「ペットボトルのフタが開けづらくなった」「最近、タクシー運転手さんが以前より親切になった気がする」——そんな変化を感じたことはありませんか。作家・林真理子さんがたどり着いたのは、「世間が変わったのではなく、自分が老いた」という気づきでした。


年齢を重ねると、つい「昔とは違う」と感じる場面が増えていきます。しかし、その変化の理由は世の中ではなく、自分自身にあるのかもしれません。

本記事では、林真理子さんの著書『80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間』(幻冬舎)より一部抜粋し、70代で気づいた“老い”との向き合い方や、穏やかに年齢を重ねるヒントを紹介します。

■急がない、焦らない
4年ほど前のこと、急いで池袋駅前を歩いていたら段差につまずいて転倒してしまった。その恥ずかしいことといったらない。人混みもあるし、しばらく舗道の端っこに座り込んでしまった。

その際、私の体重を右手で支えたため、手の甲をねじってしまった。専門医に行ったら、

「骨折と同じくらいのダメージ」

と言われ、しばらく治療に通った。

あれ以来、とにかく余裕を持って移動している。思えば若い頃、起きてから家を出るまで、30分もあったらこと足りた。

歯を磨いて顔をパシャパシャ洗い、ちゃっちゃっと口紅をつけて終わり。
今は家を出るまで2時間はみている。

ゆっくりと身体を目覚めさせながら新聞をとりに行き、コーヒーを淹れる。

NHKの朝ドラを見て、新聞もゆっくり見る。ブラシ型の美容機器のデンキバリブラシで顔を引き上げる。そして外出の身じたくをするのだが、いつもその時自分に言いきかせることがある。

「自分は忘れものをする人間なんだ」
「いつもチケットがなかなか出てこない人間なんだ」

だからこそ余裕を持って家を出る。余裕を持つためには、毎日のルーティーンを決して崩さない。

焦る気持ちは若い時の百倍くらいつらく、ネガティブなものを連れてくる。時にはタクシーの運転手さんを恨んだりする。

道が混んでいる時、

「お客さん。すみませんね」

と言われたら、

「時間はたっぷりあるので大丈夫です」

と笑って答えることを心がけている。

それにしても人生の残り時間は少ないのに、どうしてこんなにゆっくりしなくてはならないのだと思うが、焦っていいことは何もない。
若い頃建てた私の家は階段が多く、宅配便がくると大変だ。

2階の洗面所にいる時、1階まで下りインターフォンにまず出る。それからドアを開け、露地を通ってまた階段を下り玄関に。

この時どんなに気が急いても、ゆっくりと階段を下りる。転ぶのはたぶんこういう時だろうと心の中でつぶやくのを忘れない。

■世間が変わったのではない。自分が老いたということを知るべし
最近の飲料メーカーはけしからん、と思ったことがある。ペットボトルのキャップが、急にきつくなったからだ。投書してやろうかと思ったほど、急激に開けられなくなった。

しかしある日気づいた。自分の握力が弱ったというあたり前のことに。

「最近のタクシーの運転手さんって、すごく親切になったね」

しみじみ言ったことがある。


若い頃、成城に住んでいたことがあったが、行き先を告げると、運転手さんがムッとした表情に。

あそこは信号が多いうえに帰りの客はなく、運転手さんには嫌われるエリアだとか、

「高速で行ってもらうよ。わかったな」

とスゴまれたことも。

そこへいくとこの頃は、ほとんどの運転手さんが穏やかで感じがいい。近いところでもイヤな顔をしないし、言葉も丁寧だ。

社員教育を徹底したのか、ネットが怖いのか、などといろいろ考えるまでもない。こちらが年をとっていたわられているだけなのであった。

あたり前過ぎるほどあたり前のことであるが、

「世間が変わったのではない。自分が年とって変わったのだ」

ということに気づくと、いろんな仕組みもわかってくるのではないだろうか。

自分はいたわられている

いたわる、というのは気を遣つかうこと

ということは、来られては本当は迷惑

と配慮し、いたわられる場所には行かない

とまあ、おのずから答えは出てくる。
この書籍の執筆者:林真理子 プロフィール
1954年、山梨県生まれ。82年エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が大ベストセラーになる。
86年『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞、95年『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞、98年『みんなの秘密』で吉川英治文学賞、2013年『アスクレピオスの愛人』で島清恋愛文学賞、20年、菊池寛賞、22年、野間出版文化賞を受賞。18年、紫綬褒章を受章。22年、日本大学の理事長となる。
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