佐賀県在住の会社員、平尾曜子さん(当時34歳)のXやInstagramに、ある日突然、見知らぬ男性達から大量のDMが届き始めました。今から5年半前、2021年2月5日のことです。


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誰にでも突然起こりうる「なりすまし」被害

「Tinderから来ました!セ●レ募集中ですがどうですか?」
「どういうプ●イがすきなの?」
「Tinder見たよ♪ 穴埋めさせて♪」
(※●は編集部)

すべてがこのような内容でした。当時、平尾さんは婚約者もおり、マッチングアプリのTinderは使っていませんでした。

実は、何者かがTinderに、平尾さんになりすましたアカウントを作ったことが原因だったのです。平尾さんは、この相手に損害賠償を求める民事訴訟を起こし、佐賀地裁は2026年7月1日、529万5340円の支払いを命じました。判決は確定しています。

「私になりすました人の正体は…」。男性達から性的なDMが400件、被害女性が語る「20キロ痩せるほど苦しんだ5年半」
Tinderに作られていた、平尾さんになりすましたアカウントと、届いたDM(編集部が一部加工)
何の落ち度もないのに、誰にでも突然起こりうる、「なりすまし」被害。平尾さんに、闘いの詳細についてインタビューしました。

見知らぬ男性たちから、ひどすぎるDMが殺到

男性達から膨大なDMが届いた2021年、平尾さんは、男友達に頼んでTinderを調べてもらいました。

「すると、何者かが『平尾曜子』の名前でTinderのアカウントを作って、私がSNS投稿した写真も使っていたのです。
自己紹介には、『ドビ●チDMください』『Tinderのメッセ見れないからSNSまで』などと、卑わいなことが書かれていました(※●は編集部)。

そして、私のInstagram、Twitterのアカウント、本名、仕事、卒業校、居住地に関する情報も載っていました。それを見た男性達が、私に連絡をしてきていたのです」(平尾さん、以下同)

「私になりすました人の正体は…」。男性達から性的なDMが400件、被害女性が語る「20キロ痩せるほど苦しんだ5年半」
平尾さんになりすましたアカウントと、届いたDM(編集部が一部加工)


2日間のなりすましで、400通もDMが

Tinderは位置情報から、「6キロ先」「50キロ先」など、どれぐらい離れているかが、相手に表示されます。DMを送ってきた男性達の中で、まだ会話ができそうな人に、なりすましであることを説明したうえで、何キロと表示されているかと相手の居住地を聞きました。

「情報から地図上でマッピングしていくと、どうも福岡県あたりに住んでいる人が勝手にアカウントを作っているらしいことが分かりました。

Tinderになりすましを報告し、アカウント削除してもらったのですが、またすぐに別のなりすましアカウントが作られてしまったのです。
投稿を見た人が、家を特定して尋ねてきたらどうしようと思うと恐怖でいっぱいでした」

なりすましアカウントがあったのは2日間だけですが、平尾さんには1年間にわたって400件以上のDMが届いたといいます。

警察も当てにならず、訴訟を決意

「警察にも相談しましたが、Tinderはアメリカの会社だし、英語でやり取りしなきゃいけなくて前例がない……というような対応でした。私は被害者なのに、SNSをやらなきゃいいというようなことも言われた覚えがあり、頼りになりませんでした」

結局、刑事事件としては扱ってもらえず、平尾さんは民事で闘うことを決めます。

「法テラス」(国が設立した無料の司法相談所)にすぐ相談し、アプリ運営会社などに発信者情報開示請求するよう、弁護士に依頼。

「発信者情報開示請求は2021年2月から進めていましたが、Tinderの登録電話番号が分かり、携帯電話会社の契約者情報が揃って正式に相手に結びつく情報が分かったのは2022年12月でした」

加害者は、元カレの彼女だった

「相手は、私が24歳頃に数カ月だけ付き合っていた、元カレAと交際中の女性Bでした。私はBとは全く面識がありません。

はじめから少し思い当たることがありました。なりすましアカウントが作られる前の年に、知らない女性からSNSで、『私はA君と1年前から付き合っています。噂で聞いたんですけど、平尾さんもA君と付き合っているんですか?』と連絡があったのです。

