20代で介護離職を経験し、これまで1500人以上のキャリア相談を担当した佐野創太さん。〝セルフ搾取〟的な働き方から抜け出し、自分らしく長く働く方法を指南した著書『70%で働く』(日経BP)が話題だ。

まさに著者自身が120%の力で働き続けた結果、七転八倒し退職を余儀なくされた経験を持つ。一方、「AIを使えば仕事が楽になり自分の自由な時間が持てる」なんて誰が言った!? と言いたくなるほど、AIリテラシーが高い人ほど仕事のクオリティが上がって上がって逆に忙殺を極めるご時世。佐野さんの働き方の提言に今こそ耳を傾ける価値が出てきているんじゃないか。幸せな働き方の本質を知りたい読者へ。佐野さんインタビュー第2回では、『退職学®』の研究家として独立したキッカケについて聞いた。



人生のターニングポイントとは〝やるべき優先順位が強制的に書き...の画像はこちら >>



■『退職学®』の研究家として独立



 母親の介護を機に、フリーの立場で様々な仕事をした。当時も今も変わらずGLAYや氷室京介が好きで、ブログではヴィジュアル系バンドのことを書いていたとも。



「私のブログを見てくれていたバンドのヴォーカルの人が面白がってインタビュアーとして呼ばれたのがきっかけで、ミュージシャンや経営者へのインタビューを始めました。あと、IT研修をするという仕事もしましたね。



 例えば、群馬県に行ってトラックドライバーの人たちに向けて話すわけですけど、私より全然年上のリーゼントにした50代の人とかがいたりして、ほんと怖いんですよ。こんな人たちに型にハマった研修をして果たして聞いてくれるだろうかと思ったんですが、群馬ってロックの聖地だったな、じゃ、氷室京介の話できっかけを作ろうと思って話したら『兄ちゃん、意外とやるねえ』みたいになって話を聞いてくれるようになったんです。それから、1、2年すると、結婚相談所とかテレビ局のオウンドメディアの立ち上げなどの仕事もやるようになってきました」





 2017年、『退職学®』の研究家として独立したが、きっかけは何だったのか。



「まさにフランクルに感化されたからです。このたまっている呪詛を何に消化したらいいんだろうと思った時に、当時一番イヤだったのは、私はこの仲間と働き続けたいし、この上司の下でやりたいのに会社を辞めた段階で彼らと縁が切れてしまうことだったんです。何で退職イコール縁の切れ目になるのかと思って、退職ということにすごく興味を持ったんです。



 世に出ている情報にしても退職というと退職金とかの手続き制度とかでしかなくて、技術や思想はまったくない。本を読んだり、人の話を聞きに行ったりしても退職話は一切なかった。当時、これは間違っていると思っていたし、だからこそやる意味があるなと思って『退職学®』という意思を追求できる名前を付けて“退職”の定義を変えていく発信活動とかキャリア相談をやり始めたんです」





 やはり佐野さんと同じ悩みを抱えている人はいたが、当時29歳の彼には大したアドバイスはできなかった。そのかわりに相談者の話を聞き、問題を整理して、その課題に名前を付けて一緒に答えを見つけていくように努めた。



「キャリア相談では、解決しているとか、ひも解いているという感覚は一切なかったですね。魔法のように解決してあげることができればいいんですけど、聞けば聞くほど複雑過ぎるし、個々人で相談内容も違えば、年齢もキャリアも、家庭環境も全然違うので体系化しずらいんです。だから、一人ひとりに真摯に向き合うしかなかったんです」





人生のターニングポイントとは〝やるべき優先順位が強制的に書き換わる瞬間〟のこと。母の介護と妻の出産がそれだった【『70%で働く』佐野創太氏インタビュー#2】
佐野創太(撮影:高山浩数)



