映画『氷血』が7月3日より劇場上映中。本作の目玉は、北山宏光がホラー映画で初主演を務めたこと。
加藤千尋(元 BiSH/セントチヒロ・チッチ)との共演が見逃せないことはもちろん、数々のホラー演出を押しのけて「北山宏光がいちばん怖い」ことを称賛できる作品です。

■前置き1:PG12指定およびショッキングな死体の画には注意
見る前の注意点としては、直接的な残酷描写はおおむね避けられているものの、死体が映るショッキングな画があるほか、「弱者への暴力描写がみられる」という理由でPG12指定がされていることが挙げられます。

加藤千尋演じる妻が精神をすり減らしていく様は胸が痛くなりますし、何より北山宏光ファンに対しては「大丈夫ですか?」と声をかけたくなるほど怖い(褒めています)ので、それなりの覚悟の上で見ることをおすすめします。

■前置き2:映画館で「こだわりの悲鳴」に耳をすませてほしい
本作は劇場で鑑賞することを強くおすすめします。映画の中でも、特にホラーというジャンルは、「暗がり」「他に邪魔の入らない」環境の映画館でこそ、作品が真に目指した恐怖を体感できるというのが、大きな理由の1つです。それだけでなく、この『氷血』では「大なり小なりの音量で、女性の悲鳴が何度も聞こえる」演出がされていることも重要です。それらの悲鳴は3日間をかけて、苦しそうな声、泣き声、叫び声などを録り溜めていたそうで、吹雪や風の音に重ねられたり、南京錠をガチャガチャさせるシーンでも「かぶされている」のだとか。

さらに、聞こえるか聞こえないかのレベルで、夫の稔(北山宏光)や息子の晶(子役の山谷碧都)を呼ぶ女性の声も「まぶされている」そうです。

内藤瑛亮監督いわく「(悲鳴が)聞こえすぎるとあざといし、画面上の役者の芝居の邪魔になってしまう」「かといって、聞こえなければ入れる意味がない」というさじ加減が本当に難しかったそうで、なんとか繊細なバランスで成立させることができたのだとか。「ほんのわずかな悲鳴を聞きこぼさない」ことによる恐怖も、やはり映画館でこそのものだと思います。

また、そもそも「雪に覆われた閉鎖的な場所での恐怖」は、劇中と同様の「逃げられない」場所の映画館でこその臨場感もあるはず。本物の猛吹雪の中で撮影された場面もあるので、吹雪そのものの恐怖もまた体感してほしいのです。
ここからは内容に踏み込みつつ、3つのポイントからさらなる魅力をまとめてみましょう。

■1:映画『シャイニング』に近い恐怖が描かれていた
物語の発端は、認知症の父の介護のため、夫婦が幼い息子を連れて雪深い実家に引っ越してきたこと。そこでは、父が外に徘徊しないように厳重にかけていたはずの玄関の施錠が外れていたり、夫が不気味な絵を何枚も描くようになっていく……などなど「不気味な出来事がじわじわと侵食」していく、なるほど「侵触感ホラー」という触れ込みにふさわしい内容になっていました。
映画『氷血』で北山宏光が「怖すぎる」理由。サイコパス性が光る物語の魅力3つ
(C)2026映画 「氷血」 製作委員会
監督を務めた内藤瑛亮は同じく雪で覆われた田舎町を舞台にした映画『ミスミソウ』で高い評価を得ていましたが、実際の『氷血』の本編から強く連想したのはスタンリー・キューブリック監督の名作ホラー映画『シャイニング』でした。特に、「雪に閉ざされた場所で、不可解な出来事が起こり、夫の様子がおかしくなり、妻と子どもがそれらの恐怖に対峙する」過程はかなり似ています。

ネタバレになるので詳細は避けますが、『氷血』における2つのシーンは、画もシチュエーションもはっきりと『シャイニング』のオマージュと呼べるものでした。

『シャイニング』の有名なシーンはコメディ映画の「パロディ」の対象にもなりやすいのですが、今回の『氷血』ではそれらの『シャイニング』をほうふつとする場面が良い意味で笑えない、しっかり怖いシーンに仕上げているのも美点でしょう。

■2:北山宏光の「あなた」という呼び方も含めた「モラハラ夫」ぶりが怖い!
「穏やかだった日常が“白い怪異”に脅かされていく」様が怖いのですが、それよりも怖いのが夫の稔(北山宏光)の「優しい言い方をしているはずなのに、じわじわとモラハラぶりが加速していく」様でした。
映画『氷血』で北山宏光が「怖すぎる」理由。サイコパス性が光る物語の魅力3つ
(C)2026映画 「氷血」 製作委員会
例えば、玄関の南京錠がなぜか外れていたことに、稔は「ちゃんと確認してくれないと……」などと妻の悠希(加藤千尋)に釘をさしながらも「ごめん、ちょっと言いすぎた。でも大事なことだから」などとフォローもしたりもするため、初めは「まともな対応だよなぁ」「優しくて良い夫じゃないか……」と思えます。

