まさか自分が帰宅困難者になるとは思わなかった。大雨のあった13日夜。
県は帰宅が困難になった人々のため、県庁と企業局のロビーや会議室などを開放した。約1700人が一時身を寄せる中、通勤電車が運転を見合わせたことから記者も帰宅がかなわず、県庁で一夜を明かした。初めての避難生活は想像以上に不便で、多くの気づきをもたらした。災害への備えや心構えについて、自身の防災意識の甘さを痛感する一夜となった。
(別府桜羽子)
 記者は台風の常襲地帯として知られる長崎県の出身。だが、地元でも帰宅困難者になった経験はない。千葉は比較的災害が少ない印象を持っていた上、自宅も千葉駅から3駅の市街地。そんな日常の延長線上で、自らが帰宅困難者になるとは想像しなかった。
 午後11時ごろに県庁を訪れ、長蛇の列に並んで受付を済ませると、20階のレストランに案内された。受付には午前0時を回っても人が並び、「整列をお願いします」と呼びかけたり、「こちらにお願いします」と順路を示したりする職員の姿があった。
 「応急対策」「広報」など、さまざまな役割が書かれたゼッケンを付けた職員たち。帰宅困難者も大変だが、受け入れる側もまた大変だ。
職員が総動員で対応していることを知り、感謝の気持ちが芽生えた。
 レストランで隣の席になった山口航輝さん(22)=市原市=は「今まで経験したことのないレベルの大雨」と驚きをあらわにした。埼玉県の病院での勤務を終え電車で移動中、帰宅できないことが分かり県庁を訪れたという。「まさか避難先で一夜を明かすことになるとは」と山口さん。記者も同じ思いだった。「まさか」は誰にでも起こりうるのだろう。
 スマホにインストールしている防災アプリから情報を得て、「県庁が避難所になっているのを知った」と話しながらやってきた人にも出会った。記者は防災アプリを導入していない。災害時に必要な情報を得る手段を普段から備えておくことの重要性を感じた。
 スマホのバッテリーの大切さも痛感した。1階ロビーで、複数ある充電プラグのどれを使えばいいか分からず、困っている50代女性に出会った。一時スマホの充電が約10%しかなく、充電器も自宅に置いてきたという。
家族に連絡できなくなる不安を感じていたが、職員の充電器を借りることができ、「ありがたい」と笑顔を見せた。
 記者もモバイルバッテリーを常備していない。もし充電が切れ、災害情報を得られなくなったら―。そう考えると怖くなった。
 就寝場所として案内された椅子に座り、机に顔を伏せて午前3時ごろ眠り始めた。しかし、肩や腰に痛みを感じて1時間おきに目が覚めた。避難所では「横になれる」場所で就寝するものかと思ったが、全員が横になれるとは限らないのだ。
 近くの椅子で就寝していた人たちも、時折目を覚ましていたようだった。自身のちょっとした動作や物音も、眠りを妨げたかもしれない。近くにいた男性の一人に話を聞くと、「腰の痛みや腹の苦しさで熟睡はできなかった」と話した。横になれる場所があったとしても、不特定多数の人が身を寄せて休む環境では、ゆっくり眠ることは難しいかもしれない。
 一夜明けて午前6時過ぎ、1階ロビーを訪れた。
すでに起きている人の姿も見られた。友人と東京都に遊びに行き、自宅に戻れなくなったという木更津市の大学院生(26)は、千葉駅周辺のホテルに宿泊を試みるも「満室か、高額かだった」のであきらめたという。本千葉駅から冠水した夜道を歩いて県庁に向かうことになり「しんどかった」と苦笑した。
 記者も正直、この一夜はしんどい体験だった。帰宅困難になった記者を受け入れてくれた職員の皆さんに感謝するとともに、反省や新たな気づきなどさまざまな思いを胸に県庁を後にした。
編集部おすすめ