2025年10月、世界を股にかけて活躍するプロレスラー・飯伏幸太を突如襲った、絶望的な大怪我。診断名は「右大腿骨骨折」。医師からは全治1年、リング復帰まで2年という非情な宣告を受けるも、彼は早期復帰を目指して懸命にリハビリを続けている。



そんな中、飛び込んできたのが、数々の激闘の舞台となった聖地「新宿FACE」の閉館ニュースだった。インディー界の仲間たちが輝く場所を無くしてはならない!そう直感した飯伏は、即座に動いた。



「新宿FACEの代わりに、新しいプロレス会場を作ります」



Xでの突然の常設会場創設宣言。しかも、組織の力に頼るのではなく、試合ができない“いまの自分”ができる仕事をこなし、自力で資金を集めるとブチ上げたのだ。骨折という闇を光に変えて爆走する、天才・飯伏幸太の「現在地」と「新会場ビジネス構想」のすべてを直撃した。





■ 骨折、新宿FACEの終焉…今、自分にできること



――Xや動画を通じて「プロレス会場を自ら作ろう」と決心されたお話が大きな反響を呼んでいます。改めて、そのきっかけと決意について聞かせていただけますか。



飯伏幸太(以下、飯伏): まず、僕は常に「今、自分にできること」をやりたいって思っている人間なんです。



 今は大腿骨を骨折してしまって、リングでの試合はできない状態です。じゃあ、「試合ができないなりに、プロレスラーとして何ができるのか」を必死に探していました。そんなタイミングで、インディープロレスの聖地でもある新宿FACEが9月で終わる(賃貸契約終了)というニュースが飛び込んできたんです。



 ありがたいことに僕は、新日本プロレスにもたくさん友達がいますけど、元々のルーツはDDTというインディー団体です。だから、インディーの友達も、フリーで自主興行をやっている選手も、全員仲間だと思っています。彼らにとって新宿FACEは、後楽園ホールのような大きな会場にはまだ届かなくても、「ここなら自分たちの力で興行を打てる」という、すごく大事なステップになる場所だったんです。



 あそこはキャパシティが400~500人くらいで、音響も良くて空気感もベスト。そんな、インディー界を支えてきた最高の会場がなくなってしまう。「これは自分が動くしかない」と思って、改めて新宿FACEのような立地条件の良い場所を探して、新しい会場を作ろうと思ったんです。





■ 山手線西側、「渋谷・道玄坂エリア」を狙うワケ





――新しい会場の場所として、すでに具体的な目星はついているのでしょうか。



飯伏: 条件に合う場所が見つかったわけではないですけど、いろいろ探しています。新宿はアクセスもいいし、本当に最高の立地ですよね。駅を降りてから会場に繋がるまでの間にも、プロレス関係の居酒屋やバーがたくさんあって、街全体にプロレスの空気感が溶け込んでいる。それと同じような、もしくはもっと良くなるかもしれない場所を狙っています。



 具体的に探している辺りだと、渋谷の昔あったクラブの跡地というか、道玄坂のエリアですね。道玄坂のあたりは、昔僕がいたDDTだったり、エルドラドやドラゴンドアといった団体が『CLUB ATOM』という場所でプロレスをやったりしていたので、すごくイメージが湧きやすいんです。



 ただ、渋谷周辺はここ5年くらいでものすごく土地の価格が上がっているんですよね。そうなると、初期費用だけでも相当な金額になってしまうのが現状です。



――下北沢や、東側の錦糸町といったエリアは候補に入らないのですか?



