんです。脱力とリキみのバランスってすごく難しいのに自然体で聞いている人が思わず笑顔になっちゃう、そういうグループを目指したい。

サカイJr.:酒井リーダーからいただいた金言で「4つの守るべきこと」というものがあります。「挨拶をする、嘘をつかない、約束を守る、仲間を大切にする……この4つを守れば飯を食べていける」と最初の頃に教えていただいて。これは芸能界において大事なことなんだろうと受け止めていたんですけど、人として守らなきゃいけない当然のことでもある。でも実は、それが一番難しい、と気づかせてくれたことに感謝しています。


誰かの「明日生きる理由」になれた喜び

――デビューして2か月、今の時点でモナキに入って良かったと思えることはありますか。

おヨネ:地元の大阪に特典会やライブでお邪魔させていただいた時に両親が来てくれたり、大学ではアカペラサークルに所属していたので、当時の仲間が来てくれたりしたのが嬉しかったですね。一方、悔しかったこともあって、ヴォーカルレッスンの時、ハーモニーに対しての厳しい指摘を受けた時がありました。アカペラを4年間やっていたにもかかわらず、ハモりの面でグループを上達させることができなかったことに自責の念を感じました。同時にグループなんだし、自分だけが背負うものではないとも気づかされ、4人全員で試行錯誤しながら欠点を克服するきっかけになりました。

ケンケン:僕が芸能界に入るきっかけは「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」だったんですが、その最終審査のステージに立った時の景色が忘れられなかったんです。再びその景色を見たいと思って芸能界に飛び込んで、一度離れ、モナキとして戻った。そして(※7)4月8日のデビュー日に5000人が集まった会場を見た瞬間、自分が見たかった景色ってこれだったんだと実感できて嬉しかった。約1年半の準備期間中はお客さんと触れる場がなく、自分は一体何をしたいのかがわからなくなってきていたんです。あの景色を見たことで、自分の方向性は決まりました。

“平均年齢33歳の新人アイドル”モナキのメンバーが語った“セカンドチャンス”の覚悟「会社員に戻りたいとは思わない」
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じん:僕は身内に大病を患っている人がいて、入院中に「じん君の活躍をSNSやニュースで見ると元気をもらえる。だから自分も頑張れる」とメッセージをもらった時が嬉しかった。その人が次の日を迎えるための気力、エネルギーになりたい……それはミュージシャンを志した時から思っていたことだったんです。
今、自分がやっと誰かの「明日生きる理由」になれている。エンターテインメントの力って偉大だなと感じました。

サカイJr.:(※8)モナカマからいただいた手紙に「ずっと部屋にこもりっきりだったのが、SNSでモナキを見て一回部屋を出てみようと思いました」「コンビニで買い物ができるようになりました」「一人で電車に乗って、帰ってくることができました」などと書かれていたことです。それまで果たして自分がモナキとして活動する意味があるのか、明確にわかっていなかった部分もあったんですけど、そうした人の背中を結果として押せたことが、人がワクワクしている顔を見たいと思っていた理想の自分に近づいているとわかって嬉しかったですね。

モナキとは……赤ちゃん、くせ者、変わり者、サーカス団

――前キャリアでの経験は豊富な4人ですが、モナキでの役割分担などはありますか?

おヨネ:ケンケンはエンタメ担当、じん君は芸能担当、Jr.君はビジネス担当ですね。

サカイJr.:ケンケンは(※9)TikTok動画でバズらせる感度が高いからエンタメ担当で、おヨネは歌唱担当。抜群に歌がうまいし、音感もあるから自主練する時とかはハモりのパートも全員分歌えるようにしてきてくれて、歌を合わせる時はつきっきりで教えてくれるんです。

おヨネ:Jr.君はスケジューリングとか決めなければいけないことを率先してやってくれます。でも最終的にはじん君の決定がそのまま僕らの意見になることが多い。じん君は人を納得させるのがうまい。だから、芸能担当!(笑)

サカイJr.:僕らはそれぞれの得意ジャンルが違う分、それぞれがお互いの頼れる存在になれる。それがモナキのいいところだと思います。


――「名もなき」から始まったモナキですが、1年半の準備期間、そしてデビューから2か月を経験した現時点で、モナキとは何者だと思っていますか。

おヨネ:赤ちゃんです♡

じん:くせ者。

ケンケン:変わり者!

サカイJr.:……サーカス団。

 強烈な個性を持った「名もなき男たち」は輝きを増している。

【Monaki】
約1000人が応募した’23年10月開催の「酒井一圭プロデュース セカンドチャンスオーディション」出身メンバーを中心に結成された、じん(39歳)、ケンケン(29歳)、サカイJr.(37歳)、おヨネ(28歳)による4人組グループ。8月には大阪、名古屋、東京でZeppツアーに挑戦する

(※1)純烈のLINE CUBE SHIBUYA公演
昨年11月26日、シークレット企画として純烈と共演し、スーパー・ササダンゴ・マシンの脚本で漫才を披露。その場でプロデューサーの酒井によって「モナキ」の名が初めて明かされた

(※2)建築士だった自分
千葉大学工学部大学院を首席で修了後、大手鉄道会社では一級建築士として駅舎や駅ビルの開発を担当。その後、東京建物に転職し、再開発事業に携わる

(※3)友井さんの焼き肉店
元・純烈メンバーの友井雄亮が脱退後、大阪・北新地で開業した「神威」。ケンケンは地元の福岡から大阪へ出てきたことがきっかけでこの店で働くことに

(※4)ジュウオウジャー
’16年2月より1年間テレビ朝日系で放送された『動物戦隊ジュウオウジャー』にジュウオウエレファント役で出演。じんも『烈車戦隊トッキュウジャー』出身

(※5)ラウンド
コンサート中、客席を練り歩きファンとスキンシップを図るのが純烈名物で、モナキもそれを継承する。リーダー酒井がプロレス好きであることから場外乱闘にヒントを得て生み出された

(※6)マネジャーの山本さん
山本浩光氏。純烈が下積み時代から苦楽を共にしてきた身長192㎝の名物マネジャー。
一度は現場を離れながらも今度は「あいつらを育てたい」とモナキ専属マネジャーに名乗りを上げた

(※7)4月8日のデビュー日
池袋サンシャインシティ噴水広場におけるデビュー記念イベントは昼夜2500人ずつの観衆を集め、地下1階から3階までが埋め尽くされた

(※8)モナカマ
モナキのファンネーム。おヨネによる発案で、デビューイベントのステージ上で発表された。純烈がファンを「純子・烈男」と呼んでいるのに倣ったもの

(※9)TikTok動画
デビュー前から積極的に動画を公開し、334万人を超えるフォロワー数(6月3日現在)を誇るなどモナキを知る上での代表的な入り口(ツール)に

取材・文/鈴木健.txt 撮影/ヤナガワゴーッ!

―[インタビュー連載『エッジな人々』]―

【鈴木健.txt】
(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売
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