映画が大ヒットしている『ちいかわ』。単なる可愛いアニメと思いきや、実は「おじさん」ファンが少なくないことはあまり知られていません。
映画館に “ちいかわおじさん”!?
可愛い姿と過酷なギャップ
映画『ちいかわ 人魚の島のひみつ』が公開10日間で興収が44億円を突破するなど、夏休み映画として特大のヒットとなっている。
公開初日から口コミで広がり、これまで「ちいかわ」に触れてこなかった人たちも劇場へと足を運んだ。もともと「ちいかわ」に触れてこなかった人ほど、かわいい見た目からは想像しにくい物語の苛烈さ、その哲学性に驚いている。
筆者は現在45歳の長年の作品ファンで「ちいかわおじさん」を自称している。中でも推しは、ちいかわの親友であるハチワレだ。明るく前向きで、何度失敗しても「なんとかなれッ」と立ち向かう姿に勇気をもらってきた。
「ちいかわ」が好きだと語ると「なぜ、おじさんが?」と不思議そうな顔をされることが今でもある。まだまだ子ども向け作品というイメージがあるのかもしれない。
「ちいかわ」は意外にも男性ファンが多い。2022年に筆者がSNS分析ツール「Social Insight」でフォロワー数の内訳を調べたところ、男性が44.1%、女性が55.9%だった。2022年10月~2023年9月に行われたヴァリューズ「Dockpit」の検索ログ調査ではちいかわを検索したユーザーの内訳は男性約35%、女性約65%と3割強は男性だ。
劇場でも子連れだけでなく、おじさんファンの姿をちらほら見かけた。
なぜ、社会経験を重ねた中年男性が、あの小さくてかわいい生き物たちにここまで心をつかまれるのか。その理由は、ちいかわが単に「かわいい」からではない。むしろ、かわいい姿をした彼らが、私たちと同じように、働いても報われるとは限らない世界を生きているからだ。
格差と労働のシビアな現実
努力が報われない「残酷さ」
ちいかわたちの世界は、お菓子や食べ物が自然に湧いてくる、一見すると夢の国だ。しかしちいかわを含めた住人たちは、草むしり、レモンへのシール貼り、モンスターの討伐などの仕事をし、その報酬で生活している。モンスター討伐では命を落とす危険さえある。
大きな結果を得たり、資格を取ったりすれば報酬が上がる仕組みも現代的だ。ちいかわは給与アップのため草むしり検定という資格を取ろうと一生懸命勉強する。ところが、後から勉強を始めた友人ハチワレだけが合格し、ちいかわは落ちる。しかも同じ試験に2度もだ(3回目に無事合格する)。
子ども向け作品なら、努力した主人公はいつか報われると伝えるため、少なくとも2度目には合格していただろう。だがこの作品はそこを容赦なく裏切り、努力は必ずしも報われないと伝える。
「ちいかわ」の世界には、格差もある。ちいかわには懸賞で当たった家がある一方、友人のハチワレは家具も食器もボロボロの洞窟で暮らしている。しかも、その貧しい暮らしを登場キャラたちが誰も指摘しないのも、なんだかひどく私たちの世界に似ている。
主人公のちいかわは怖ければ泣き、失敗すれば落ち込む。優しいけれど、弱いキャラだ。そんなちいかわを友人のハチワレは常に応援し続ける。ただその友情も、単純に美しさだけを描くのではない。
前述の草むしり検定の話では仲が良い分、自分だけ合格したハチワレは初めて友人とともに喜べないことに悩む。一方のちいかわも、自分が落ちた悲しみを抱えながら、最後にはハチワレの形をしたクッキーを用意して合格を祝う。喜びたいのに、祝いたいのに、相手の感情を思い、できない。
筆者自身、45歳になり新しい挑戦を前に足が止まることがある。若いころより経験は増えたはずなのに、年齢を重ねるほど失敗したときに失うものを先に数えるようになった。そんなとき、推しであるハチワレを思い出す。
ハチワレはどんな困難を前にしても最後は「なんとかなれッ」という口癖とともに行動に出る。また貧しい暮らしの中、お金を貯めて購入したカメラに傷がついても「でも、離れてみればわからないし、味だよね」と笑顔で前向きに捉える。その姿に、「もう一度だけやってみよう」と思える。
「小さな幸せ」を分かち合う
弱者を見捨てない優しい世界
決して甘いだけではない「ちいかわ」の世界で、彼らを支えるのが、小さな幸せだ。友人と喜びを分け合い、同じ風景に感動し、仕事の帰りに一緒にラーメンやたこ焼きを食べる。一日一日、少しでも楽しかったと思える瞬間を積み重ねていく。
「ちいかわ」の世界にあるそれらの幸せは私たちの側にも本来あるものだが、社会に生きる中で余裕を失い、またより大きな欲に目がくらみ見えなくなっている。そうした些細な一瞬を、ちいかわは丁寧に描いていく。
作家の村上春樹は、暮らしの中にある「小さいけれど確かな幸せ」を「小確幸」と表現した。「ちいかわ」が描くのも、まさにその感覚だ。大きな成功はなくとも、そうした小さな幸福を重ねることで、私たちは十分充実した日々を過ごせると、かわいく素直なちいかわたちの姿が気づかせてくれる。
またちいかわには「くりまんじゅう」というキャラクターがいる。「ちいかわ」の世界では珍しくお酒を飲むキャラクターで、かわいい外見でありながら、バーナーで炙ったしめ鯖やソーセージをつまみにカップ酒や缶ビール、ストロングゼロを飲み「ハァーッ!」と息をはくのがお約束のおじさんキャラだ。決して高いものを食べたり、飲んだりはしていないが、彼もまた自分なりの小さな幸せを楽しんでいる。ある意味、おじさんたちの一つの理想ともいえる。
労働も貧しさも危険もある。努力が報われないこともある。それでも、ちいかわたちは弱い者を、弱いという理由だけで見捨てない。怖くて動けない者のそばに友達が寄り添い、失敗した者の悲しみを誰かが分かろうとする。
「ちいかわ」の世界は私たちと同じように厳しくても、そこに生きる者たちは、私たちの世界よりほんの少しだけ優しい。

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