付き合っていたのは10年以上昔のことで、別れてただの友達だと説明しています。
たしか、その女性が福岡の方に住んでいました」

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偽アカウントを作られた2021年当時の平尾さん
発信者が特定されても、その本人が投稿したことを証明する必要があります。弁護士を通じてマッチングアプリ会社や通信会社と交渉を行い、2つのアカウントは、B名義の携帯電話と、Bの親族名義の携帯電話だということも分かりました。

なお現在は、法律が改正され、開示請求はもう少し短い時間で可能になっています。

うつ、男性恐怖――体重20キロ減でガリガリに

提訴の前、元カレAに連絡したところ、すぐに平尾さんの元にやってきました。

「Aが言うには、Bは以前から『曜子さんを攻撃する』という趣旨の発言をしていて、それを止めなかった自分にも責任があるから示談にして欲しいとお願いされました」

ところが、Bは予想外のことを言い出したのです。


「“示談なんかしたら、曜子さんがお金儲けするだけだから示談しない。そっちが謝罪するなら許してあげてもいいけれど。こっちも弁護士は付けてるし、とっとと訴状を送ってこい”、と。Aからそう知らされました」

示談交渉は決裂し、訴訟にもつれ込みます。示談決裂を境に心身の状態が急激に悪化し、その後うつ病などと診断されました。

見知らぬ男性達から性的対象として見られた恐怖から、「すべての男性が怖くなってしまい、支えてくれた婚約者ともお別れすることになってしまいました」。

平尾さんの体重は3カ月で20キロ落ち、自死を図ったこともありました。

「私になりすました人の正体は…」。男性達から性的なDMが400件、被害女性が語る「20キロ痩せるほど苦しんだ5年半」
体重が激減し、ガリガリの平尾さん(2023年)


損害賠償529万円超で勝訴したものの…

示談を蹴った時は強気だったBですが、裁判がはじまると弁護士をつけていなかったといいます。

「Bは、私より10歳以上年上で、無職でした。体調不良を口実に、裁判の日程調整も難航しました。Bは裁判中も“書き込みをしたか覚えていない”の一点張りで、謝罪や説明は一切ありませんでした。

私は以前からDJ活動をしていて、肌露出の多い写真をSNSに上げていたのですが、Bはその写真を反論資料として裁判所に提出して『こんな服を着ているから男性恐怖ではない』とも言われました」

結局、2026年7月1日に佐賀地裁は、Bの「なりすまし」と名誉棄損を認め、529万5340円の支払いを命じました。損害賠償160万円と、逸失利益(トラブルがなければ稼げたはずの収入など)を合わせた額です。


開示請求から訴訟までを含む弁護士費用は、100万円以上だとか。さらに、仕事を休んだことによる収入減や交通費や通院費などを入れれば、相当な金額になります。

いまだ支払われる目途が立っていない

ひと区切りついたように見えますが、
「判決が確定しても自動的に支払われるわけではないため、現在も回収の目途は立っていないです」

平尾さんは現在40歳。今も体調不良と、通院・服薬は続き、仕事も前と同じペースでできません。たった2日間の嫌がらせで、平尾さんが失ったものはあまりにも大きいのです。

誰でもできてしまう「なりすまし」の恐ろしさ

筆者はこれまで、マッチングアプリのなりすましは、「芸能人などの外見がよい人の写真を使って登録」「投資詐欺目的の不正ユーザーが、お金持ちを装って登録する」というものを想像していました。

でも、「マッチングアプリ なりすまし」で検索してみると、他にも「誰かが私の写真で勝手にアカウントを作っている」という投稿を見つけました。

似たような被害はあるのでしょう。とはいえ、平尾さんのように裁判までできる人はごくわずかで、多くは泣き寝入りしているのかもしれません。

スマホがあれば誰でも簡単にできてしまう「なりすまし」に対し、加害者を特定するまでの労力が余りにかかりすぎると感じます。

判決が出ても回収の問題などが残っており、平尾さんの5年半に及ぶ闘いは、まだ完全には終わっていないのです。

<取材・文/菊乃>

【菊乃】
恋愛・婚活アドバイザー、コラムニスト。29歳まで手抜きと個性を取り違えていたダメ女。
低レベルからの女磨き、婚活を綴ったブログが「分かりやすい」と人気になり独立。ご相談にくる方の約4割は一度も交際経験がない女性。著書「あなたの『そこ』がもったいない。」他4冊。Twitter:@koakumamt
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