身長168センチ、股下85センチという抜群のプロポーションから、“グラドル摩天楼”の異名を持つ緒方咲。幼い頃からモデルに憧れ、高校時代は金髪やピンク髪を楽しむ“見た目だけギャル”だったという。
美容専門学校に進学するも2年生の夏に中退。その頃からスナップ撮影などの活動を始め、少しずつ芸能の世界へ足を踏み入れていった。「ミス湘南」への出場をきっかけに水着への抵抗が薄れ、本格的にグラビア活動をスタート。現在ではスタイルを武器に活躍する一方、事務所所属時代はグラビアの仕事だけでは生活できず、秋葉原のコンカフェでアルバイトを続けていたという。今回のインタビューでは、グラビアとの出会いから、高身長をコンプレックスに感じていた過去、華やかな活動の裏側にあった苦労までを聞いた。(前後編の前編)

【写真】“グラドル摩天楼”緒方咲の撮り下ろしカット【8点】

――きょうは、グラビアデビュー9年目となるキャリアを振り返っていただきたいと思います。まずは、芸能界に憧れたきっかけから教えていただけますか。

緒方 小さい頃から、かわいいモデルさんを見て「キラキラした世界っていいなあ」と思っていたので、ずっとそういう世界への憧れはありましたね。

――何を見て、そう感じたんですか?

緒方 雑誌です。当時は『ラブベリー』や『ニコラ』など、小学校高学年くらいの子が読む雑誌を見ていて、かわいい女の子のモデルさんに憧れていました。高校生になってからも毎月雑誌を買っていて、特に『JELLY』がすごく好きでしたね。

――ファッションにも興味があったんですね。


緒方 はい! 高校生のときは、髪の毛がド金髪だったんですよ。美容院でアルバイトをしていたので、みんなより安く染められたんです。見た目はギャルだったんですけど、中身は普通でした(笑)。若い頃は髪の毛を染めたい欲が強かったので、あえて校則が緩い高校を選んだくらいです。

――服装もやはりギャルっぽく? ルーズソックスを履いたり。

緒方 履いていました! でも、基本的には「紺ソ」です。紺色のソックスのことを、平成は「紺ソ」って言っていたんですよ。もう死語かもしれないですけど(笑)。

――“見た目だけギャル”だった高校時代を経て、いつ頃から本格的に芸能界を目指そうと思ったんですか?

緒方 学生の頃からずっと憧れはあったんですけど、「難しいかな」くらいの気持ちで生活していました。高校を卒業した後は、本当はフリーターになりたかったんですよ。したいことが何もなかったので。

――進学や就職ではなく。


緒方 はい。でも先生から「進学を考えてほしい」と言われて。それで、美容は好きだったので、家の近くにあった美容専門学校に進みました。でも、やっぱり学校は向いていなくて……。そう思い始めた頃から、スナップを撮ってもらったり、ちょっとした芸能案件を受けたりするようになりました。

――芸能活動の入り口ですね。

緒方 当時は、サイトにスナップ写真を載せるのが流行っていたんです。まあ、学校は結局合わないなということで、2年生の夏くらいに辞めました。当時は趣味程度でしたけど、そこから芸能の世界に片足を突っ込んだ感じです。

――当時はまだ、水着の仕事には抵抗があったとか。

緒方 今では考えられないですけど、10代だったので「水着は絶対無理!」って思っていましたね。

――その考えが変わるきっかけが、コンテストへの出場だったんですね。


緒方 誘われて出ることになったんですけど、「ミス湘南」は大きな転機でした。水着での撮影会があって、出場者の中にはグラビアをやっている子もいたので、だんだんグラビアというものが身近になっていったんです。それから、露出に対する抵抗もなくなっていきましたね。

――グラビアが身近になったことで、抵抗がなくなったと。

緒方 正直な話、現実も見ました。モデル業だけでご飯を食べていけるのは、本当に一握りの人だけ。そう考えると、グラビアという選択肢の方が、自分にとって現実的に活動を続けていけると思ったんです。

――「ミス湘南」ではフォトジェニック賞を受賞されて、そこから本格的に道が開けていった。

緒方 そうですね。その受賞をきっかけに、「美人スナップ」というサイトで写真を撮ってもらったんです。当時は結構アクセス数の多いサイトで、それを見た今のG-STAR.PRO(当時はGPR)のマネージャーさんからスカウトしていただいて、事務所に入りました。

――初めてのグラビア仕事は覚えていますか?