飯伏: 錦糸町だと、東京の西側に住んでいる人たちからすると「ちょっと東に寄りすぎていて遠いな」と感じてしまう気がするんです。池袋なんかも候補としてはありますけど、やっぱり東京のど真ん中、あるいは西側のどこからでもアクセスしやすいちょうどいい位置となると、新宿や渋谷あたりがベストなのかなと思っています。



 ただ、そのエリアで物件を探すとなると、借りるだけでも1億、2億、あるいは全体で10何億という規模のお金が必要になってきます。目標としては、まず自分の力で動かせる初期費用として1億円を目指して動いています。



――たとえば、他団体のトップ選手や大きな組織の力を借りる、という選択肢はないのでしょうか。



飯伏: 僕は今AEW所属なので、そのあたりの関係は色々と難しい部分もあるんですけど(苦笑)。



 まあ、何かの大きな力が動いて、ポンと助けをくれれば一発で解決する話なのかもしれません。でも、今回はそういうお話ではなくて、あくまで今の自分自身の力で何とか形にしたいんです。今は信頼できる仲間たちと二人三脚のような形で動いているんですけど、それでも全然やることが多くて追いついていない状態です。でも、自分の力で始めた企画だからこそ、自分でやり抜くことに意味があると思っています。





■ 新宿FACEは奇跡のような会場だった





――飯伏選手は東京ドームから両国国技館、日本武道館など、あらゆる大会場を経験されてきました。その中で、あえて「400~500人規模」の会場にこだわる理由、中規模会場ならではの魅力とは何でしょうか。



飯伏: 見る側(ファン)のお客さんからすれば、会場は大きい方がお祭り感があっていいかもしれないです。でも、「借りる側」の現実的な視点で見ると、全く違う世界が見えてきます。



 団体によっては、後楽園ホールを借りると赤字になってしまうリスクがあるんです。ましてや両国国技館クラスになると、確実に大きな赤字が見えるので怖くて借りられないですよ。



 そう考えたときに、一番現実的かつ、救いになっていたのが新宿FACEでした。あそこは元々ライブハウスだった場所なので、音響がものすごく良いんです。それに、会場特有の「暗さ」や、入場曲が響き渡るときの空気感が本当に素晴らしい。



 さらに、常設のリングがあるというのもめちゃくちゃ大きいです。プロレスの興行は、通常だとリングをトラックで持ち運んで、設置して、終わったらまた解体して運ぶ……と費用と労力がかかります。それが最初から置いてあって、そのまま使える便利さは利便性の面でも圧倒的です。



 試合中も、500人規模の距離感だとファンの歓声や選手の声、チョップが胸に響く音が生々しく一番聞こえるんですよね。やる側にとっても、見る側にとっても、お互いがWIN-WINになれる空間が新宿FACEでした。今になって振り返ると、本当に奇跡のような会場だったんだなと痛感します。







■自分の作った会場でAEWの日本大会を!



――もし新しいプロレス会場が実現したら、飯伏選手ご自身の試合や、他の団体のゲスト参戦、こけら落としなどのイメージはありますか?



飯伏: もちろんです! 先ほどお話ししたように、僕は現在AEWに所属しているので、まずはAEWの許可が下りることが前提になりますが、会場ができたら絶対にそこで自分の試合をやりたいです。



 そして、これは一つの大きな夢でもあるんですけど、もし可能であれば、AEWの日本大会をその僕の作った会場で開催したいなとも思っています。数年後には僕のデビュー25周年があるので、そのタイミングでやれたらベストですね。自分の会場なら大胆な仕掛けも形にできるんじゃないかって本当にワクワクしています。



――現在の契約上、日本国内での試合や他団体への参戦へのハードルはどうなっているのでしょう。



飯伏: 以前であれば日本国内での活動はかなり自由度が高かったんですけど、アメリカで大きな怪我をしてしまってからは契約が少し変わり、「日本で試合をする際も、一度AEWに確認を入れるように」という形になっています。



 ただ、ガチガチに禁止されているわけではなくて、「どうしても飯伏が出たい」というのであれば、トニー・カーン社長が「いいよ」と言ってくれるケースもあるので、他の国内団体に出られる可能性はあります。





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■ お笑いライブをしたって、バーにしたっていい





――新日本プロレスの棚橋弘至社長も、かつて築地再開発のエリアなどに常設会場を作りたいという夢を語り、プロレス以外のイベントへの開放も視野に入れているとおっしゃっていました。飯伏選手も、マルチな会場利用を考えていますか?



