「読書の世界への扉となるような本を作りたい」本屋大賞の常連が...の画像はこちら >>



いま、大注目の文芸編集者!篠原一朗さん。文藝春秋時代に、本屋大賞を受賞した『羊と鋼の森』(宮下奈都著)や 『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ著)、アーティストの作品など数々の話題作を担当。

そしてこの出版不況の最中、2020年にひとり新たな出版社である水鈴社を立ち上げ、経営者としても奮闘中だ。篠原一朗さんインタビュー連載を全3回でお届けする。第3回は水鈴社でのこれからの出版ビジョン、そして読者へのメッセージをいただいた。





■いかに恩を返し、恨みを晴らすか



 何故篠原さんの手掛けた本は売れるのか。こう作れば売れるといった方程式みたいなものはあるのだろうか。



「何もないです。百発百中じゃないですよ。僕だって売れなかった本もたくさん作っています。でも、これだけ1冊の本に手間と気持ちをかけている出版社はそうはないだろうという自負があります。もちろんソロバンもはじきます。会社を潰せないので。だけど、出版事業ってギャンブルみたいなものなので、出してみなければわからないことも多い。

だから、もう少しこうやればよかったかな、といった反省点は常にあります」



 これまでの編集経験での修羅場体験はあるのだろうか。それをどう乗り越えてきたのか。



「若い頃はいつも大変だった気がします。どうしていいかわからなかったり、仕事相手に怒られたり。自分の怠慢が原因だったこともありますし、トラブルになったことは一度や二度ではないです。でも、たいていのことは忘れちゃうんですよね。本当に嫌な思い出は未だに残っていますし、それはここでやすやすとは口に出せないですが、基本的には次の仕事のことで頭をいっぱいにさせてしまうのがいいと思ってます。腹を立てたり、顔から火が出るほど恥ずかしかったことを、突然思い出したりすることもありますけれど、どんなに反省しても謝りに行けるわけではないし、怒りをぶつけに行けるわけでもない。結局、いい仕事をして活躍をすることが相手への贖罪であり恩返しであり、恨みを晴らす手段になる気がします。





 

「読書の世界への扉となるような本を作りたい」本屋大賞の常連が描く、これからの出版ビジョンとは?【水鈴社・篠原一朗さんインタビュー③】





 今、僕がこうして水鈴社で仕事をしていることを知って『あいつ頑張っているんだな』と思ってくれるかもしれないし、僕を嫌いな人は『あの野郎!』と思うかもしれないし、中にはもう一度声をかけてくれる人がいるかもしれない。だから、ウジウジし続けるより新しい仕事でいい結果を出すことが精神衛生上一番いいし、合理的なんだと思います」



 どんな職業でも人と人とのつながりは欠かせない分、そこでの信頼が崩れた時のショックは大きい。話を聞く限り、外見からは想像もつかないほど篠原さんはメンタルの強い人だと思えてきた。



「そう思われがちですけど、僕もすごく落ち込みます。立ち上がれないぐらい寝込むこともあります。だからこそ、辛いときに近くにいてくれた友達とか応援してくれた著者の方々には一生をかけて恩返ししなければと思っています」







■「読書の世界への扉となる本を作る」がモットー



 普段あまり本を読まなくなった人には読書はハードルが高くなっているが、そんな人たちへ何か助言を。



「本は読むのに基礎体力が必要ですよね。なので、人がどんな本を面白いと思うかは、それぞれ違う。1年に1冊しか本を読まない人のその1冊が面白くなかったら、その先2年くらいは本を読まなくなってしまうと思うんですよ。なので、自分が信用している人で自分と感覚が似ていると思う人にお勧めの本を聞いて、その本を読んでみるのはどうでしょうか。僕は読書の世界への扉となるような本を作りたいんです。それが水鈴社の役割なのかなと思っています」



 篠原さんの目下のお勧め本は角田光代氏の最新刊『明日、あたらしい歌をうたう』だ。





「モノクロだった人生が色づく瞬間を描いた小説」だそうで、恋愛小説であり親子小説であり青春小説でもあるから、誰の心にもひっかかるはずだ、という。お話ししている間ずっと、担当した作家とその作品への限りない愛情とリスペクトを感じた。一方で働きづめの毎日の中で息抜きの時間を聞くと、「メダカと植物に癒されている」とのこと。

意外である。



「今年は、『デザインのひきだし』編集長の津田淳子と、長い友人で、『嫌われる勇気』などを編集した柿内芳文が水鈴社に加わってくれました。人も増えているので、会社の体制を見直すタイミングでもあり、新しい課題がたくさん出てきています。ずっと上り坂と言えば聞こえはいいですが、ずっとシンドいですね。下りたくはないけれど、こんなに急こう配の上り坂じゃなくてもいいかな、とは思ったりします。





 この先の展望ですか? ここでカッコいいことを言いたいんですけど、走りながら考えようと。やってダメだったらすぐに方向転換すればいいし、その道が違ったら引き返すか、あるいはまた違う道を行けばいい。時代は急激に変わっているので、あまり先のことを考えすぎないようにしています。会社が6年でここまで来れるとも思っていなかったので、これからも面白いことに出会うたび、対応していけばいいと思っています。やることよりやらないことを決めるほうが大事かもしれません」





「読書の世界への扉となるような本を作りたい」本屋大賞の常連が描く、これからの出版ビジョンとは?【水鈴社・篠原一朗さんインタビュー③】





■自分はどういう人間で在り続けたいか



 最後に転職を考えている読者にメッセージをお願いした。



「ケースバイケースですけど、明確にこの会社ではないと思っているのであればさっさと辞めて新しいことをすればいいし、その権利は誰にでもあるわけです。ただし、仕事内容や給料を鑑みて、自分で会社にいると決めたなら、会社の愚痴を言う前に会社のいいところを見つけた方がいいんじゃないかなとは思います。

会社を辞めない人に限って会社の悪口を言いがちな気がするので(笑)。





 僕は、周りの人にすごく影響されるので、なるべく楽しい人、気持ちの良い人たちと一緒にいたいと思っています。そして、僕自身が作家やアーティストと一緒にいるのにふさわしい人間で在り続けたいという気持ちも強くあります。若い時って何でも欲しかったから、あれもやりたい、これもやりたい、この作家も担当したいと思っていましたけど、今はそれが無理なことを知っています。だから、全部欲しがらずに今在るものや、ご縁があった人たちの中で力を尽くしたい。すごくポジティブにそう思っています」





取材・構成:大西展子





「読書の世界への扉となるような本を作りたい」本屋大賞の常連が描く、これからの出版ビジョンとは?【水鈴社・篠原一朗さんインタビュー③】



篠原一朗



編集者/株式会社水鈴社 代表取締役社長
1978年東京生まれ。小学生時代をスリランカで暮らす。大学卒業後、ゼネコン勤務を経て株式会社幻冬舎に入社。雑誌『パピルス』の編集長などを務めたのち、2014年に株式会社文藝春秋に転職。2作の本屋大賞受賞作を含む数多くのベストセラー小説や、人気ミュージシャンの小説、エッセイを送り出した。20年に新たな出版社・水鈴社を設立。

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