S・A・コスビー、ついに英国推理作家協会(CWA)賞に。

 これを書いているのは2026年7月3日で、未明に英国推理作家協会賞の選考結果が発表された。

同賞にはいくつかの部門があり、正賞が短剣の形をしていることからダガーと呼ばれる。翻訳部門に当たるDagger for Crime Fiction in Translationには日本語作家の雨穴『変な絵』(双葉社)が最終候補作として残っており、受賞が期待されていたが、叶わなかった。2025年度は王谷晶『ババヤガの夜』(河出文庫)と柚月麻子『BUTTER』(河出文庫)の二作が最終候補となり、既報のとおり前者が受賞した。日本語作家が英国推理作家協会賞に輝いたのはそれが初であり、『変な絵』には連覇の可能性が掛かっていたのである。結果は残念であるが、2年連続で日本語圏の作品が最終候補に挙げられたのは意義深いことである。

 主だった賞の受賞結果は、最も権威あるThe Gold DaggerにAbigail Dean/The Death of Us、最優秀新人賞にあたるEmerging Author DaggerにMichael Nikitin/Blind Side of the Sun、作家功労賞のDiamond DaggerにMark Billinghamがそれぞれ選ばれている。どれも日本ではなじみの薄い名前だが、注目すべきは最優秀スリラー賞であるIan Fleming Steel Daggerだ。アメリカ作家のS・A・コスビーがKing of Ashesで初受賞したのである。『灰の王』でハーパーBOOKSから邦訳が出たばかりだ。実は文庫解説を私自身が担当しているので、この欄では紹介を遠慮しようかと思っていたが、CWA賞を獲っちゃったんなら仕方ない。どうか目を瞑っていただきたい。やったぜ、コスビー。

おめでとう。

 S・A・コスビーはヴァージニア州出身のアフリカ系アメリカ人で、職を転々とした後、2019年に『闇より暗き我が祈り』(ハヤカワ・ミステリ文庫)でデビューを果たした。以降、2020年の『黒き荒野の果て』(ハーパーBOOKS。以下同)、2021年の『頬に哀しみを刻め』、2023年の『すべての罪は血を流す』と、これまで全作品が邦訳されてきた。訳者はすべて加賀山卓朗である。

 日本においても各種ミステリー・ランキングで上位に入るなど毎回話題を呼んでいるのだが、英語圏ではそれどころではない人気である。長篇が出るたびに何かの賞にノミネートされ、だいたい最終候補になる。これまで最も受賞数が多かったのは第三長篇の『頬に哀しみを刻め』で、ミステリーの賞としては有名なマカヴィティ賞、バリー賞、ハメット賞をはじめ複数の栄誉に輝いている。だがそのコスビーをしても、英米において最も権威ある、アメリカ探偵作家クラブ賞と英国推理作家協会賞は最終候補作どまりで、受賞には至ってなかったのだ。それがついに、ということで犯罪小説ファンは大喜びだ。

『灰の王』は、いわゆる巻き込まれ型のスリラーである。都会で投資会社の経営者として成功した日々を送っているローマン・カラザースは、ある日父親が交通事故に遭って昏睡状態になったことから、故郷であるヴァージニア州の地方都市、ジェファーソン・ランに帰ってくる。

そこで彼は、弟のダンテがのっぴきならない事態に嵌まりこんでいることを知るのである。

 ダンテは複数の依存症傾向がある一家の問題児だったが、よせばいいのに麻薬取引に手を出して失敗し、ギャングに対して30万ドルもの負債を抱えていた。少し話が進んだところでわかるのだが、父親が事故に遭ったのも金を返さないダンテへの見せしめだったのだ。

 切れ者の実業家であるローマンは、弟を救うためにひと肌脱ごうと考える。ギャングと話し合って、分のいい条件を示し、ダンテへの嫌がらせを止めてもらおうと考えたのだ。ところがギャング〈ブラック・バロン・ボーイズ〉を率いるトーレントとトランキルのギルクリスト兄弟は、都会から来た甘ちゃんの話をおとなしく聞いてくれるようなタマではない。あっという間に暴力によって屈服させられ、ローマンは不利な条件を飲まされることになる。

 さあ、ここからである。コスビー作品では、主人公が裡に抱える暴力衝動を理性によって押し隠している。理不尽な仕打ちを受けても最初は耐え忍んでいるのだが、我慢が閾値を超えると、爆発的にそれが解放されることになる。たとえば第二長篇『黒き荒野の果て』では、強盗団のために逃走車を運転する腕利きのギャングだった男が、足を洗ってしばらく経った後に資金繰りに困って一時的に復帰する。金を稼いだら堅気に戻るんだ、と言い聞かせているものの、読者から見ればどこかでもう彼は一線を越えてしまっており、暴力の持つ魔の衝動に魅せられていることは明らかなのである。

 第三長篇『頬に哀しみを刻め』ではさらにプロセスが巧妙化されており、主人公は同性愛者の息子をヘイト・クライムと思われる状況で殺害され、犯人捜しをする男である。殺された息子は黒人ながら白人男性と結婚しており、カップルは同時に殺害された。そのため主人公は異人種である白人の父親と嫌々手を組むことになるのである。彼ら二人の父親は、息子が同性愛であるとカミングアウトした際に受け入れることができなかったという後悔を抱えている。その贖罪という共通目的のため、立場を超えて協力関係を結んだのである。だから非常に理性的に自らを律しようとするのだが、相手にするのがあまりに卑劣な輩のため、ついに我慢の限界を迎えてしまう。

 この次の『すべての罪は血を流す』でコスビーは、初めて法の守護者である警察官を主人公に据えた。彼は自分の管轄する街ぐるみの汚らわしい陰謀に立ち向かうのである。ここで限界を迎えるのは、主人公の理性であると同時に、清廉潔白を装っていた街の仮面だ。秩序が崩壊し、終焉に向けて不可逆の変化が進んでいく。ダイナミックさという点ではそれまでの作品ではいちばんだと思うのだが、読者が求めているものはもしかするとそっちではないのかもしれない、と私は感じた。やはり暴力衝動と理性のせめぎあいをコスビー・ファンは読みたいのではないか、と。

 そこにぶつけられたのが『灰の王』である。ローマンの堪忍袋の緒は早々に切れる。しかし銃器を持って走り出すほどに彼は愚かではない。ローマンには有能企業人として経験があり、知恵がある。それを十二分に使って〈ブラック・バロン・ボーイズ〉を叩きのめそうと、彼は策略を練るのである。この用意周到さに加え、元軍人で荒っぽいことならなんでもやるハリールという友人を呼び寄せ、ローマンは裏側からも手を回していく。それによってジェファーソン・ランは、とんでもないことになるのである。

 過去作で言えば、ダシール・ハメット『血の収穫』(創元推理文庫)でコンティネンタル・オプが巡らすあの策略のせいで、ドン・ウィンズロウ『ザ・カルテル』(角川文庫)で描かれた無法地帯が現出するのである。知恵を持ったやつが絡むと犯罪も底なしにひどいことになる。本作の特徴は家族小説にもなっていることで、ローマンはダンテと、もう一人家業を守る妹ネヴェアを守るためならなんでもする。だが、目的は正しいとしても、暴力という間違った手段でそれを行ったとしたら、果たして結果はどうなのだろうか。それが本作の要となる問いで、結末まで暴走機関車のように物語は走り続ける。

 私は大好きだ。CWAの諸君もそうだったか。仲間だな。

(杉江松恋)

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