役職定年や定年を迎え、肩書きが消えた途端に小さくなってしまう人がいます。昨日まで鳴っていた電話は鳴らず、会社のメールも開けない。
仕事と自分の価値を重ねてきた人ほど、こうした変化を「自分にはもう価値がない」と受け止めてしまいます。

実業家・著述家の本田直之さんによると、その喪失感を大きくするのは、仕事や肩書きを失うこと自体ではなく、「選ばずに減らされた」という感覚だといいます。

この記事では、本田さんの著書『セカンドハーフ戦略 人生後半戦、何を捨て、何を始めるか』(KADOKAWA)より一部抜粋し、奪われるのを待つのではなく、自分で人生を「選び直す」という発想を紹介します。

■奪われる前に、選ぶ
ある朝、目が覚めて、予定が何もない。名刺の肩書きが消えた。会社のメールアドレスも、もう開けない。昨日まで自分を呼んでいた電話は、今朝は鳴らない。スケジュール帳の空白が、急に重く感じる。

役職定年、定年、独立後の踊り場。増やしてきたものが、一斉に手元から離れていく時期がやってくる。

この局面でつまずく人を、何人も見てきた。肩書きが消えた途端に小さくなる人。
仕事量が減ったことを、自分の価値が減ったことと混同する人。

なぜ、減ることが、こんなにつらいのだろう。

長年「足し算」で生きてきた人間にとって、減ることは、どうしても後退に見えてしまうからだ。「前ほど進んでいない」という感覚につながる。

でも、それは少し違うのではないかと僕は思うようになった。

不幸の正体は、減ることそのものではない。選ばずに減らされた、という感覚だ。

向こうから勝手に取り上げられた。自分で選べなかったという感覚が、喪失感を大きくしてしまうのだ。

だから、人生後半で必要なのは、諦めではない。奪われるのを待つのではなく、先に自分で選ぶことだ。

自分で選んで手放したものには、不思議と後悔が少ない。
でも、選ぶ前に失ったものには、喪失感が残る。「減らされた」のか、「減らした」のか。この違いが、人生後半の幸福を大きく左右する。

必要なのは、縮小ではない。選び直しなのだ。

■選び直しの先に、何が残るか
ここで、健康寿命についてあらためて思い出すべきだと思う。自由に動ける時間は、思っているより短い。だからこそ、奪われる前に、自分で選ぶことが大事になってくる。

選び直しという発想に立つと、見え方が変わる。

モノを全部捨てろ、という話ではない。長年使い込んできた道具には、新品にはない深みがある。減らすべきなのは、モノそのものではなく、新しく増やし続けようとする考え方のほうだ。


仕事も同じだ。本当にやるべき仕事と、惰性で抱え込んでいる仕事がある。量を競う時期は終わり、選ぶ時期に入っている。

経験もまた、選び直しの対象になる。新しいことに踏み出す経験もあれば、ただ惰性で繰り返しているだけの経験もある。同じ店、同じ顔ぶれ、同じ話。それが心地よい時期もある。でも、それが惰性なら、見直したほうがいい。

■人生後半の「もっと」は、所有や量から経験と密度へ
選び直してみると、一つの傾向が見えてくる。

人生後半の「もっと」は、所有や量から、経験と密度のほうへ、ゆっくり傾いていく。

若い頃は、時間があり、お金がなかった。だからモノが手に入ること自体が嬉しかった。
人生後半は、逆だ。モノはおおよそそろっている。足りないのは、新しいものを味わうための、残された時間そのものだ。

時間こそが、最も貴重な資源になっている。

その時間を何に使うかで、人生後半の手触りが決まってくる。

僕自身、モノはもう何でも増やせばいいとは思わなくなった。仕事も、数をこなすより、どこに自分の力を使うかを考えるようになった。ただ、経験だけはまだ増やしていきたい。むしろ、ここから増やしたいのは経験だ。

モノは絞り、仕事は選び、経験は広げる。

引き算と足し算を、同時にやる。これが、人生後半の新しい成長につながっていく。


減ったはずなのに、軽くなる。軽くなった分だけ、遠くまで行ける。それが、引き算の本当の力。人生後半に手に入る、チャレンジできる贅沢なのだと思う。
この書籍の執筆者:本田直之 プロフィール
レバレッジコンサルティング株式会社代表取締役社長。シティバンクなどの外資系企業を経て、バックスグループの経営に参画し、常務取締役としてJASDAQ上場に導く。現在は日米のベンチャー企業への投資育成事業を行い、各社の社外取締役や顧問を兼務。ハワイと東京に拠点を構え、仕事と遊びの垣根のないライフスタイルを送る。著書・監訳書は「レバレッジ」シリーズなど78冊、累計300万部を突破。
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