しかし、それらの優しいはずの言い方の数々に、個人的にはどうしても、良い意味で違和感を覚えてしまいました。それは特に、稔が悠希を名前ではなく「あなた」と呼んでいること。


「それよりもあなたのことが心配だよ」という妻をおもんばかる言葉にさえ、「あなた」と呼ぶことで距離感をあえて作っているような、よそよそしさをどうしても感じてしまうのです。
映画『氷血』で北山宏光が「怖すぎる」理由。サイコパス性が光る物語の魅力3つ
(C)2026映画 「氷血」 製作委員会
その違和感が極に達したのは、とある異常なシチュエーションで、稔が「あなたのためなんだよ」と口にする場面でした。やはり彼が口にする「あなた」というのは、親しい間柄であるはずの妻に向けたものではない、もはや「もの」のように見ている異常性そのものだと確信した瞬間でした。

「あなた」という呼び方のみならず、北山宏光が時おり見せる「無表情」もとても恐ろしく映りました。そもそも稔は、自身の父の介護をほぼ悠希に任せっきりですし、彼女が精神的に疲弊していることを「分かっていない」どころか「言葉では心配もしているけれど、その気持ちを分かろうともしない」サイコパス性がありありと伝わってくるのです。

総じて、アイドルやアーティストというイメージを(良い意味で)かなぐり捨てているのではないか、と思うほどの役を、北山宏光が「容赦なく」体現していたことを、掛け値なしに称賛したいです。

また、内藤監督も、北山宏光を「この段階では裏の顔をどのぐらい匂わせていいのか? まったく出さなくていいのか。 にじませるにしても何パーセントぐらいなのか?というバランスをしっかり考えながら演じていました」と称賛していたそうです。その言葉通り、「優しい夫」から、その「裏の顔」がどこで覗いてくるのか……そのバランスの妙にもぜひ注目してほしいです。
映画『氷血』で北山宏光が「怖すぎる」理由。サイコパス性が光る物語の魅力3つ
(C)2026映画 「氷血」 製作委員会
ちなみに、種々のインタビューで「ホラーが苦手」と語っている北山宏光とは対照的に、加藤千尋は「ガチのホラーファン」だったこともあるのか、数々の恐怖に怯える表情や一挙一動が文句なしのクオリティーで、内藤監督も「“分かってる”人の動きをしてくれていた」と称賛していたのだとか。「加藤千尋のガチのホラーヒロインぶり」にも期待してほしいです。

■3:『雪女』を読み解き直す物語だった
本作のモチーフとなっているのは小泉八雲の怪談『雪女』。
本作はそこにアンチテーゼ的な要素を込めており、それによってフェミニズム的なテーマも内包していることが重要でした。

怪談『雪女』および、劇中の冒頭で「絵本」として提示されるのは、以下のような物語です(ちなみに、その絵本は内藤監督自身が映画のために描いた、原作に忠実な内容とのこと)。

「「雪の中で恐ろしい雪女と遭遇した若いきこり。幸運にも命を救われた彼は、若く美しい女性と結婚して子宝を得る。しかし、この女性こそが雪女だった。彼女との約束を破ったため、雪女はきこりと子どもたちを残して姿を消した……」」

内藤監督はこの物語に違和感を覚え、「雪女がかわいそう」と思えたことと、「約束を破ったのは男の方なのに、なぜ彼女は愛する子どもたちと離れなければいけないんだろう?」と疑問を持ったことが、企画の発端になっていたのです。
映画『氷血』で北山宏光が「怖すぎる」理由。サイコパス性が光る物語の魅力3つ
(C)2026映画 「氷血」 製作委員会
その言葉通り、劇中の物語には雪女はもとより、苦しんでいる女性への「救済」と言えるテーマ性が確実に盛り込まれていました。

『シンデレラ』のような価値観のすべてを肯定しない実写映画『鬼の花嫁』や、『竹取物語』のバッドエンドをハッピーエンドまで持っていこうとするアニメ映画『超かぐや姫!』もそうですが、古典的な物語を現代的な価値観で語り直すという意義も、この『氷血』にはあるのです。

また、女性の脚本家が共同脚本を手掛けていることも、本作には確実にプラスに働いていたと言えます。

脚本家の片桐絵梨子は、2024年のKADOKAWA第3回日本ホラー映画大賞における『夏の午後、おるすばんをしているの』で大賞を受賞した経験の持ち主。「家父長制的なものに女性が圧迫される」物語の方向性はもともと作品にあったものですが、内藤監督によると「片桐さんは抑圧される悠希の感情の描き方が本当に上手い」「稔は稔でジワジワと圧をかけてくるし、片桐さんはそこも絶妙のニュアンスで書いてくださいました」と称賛していたのだとか。

つまりは、北山宏光のリアルなモラハラ夫ぶりも、女性の共同脚本家が参加してこそのもの、という言い方ができるのです。
エンタメとして恐怖を感じるだけでなく、本作のフェミニズム的なテーマを読み解く意義も、ぜひ映画館で感じてみてほしいです。

この記事の執筆者: ヒナタカ
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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