飯伏: 需要があれば、ぜひ僕の会場も活用してほしいです。24時間体制で働いてくれるスタッフさんがいれば、いつでも稼働させたいなと考えています。



 新宿FACEは、リングをバラして座席を並べ替えれば、あっという間に普通のステージ付きライブハウスになるんです。プロレスのリングって、若手の選手が4~5人もいれば30分くらいで簡単に解体できるんですよ。だから、お昼は別のライブをやったり、お笑いライブに使ってもいいし、明かりを明るくして全く別のイベントをやってもいい。何にでも使える自由な会場にしたいです。でも、やっぱり一番輝くのはプロレスであってほしいですね。



――会場内にお酒が飲めるバーカウンターを設置するような構想はありますか?



飯伏: はい、ドリンクバーやバーカウンターを置いて、お酒やドリンクを片手に観戦できるようにしたいです。



 お酒を飲みながらプロレスを見るっていうのは、昔から持っている素晴らしい文化の一つだと思うんですよね。それで会場全体がものすごく盛り上がっていた時代があったわけですから、僕の会場でもう一度その熱気を取り戻したいです。



 おじさんたちの「ヤジ」に関しても(笑)、ある一定の規定ルールや注意事項は決めた上でうまく空気を読んでもらって、自由で賑やかな空間を楽しんでもらえたらいいなと思います。



――プロレス界全体の協力を仰いだり、ネーミングライツ(命名権)の導入なども考えていらっしゃるのでしょうか。



飯伏: 僕から他団体さんに「お金を出してください」と協力をお願いするつもりはありません。基本は自分の力で成立させたいです。ただ、もし向こうから「サポートしたい」「一緒にやりたい」と言ってくれる団体さんがあれば、それは喜んで一緒に進めていきたいですね。



 僕はまだ現役の選手ですし、アメリカとの往来もあるので、運営に関しては、専門の会社や信頼できるプロの方にお任せするのがベストだと思っています。ただ、会場の名前だけは自分でつけたいなと思います。



 ネーミングライツでスポンサーを募集するアイデアも面白いですね! 大きなスタジアムだと何千万という高額な金額になりますけど、広告宣伝費として価値を感じて出資してくれる企業はあるかもしれない。1社だけじゃなくて、いくつかの企業が集まって共同で出してくれたら、その分会場の使用料を安く抑えられますよね。使用料が安くなれば、小さなインディー団体もたくさん集まりやすくなる。そんなWIN-WINのサイクルを作れたら最高です。



 建物のイメージとしては、天井の高さが6~7メートルほどあって、選手用の控え室と会場がしっかり分かれている、まさにあの使いやすかった新宿FACEの雰囲気をそのまま再現したような形を目指しています。



 新木場1stリングのように倉庫を改造すれば場所はあるかもしれないですけど、それだとファンのアクセスが不便になってしまいますよね。だから板橋に新しくできた会場さんなどの運営方法や設立方法を勉強させていただきつつ、あくまで僕自身は都心のアクセス抜群な場所で準備を進めていくつもりです。





■ 海外選手の育成と「代理人」としての顔



――現在、試合ができない期間中も、SNSでのPR活動やインフルエンサー的な活動など、非常に多忙に過ごされている印象です。他にはどのようなお仕事の依頼が来ていますか?



飯伏: 本当にありがたいことに、色んな案件やご相談をいただいています。バーでの一日店長イベントの企画だったり、YouTubeでのコラボ出演、あとは色々な場所での講演会の依頼が多いですね。



 YouTubeでいうと、登録者数が10万人くらいいる女優さんからコラボの話が来ていたりします。僕自身、「飯伏幸太としてNGな仕事」っていうのは作っていないので、面白そうであれば何でもやっていいと思っているんです。



 ただ大腿骨の怪我の影響があって、長時間の飛行機移動や、新幹線移動に制限がかかっています。術後に足に入れたボルトやプレートが空気圧で膨張するリスクがあるらしくて、お医者さんからは「本来なら1年はアメリカにいてくれ(移動するな)」と言われていたんです。でも、僕はどうしても日本に帰りたかったので無理を言って帰ってきちゃいました(笑)。そのため、遠方や海外からの嬉しいオファーに関しては、移動に車を使わざるを得ない関係で、行く場所は制限している状態です。



