高市早苗首相の経歴にまたハテナがついた。
これまでを振り返ろう。
そして「名刺やオフィスからの文書、シュローダー議員本人からの証明文書もある」「私が、米国連邦議会の『コングレッショナル・フェロー』であったことは事実でございますし、文書もございます」と強弁してきたのだが…。
ここから疑惑が噴出してきた。まず、実際は「コングレッショナル・フェロー」ではなく「コングレッショナル・インターンシップ」だったのではないか、と米紙報道がキッカケになって指摘されるようになった(BEST T!MES既報)。
そしてさらに「日本人初」という表現にもケチがついた。
高市首相が初めて選挙に出馬した選挙公報に「日本人で初めての米国連邦議会立法調査官」と記載されているが、実は高市首相よりも先に「コングレッショナル・フェロー」になった人物がいたことが明らかになったのだ。
その人物は、元早稲田大学教授の内田満氏と元獨協大学経済学部教授の大久保貞義氏だ。内田氏は1958年、大久保氏は1965年に「コングレッショナル・フェロー」となったのが、アメリカ政治学会(ASPA)の名簿に記載されている。ちなみにAPSAの正式なコングレッショナルフェローだった内田満氏の著書で、Congressional Fellowは「特別研究員」と訳されているそうだ。
また、1989年に高市首相が寄稿した月刊Asahi 1989年8月P.73に「コングレッショナル・フェロー(米連邦議会特別研究員)の肩書を得て、立法調査官として」と記されていることがわかった。
高市首相は、コングレッショナル・フェロー=「特別研究員」という認識は持ちながら、確信犯的に「立法調査官」という肩書きを謳っていた可能性がある。
さらに、高市首相は「1993年以降に米国連邦議会立法調査官の肩書は使ったことがない」と述べていたが、2001年の「月刊国会ニュース」のインタビュー記事のプロフィールに「米連邦議会の立法調査官として働く」と記されていたことも明らかに。
もはや、高市首相の経歴は詐称だらけとの指摘は避けられないだろう。
文:BEST T!MES編集部
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