緒方 事務所に入ってすぐ、水着のスナップ版みたいなサイトの撮影をしました。
出版物や販売物でいうと、『週刊プレイボーイ』の次世代グラビア企画に出させていただいたのが最初です。

――そこで付けられた「グラドル摩天楼」というキャッチフレーズは印象的でした。現在もスタイルを武器に活動されていますが、正直なところ、高身長をコンプレックスに感じた時期もあったのでしょうか。

緒方 ありました。今は克服しましたけど、学生の頃は男性と同じくらいの身長だったりしたので、ヒールを履いたら超えちゃうこともあって……。

――特に恋愛面で悩んだり?

緒方 そうですね。当時付き合っていた人がいて、友達と遊んでいるときはヒールを履いていたんですけど、夜に彼と合流することになったときに「あ、身長を超えちゃう」ってなって。その日のうちにペタンコの靴を買って、履き替えたりしていました。小柄な子が羨ましいなって、ずっと思っていましたね。でも今は、相手が同じくらいの身長でも全然気にならなくなりました!

――高身長であることで、グラビアの撮影で難しいと感じることはありますか?

緒方 グラビアでは、意外とよかったなと思っています。高身長っていうのも一つのフェチだったりしますし、衣装もOLやバニーガールなど、映えるものが多いので。スタイリストさんからも「着せ甲斐がある」って言われたりしますし、単純に目立つんですよね。


――一方で、芸能界、特にグラビアの世界は不安定なイメージもあります。そこに飛び込む不安はありませんでしたか?

緒方 めちゃくちゃありました。事務所に所属していたときなんて、ずっとそうでしたよ。

――不安ばかりだった。

緒方 事務所によってギャラのパーセンテージは違うと思うんですけど、それだけでは食べていけなかったので、所属していたときはバイトもしていました。

――最初の事務所からずっとですか?

緒方 していないと食べられませんでした。食べられる月もありましたけど、案件ごとにお金が入ってくるので、お給料が安定していなかったんです。仕事が少ない月もあったので、バイトをしないと家賃も払えませんでした。

――どんなアルバイトをされていたんですか?

緒方 秋葉原のコンカフェでバイトしていました。20歳からずっとです。

――デビューした頃から。

緒方 そうですね。
当時は特にファンの方には言わずに、顔出しもNGにして働いていました。それでもたまに気づかれることはあったんですけど、みんな黙っていてくれて(笑)。本当にありがたかったです。普通のバイトよりは時給が高かったので、当時はそれでなんとか生活していた感じです。

――その厳しい下積みの間に、グラビアを辞めようとは思わなかったのか、最後に教えてください。

緒方 思わなかったです。これまで本当にグラビア一本で生活してきたので、もうグラビアしかないんですよ。自分の仕事が特殊なだけで、普通の人と変わらず仕事をしている感覚です。以前は、グラビアが自分にとって天職なのか、不安になったり悩んだりすることもありました。でも、ここまで長く続けてこられて、応援してくださる皆さんのおかげで、今は『グラビアは自分の天職なんだな』と思えるようになりました。これからも大切に続けていきたいです。

▼緒方咲(おがた・さき)
1994年10月7日生まれ、神奈川県出身。身長168センチ、股下85センチ。「ミス湘南」フォトジェニック賞の受賞を機に芸能活動を開始。2018年4月、ファーストDVD『Debut!』を発売した。高身長と美脚を生かしたスタイルから“グラドル摩天楼”の愛称で親しまれ、現在はフリーランスでグラビアアイドル、レースクイーンとして活動している。2026年は「モッズレーシングガールズ」を務める。趣味はゴルフ、筋トレ、サウナ。特技は自撮り、整理整頓。

【後編】“グラドル摩天楼”緒方咲「需要がある限り続けたい」30代になっても変わらない覚悟
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