――海外のプロレスラーを個人で指導したり、日本の団体へ斡旋するような活動もされていると伺いました。



飯伏: そうなんです。実は今、海外から「飯伏にプロレスを教えてほしい」というオファーがものすごく来ていて、来日している数名の外国人選手を一人で個人的に面倒を見ています。ドイツの団体や、元々新日本のロス道場(現在はほぼ稼働休止状態)にいた若い選手たちですね。



 彼らを僕の練習場に連れて行って、マンツーマンで技術を教えて、一緒に練習している風景をSNSにアップしたりしています。彼らは「日本で、新日本プロレスに出たい!」という強い夢を持っています。だから僕が代理人のような形で、一緒に写真を撮って知名度を上げる手助けをしたり、国内の他団体(TAKAみちのく選手のJTOなど)の興行に連れて行ったりしてチャンスのきっかけ作りをしています。



 僕が教え始めてから、彼らは見違えるほどめちゃくちゃ動けるようになっていますよ。いつも彼らには「チャンスを掴むなら、今しかないよ」って声をかけています。試合ができなくても、こうして次の世代の架け橋になれる仕事はすごく充実していますね。





■ 「怪我をしてよかった」レスラー人生の第二章



――現在の飯伏選手のご自身の身体について教えてください。全盛期のコンディションを「100」とした場合、現在は何割くらいまで戻ってきているのでしょうか。



飯伏: 正直な話をすると、まだ4割に届くかいかないか、という感じですかね。



 僕はもうプロレスラーとして22年リングに立ち続けていますし、その前にも学生時代のラグビーやキックボクシングなど、信じられないくらい長い年月、身体を激しくぶつけ合うコンタクトスポーツをやってきました。その長年のダメージの蓄積が、一気に今回の大きな怪我として出てしまったんだと思います。年齢的にも今44歳なので、若い頃に比べればどうしても回復力が落ちている部分はあります。



 年齢を言い訳にはしたくないですけど、本当に大きな重傷だったのは間違いないです。



――ファンとしては非常に心配ですが、逆に言えば、これまでの激闘のダメージを抜くための「神様がくれた休養期間」と捉えることもできるのではないでしょうか。



飯伏: 本当にその通りだと思います。ちょっと不謹慎な言い方になってしまうかもしれないですけど、僕は「今回、大怪我をして本当によかったな」って心から思えることがたくさんあるんです。



 もしあの時、無理をしてリングに立ち続けて怪我をしていなければ、こうして身体のコンディションを根本から作り直す時間もなかった。こうして新しいプロレス会場のプロジェクトに本気でフォーカスすることも、若い海外の選手たちを育てることも、今日こうやってインタビューでお話しできている機会も、全部なかったはずですから。怪我をしたからこそ、新しく見えた世界や広がった可能性が山ほどあります。



 僕は2年前のインタビューでも「まだまだプロレスにすべてを捧げていきたい」と言いましたけど、その気持ちは1ミリもぶれていません。自分がこの世に生を受けた以上、できる限りのプロレスをトコトンやっていこうと思っています。生涯、プロレスラーを貫く。それが僕の生き方です。



 藤波辰爾さんなんて、70歳を過ぎても信じられないくらいのコンディションを維持して、20代の若い選手とシングルマッチをやっていますよね。永田裕志選手だって、30代の選手と変わらない動きを続けている。



 僕のレスラー人生も、あと30年近くあると考えたら、その間に医学だってどんどん進歩するはずです。新しい医療やアプローチを取り入れていけば、足は絶対に完璧に治ります。これからの年齢に合わせた「スタイルチェンジ」も含めて、自分のプロレスラー人生の第二章をどう作っていくか。そうやってじっくり考えるための、今は本当に素晴らしい、最高に有意義な時間を過ごせています。



 新しい会場を作って、自分もそこに最高の状態で帰る。ファンのみなさん、楽しみに待っていてください!







取材・文:篁五郎

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