2026年、サッカーW杯の熱狂が近づき、再び世界がサッカーに沸こうとしている今、改めて振り返りたい「伝説の皇室外交」があります。

それは、2018年のロシア大会。
国際情勢が極めて緊迫し、欧米諸国がボイコットに踏み切るという異例の事態の中、高円宮久子さまが決行された、102年ぶりとなる皇族のロシア訪問です。

各国首脳が「とんぼ返り」する中、なぜ久子さまだけは現地に留まり、ロシアの人々と心を通わせ続けたのでしょうか。

本記事では、西川恵氏の著書『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(新潮社)より一部抜粋・編集し、再びW杯を目前にした今だからこそ知っておきたい、世界を魅了する「日本の人間力」の正体をひも解きます。

■102年ぶりの皇族のロシア訪問
天皇、皇后両陛下や皇太子ほどにはその他の皇族の外国訪問は注目されない。しかし皇族はその振る舞いや言葉を通して、国際親善の実を挙げるべく努めている。またホスト国も皇族の訪問を決して軽く見ていない。

高円宮久子妃が2018年6月18日から26日までロシアを訪問した。日本サッカー協会の名誉総裁としてワールドカップ(W杯)の日本代表戦を観戦・激励し、この機会を利用して現地の弓道の交流行事などに出席して両国の友好を深めるのが目的だった。

皇族が最後にロシアを訪問したのは、ロマノフ王朝の末期、ロシア革命直前の1916年の閑院宮載仁親王にさかのぼる。実に102年前である。

この間、皇族が訪露しなかったのは、一にかかって日露両国の歴史的関係からだ。ロシア革命によって日本と相容れない共産主義体制となったソ連と、日本はシベリア出兵で軍事衝突し、第二次大戦の終戦間際、日ソ中立条約を破棄して満州に侵攻したソ連軍と再び衝突した。


戦後はシベリア抑留、東西冷戦、そして北方領土問題と、平和条約を結べない状態がつづいてきた。しかし今回は政治抜きのサッカー応援という名目の下、皇族としては102年ぶりの久子妃の訪問が実現した。

■ロシアが注目した“特別な訪問”
久子妃は18日にモスクワ入りし、日本代表の初戦が行われるサランスク市に移動した。

W杯が開催されるロシア11都市の一つに選ばれたサランスクは、ロシア欧州部の中央東寄りに位置するモルドビア共和国の首都で、人口約31万人。ボルガ川の支流が流れ、アジア系の少数民族が多い。

ロシアのメディアは102年ぶりとなる日本の皇族のロシア入りを至急電で報じ、タス通信はモルドビア共和国議会のチビルキン議長の「高円宮久子妃の訪問は栄誉あることだ」とのコメントを伝えた。

ロシアの高い関心の背景には、久子妃がW杯の期間中、他の国々と違った形でロシアとかかわることにあった。

日本代表チームの応援だけに来て帰るのではなく、地味ながらロシアとの友好を深めることに、対露関係における日本の前向きのシグナルを読みとったからだ。

■W杯の舞台で見えた国際関係
これより前の6月14日、首都モスクワの「ルジニキスタジアム」でサッカーW杯の開幕戦、ロシア対サウジアラビアの試合が行われた。

貴賓席の最前列中央で、試合当事国のプーチン大統領とムハンマド皇太子が並んで観戦し、周りにはW杯開催に祝意を表するため駆け付けたロシアと関係の深い国の首脳らが顔を揃えた。W杯に参加しない中国の孫春蘭副首相、モルドバのドドン大統領らの顔もあった。

しかし欧米諸国の多くは開幕戦に首脳を送らなかった。


この年の3月、英国でロシアの元諜報部員とその娘が、ロシアが保有する化学兵器ノビチョクで昏睡状態に陥り、これをロシアの仕業とみた欧米諸国は開幕戦をボイコットしたのだ。