■子育てをしていることに何かしらの意味を見出せ



 そんな退職学®研究家として活動を始めて10年経って、今の働き方に落ち着いたという。とはいえ、働き盛りの時に頑張れず、どん底を味わった佐野さんは、そんな苦しい時代をどう乗り越えたのだろう。



「今でも悩みますから、乗り越えたとは言えないですね。

最近息子が6歳になったばかりなので、まあ手がかかる。この時代にどんな教育を授けられるのかを考え始めると悩みは尽きないです。今でも28歳の頃のことを夢に見ますから、後悔することもたくさんあるんですけど、でも、間違いなくあのどん底の時代があったから今があるわけです。当時の私は結婚も子育ても明るい未来を描けなかったけど、今、子育てをしていることに何かしらの意味を見出せとフランクルなら言うだろうなと思って日々を生きています」



 結婚にも子育てに前向きになれなかった佐野さんがなぜ結婚したのだろうか。



「今のぬるい感じがいいから、みたいな付き合い方をしていたら、妻が『それは違う。結婚はします。子供も産みます』と言ったので、『はい』みたいな(笑)。このひとを失って独りでぬるく生きていける道と、このひとと一緒で苦労する道なら、後者の苦労の方がいいなと思いました。どっちにしろ、苦労するわけですから。どの苦労を選びたいかだけだと考えました。



 30歳で結婚しましたが、妻はいつもうまく私を引っ張ってくれたんですね。一番ダメな頃の私も見ていてくれていたので、よく私を拾ってくれたなあと思います。

そういう意味では、妻の存在はほんと大きいです。独身でいたら今頃何してますかね……フリーターにでもなってるんじゃないか……と考えるとほんと怖いです。妻は私と違って正社員できちんと働くタイプの人なのも良かったのかもしれません」



 38歳にして、様々な苦難に出会ってきたが、今振り返って人生のターニングポイントは何になるのか。



「私の中でターニングポイントというのは人生の優先順位が強制的に書き換わる瞬間だと思っているので、それが一気に書き換わったのが介護と出産です。家のため、母のために生きると決めた瞬間書き換わったのと、そこから何とか持ち直して独立して仕事をしていたんだけれど、子供が生まれた瞬間また書き換わるんです。



 仕事を一生懸命やることを第一優先のアイデンティティにしていたのが、今度は子供を育てる、子供と妻を守るというふうになってきて私はそこに飲み込まれていくわけです。特に出産は大変で、文字通り妻が命懸けで息子を生んでくれたのを見ましたし、赤ちゃんの命って弱いんだなってことに衝撃を受けました。自分がやっていた仕事は尊いものだと今でもそこそこは思ってますけど、そういった自分の理念とかビジョンよりもはるかに上に子供と妻がきてしまった。ただ、夜泣きもすごかったので平日も休日もないわけです。だから、すごくかわいいんだけど、四六時中指示を出してくる社長が家にいる、みたいな状態になったんですよね」





★インタビュー第3回につづく・・・





取材・構成:大西展子/撮影:高山浩数





人生のターニングポイントとは〝やるべき優先順位が強制的に書き換わる瞬間〟のこと。母の介護と妻の出産がそれだった【『70%で働く』佐野創太氏インタビュー#2】
撮影:高山浩数



佐野創太



1988年静岡県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学部卒業後、大手総合人材系企業に就職。その後、シンクタンクに転職するも、1か月で退職。

前職に契約社員として出戻るが、母親の介護のため退職を余儀なくされる。それを機に2017年、退職学®の研究家として独立。現在は、キャリア相談を初め、AIコンサルタントなど幅広く活動している。著書に『会社辞めたいループから抜け出そう!転職後も武器になる思考法』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職 99%がやらない「内定の近道」』(PHP研究所)、『転職・退職を考えたら知りたいことが全部のってる本 (知りたいことシリーズ)』(主婦の友社)、『70%で働く 「もっと頑張る」から脱出する働き方の思考法』(日経BP)など。

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