『日本人の知らないフランス〔パリで出会った忘れがたき人々〕』(藤原書店)著者:山口 昌子Amazon |honto |その他の書店

◆インタビューで得た究極の言葉たち
ボーン・上田記念国際記者賞の受賞者である著者の記者活動の記録は『パリ日記』(全5巻)に詳しい。本書は取材に際してパリで出会った「忘れがたき人々」の思い出である。


「パリ・ジャーナリスト養成所」に留学中、著者は『ルモンド』の創設者ブーヴ=メリーに良き新聞記者の条件を尋ねてみる。返ってきたのは「好奇心」の一言。以後、この言葉を心に刻み、パリ特派員となってからは好奇心を感じた人には有名無名の別なくインタビューを申し込む。応じた人は有名無名を問わず一生懸命に質問に答えてくれた。なかでも印象的だったのは元外相のローラン・デュマを汚職容疑で起訴したことで知られる予審判事のエヴァ・ジョリの言葉。

“フランスの長所は公職への機会均等。試験に合格すれば肌の色も出身国も関係なし。“平等”という抽象的な価値観がこんな風に重んじられ、外国人排斥が少ないという点でフランスは世界に類がない。”

このフランス的「平等」の精神に支えられ、ベルナデット・シラクやダニエル・ミッテランなどの大統領夫人、レヴィ=ストロースやベルナール・フランクなどの知日派知識人、あるいは1998年のW杯優勝監督のエメ・ジャケやカルロス・ゴーンなどの「時の人」にインタビューを試みる。しかし、著者の心を打ったのは日本では知られていない軍事評論家、歴史学者、ジャーナリスト、著名人の友人などの言葉であった。

たとえば、晩年のシャネルの友クロード・ドレイはシャネルが最後の昼食時に呟(つぶや)いた「待つのが私の任務」という言葉を思い出し、シャネルは何を待つのだろうかと考えたが、別れた後にその答えが見つかったという。「みんなの休日が終り、仕事の時間がまた始まるのを待っていたのだ」

また、オーダーメイド専門の高級靴店≪Berluti≫の店主オルガ・ベルルッティは顧客だったピカソ、ウォーホルなどのセレブの思い出を語るが、著者はむしろ「靴を作っていると毎日が発見。
靴作りは商売ではなく、一種の無償の行為」という彼女の職人魂に感じいる。「お客には二種類ある。履き心地が良い靴が欲しい人。エレガント優先で履き心地は犠牲にする人。でも履き心地が悪いと足も痛いし、機嫌も悪くなり、エレガントでいられないということを理解してもらいたい」

≪Berluti≫の日本人顧客の名前の下には「注意! 日本人!」と書いてあった。「当時の日本人の足は特殊で角張っていた。座る生活のために足の横幅が広くなっていたからだ」。しかし、最も感動を誘うのは名シェフ、ジョエル・ロブションが残した次の言葉だろう。

“新しい料理が完成した時は最高に幸せ。何日も眠れない夜を過ごした後、ある朝、解決方法がみつかる。(中略)自分で試して食べ、想像通りのものができた時の幸せ、そして客の満足そうな反応を見たときの幸せ。料理は愛のメッセージです。


ロブションにならっていうのなら、良き記者とはインタビュー相手から究極の言葉を引き出して、その「愛のメッセージ」を読者に伝えることのできる人である。

フランスを愛する人にとって必読の回想録。

【書き手】
鹿島 茂
フランス文学者。元明治大学教授。専門は19世紀フランス文学。1949年、横浜市生まれ。1973年東京大学仏文科卒業。1978年同大学大学院人文科学研究科博士課程単位習得満期退学。元明治大学国際日本学部教授。『職業別パリ風俗』で読売文学賞評論・伝記賞を受賞するなど数多くの受賞歴がある。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。新刊に『日本が生んだ偉大なる経営イノベーター 小林一三』(中央公論新社)、『フランス史』(講談社)などがある。
Twitter:@_kashimashigeru

【初出メディア】
毎日新聞 2026年9月19日

【書誌情報】
日本人の知らないフランス〔パリで出会った忘れがたき人々〕著者:山口 昌子
出版社:藤原書店
装丁:単行本(ソフトカバー)(552ページ)
発売日:2026-07-28
ISBN-10:4865784918
ISBN-13:978-4865784916
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