ただそうした国も自国チームの試合になると、首脳が応援に駆け付けた。自国世論がW杯に強い関心を見せている以上、これは欠かせない。

韓国の文在寅大統領、スイスのベルセ大統領、マクロン仏大統領、クロアチアのグラバルキタロビッチ大統領……。

しかし試合が終わると、皆とんぼ返りした。

■W杯観戦と友好親善
久子妃はそうした国々と一線を引き、日本代表チームの応援も、地元との友好も、というスタンスをとった。

実際、訪れた3カ所で、試合の前後には美術館やロシア正教会、イスラム寺院、スポーツ施設などを精力的に回り、人々と交流した。地方局のRTテレビは久子妃がロシア入りした翌19日、こう報じた。

「高円宮久子妃殿下のワールドカップの視察は日本代表を奮い立たせて勝利をもたらすと同時に、ロシアの政治家に対しても、日本との関係強化を確信させた」

「ロシア政府要人との会談は予定されていないが、オゼロフ連邦院議員(対日議員グループ代表)は『妃殿下のご訪問は、とりわけ本年が露日交流年であるとの点からも、二国間関係の強化に資する』と考えている」

「シュレポフ国家院議員(対日議員グループ代表)は『妃殿下は日本代表を応援するために来られたが、同時に露日関係を発展させるための善意の一歩である』と述べた」

サランスク市で久子妃はモルドビア共和国の知事など要人たちに迎えられた。

久子妃は青のジャケットとスカート姿。「サムライブルー」に合わせたのだろうが、ブルーはロシア国旗の色の一つでもあり、ロシアのメディアは「日本チームとロシアの国旗を念頭においた服の色の選択」と伝えた。

■存在感大きい久子妃
公務やそうでないときも含め、高円宮久子妃の高いパフォーマンスは宮内庁の関係者の間ではよく知られている。


帰国子女で、自分の感じたこと、印象深かったことなどをきちんと伝える姿勢とユーモアのセンス。上品なクイーンズイングリッシュと、英語のアクセントがややあるものの聞き取りやすいフランス語……。

皇室の発信力、つまり皇族たちが何を考え、社会や国や世界がどうあってほしいと願っているかを、久子妃は説得力をもって伝えているように思われる。皇室とて明瞭なメッセージが求められる時代にあって、これは大事なことだ。

■女性皇族が担う役割とは
久子妃は20を超える団体の名誉総裁を務めており、皇族の中で一番多い。スポーツ、文化、環境保護、国際交流など故高円宮の遺志を継いだものと、その後に依頼されて引き受けたものがある。

ラインナップを見ると、日本サッカー協会、日本ホッケー協会、国際弓道連盟、日本水難救済会、高円宮記念日韓交流基金、日本AED財団、日本心臓財団、世界120の国・地域の環境NGOのネットワークであるバードライフ・インターナショナルなど多様だ(※書籍発売時点)。それでも「久子さまに名誉総裁を」という要望は多い。

国連教育科学文化機関(UNESCO(ユネスコ))元事務局長の松浦晃一郎氏は幾つかの団体の役員を兼ね、皇族を迎える機会が多いが、久子妃について「海外育ちで国際感覚をお持ちなのに加え、結婚後も高円宮妃として頻繁に外国を訪問されて、蓄積されたものがとても豊かです。記念の行事などの機会に来ていただくと、場の雰囲気に重みと華やぎが出ます」と語る。

この書籍の執筆者:西川 恵 プロフィール
1947(昭和22)年長崎県生まれ。71年毎日新聞社入社。
テヘラン、パリ、ローマの各支局、外信部長、専門編集委員を経て、2014年から客員編集委員。仏国家功労勲章シュヴァリエ受章。『エリゼ宮の食卓』(新潮社)でサントリー学芸賞。『ワインと外交』(同)、『知られざる皇室外交』(KADOKAWA)など著書多数。
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