世界中で存在感を高めるジャパニーズウイスキー。その一方で、市場には景気減速やインフレなど不透明な要素も少なくない。
指揮を執るのは46歳で社長に抜擢された小野直人氏。営業、マーケティング、海外事業、M&Aまで幅広い経験を積んだ小野社長に、世界トップ10ブランドを目指す成長戦略と、創業者・竹鶴政孝氏から受け継ぐ挑戦の精神について聞いた。
○46歳で社長抜擢、世界ブランドを率いるまでの歩み
――まずは小野社長のこれまでのキャリアについて教えてください。
アサヒビールに入社後、最初の2年は京都で営業をしていました。当時はまだスーパーの酒類販売が一般化する前だったので、酒販店を回るチャネル営業でした。その後、飲食店を担当する業務用営業を経て、本社マーケティング部門へ異動しました。
そこから約10年間は新商品開発やブランドマーケティング、戦略立案などを経験し、輸出業務にも携わりました。その後は東南アジアでジョイントベンチャーに関わり、韓国、中国、ヨーロッパには5~6年駐在しました。当時グループ最大級だった約9,000億円規模の中東欧5カ国のビール事業の買収にも携わりました。
帰国後は宣伝部門を担当し、ニッカウヰスキーへ来て約2年半になります。
――46歳での社長への抜擢は大きな注目を集めました。
いやぁ……もう本当にびっくりしました(笑)。ある日突然、夕方に電話がかかってきて、『次は君が社長だ』と言われたんです。まったく予想していませんでしたし、実感が湧いたのは株主総会で正式に就任が決まってからですね。それまではいろんなスケジュールを全部ずらしたり、調整したりするのに必死でした。
○創業の原点を学び、600人とともに挑戦する
――就任にあたって、どのように社長としての覚悟を決められたのでしょう。
まずはこの機会をいただけたことに感謝しました。そしてニッカウヰスキー独自の歴史を改めて深く勉強し直しました。就任当日には創業者・竹鶴政孝氏のお孫さんにご挨拶に伺い、政孝氏の生家がある広島・竹原にも足を運びました。『なぜこの会社が生まれ、今に至ったのか』という原点を自分の中に落とし込むことから始めました。
ニッカウヰスキーには約600人の社員がいますが、彼らと一緒に「日本発のグローバルプレミアムブランド」への道を作れるということは非常にありがたく、やりがいのある挑戦だと感じています。
――組織づくりで大切にしていることを教えてください。
私が理想としているのは、一人ひとりがリーダーシップを発揮する自律分散型の組織です。誰かの指示を待つのではなく、全員がワンチームとなって自律的に動ける組織を目指しています。
ニッカウヰスキーには、真面目に、こだわりを持って良いものを作ろうとする文化が根付いています。一方で、今は変革期でもあります。だからこそ私が細かく指示を出すのではなく、社員が自ら挑戦できる環境をつくりたい。私自身も手足は動かしていますが、基本的には社員の自律を促すスタイルでありたいと思っています。
○余市蒸溜所へ約70億円投資、その狙いとは
――現在のウイスキー市場をどのように見ていますか。
まず、世界市場は決して楽観視できる状況ではありません。戦争やインフレ、関税などによって景気が減速すれば、プレミアムウイスキーは大きな影響を受けます。ただ、日本のウイスキーが世界市場で占めるシェアはまだ非常に小さい。つまり、それだけ成長の余地も大きいということです。
国内市場では人口減少という課題がありますが、ウイスキーカテゴリー自体は横ばいか微増で推移しています。
――余市蒸溜所への約70億円の投資も注目を集めました。
ウイスキーは仕込んでから商品になるまで長い年月がかかります。原料調達、蒸溜、樽の確保、熟成・貯蔵――そのバランスが崩れると安定供給ができません。今回の投資は、アンバランスを改善し、貯蔵能力を強化することが大きな目的です。
さらに、新設した製樽棟では、樽を焼く炎の熱気や香り、職人の技を間近で見学できるようにしました。デジタル化が進む時代だからこそ、人の手でつくる価値を感じていただきたいと思っています。
――10年後、20年後を見据えた投資にプレッシャーはありませんか。
もちろん不安がないと言えば嘘になります。ただ、将来ありたい姿を考えれば、今やるべきことは自然と決まってきます。長期投資を進めながら、目の前の数字も達成していく。この経営のバランスは常に意識しています。
○竹鶴政孝の「多様性」を武器に、世界トップ10へ
――世界ブランドと戦う上で、ニッカウヰスキーの強みはどこにありますか。
やはり、創業者・竹鶴政孝という存在は大きいですね。彼は100年以上前に一人でスコットランドへ渡り、現地の文化を受け入れ、違いを価値に変えてジャパニーズウイスキーを築きました。今でいう多様性やイノベーションを、あの時代にすでに実践していたんです。
その精神は、今のニッカウヰスキーにも生きています。伝統的なシングルモルトのブランドもあれば、40年以上前からモダンなデザインを貫くブランドもある。この多様性やストーリー性こそが、世界に誇れる強みだと思っています。
――世界トップ10ブランド入りに向けて必要なことは何でしょうか。
大きく3つあると思っています。まずは生産能力。どれだけ良いブランドでも、物がなければ始まりません。そしてブランド力。
――最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
あまり偉そうなことは言えませんが……もし何かお伝えするとすれば、ぜひ一度、竹鶴政孝という人間の人生に触れてみてほしいということです。
竹鶴政孝の人生は、決して順風満帆ではありませんでした。それでも、まだ誰も見たことがない未来を信じて挑戦し続けました。スコットランドと日本という異なる文化を融合させ、新しい価値を作りました。
竹鶴政孝がそうだったように、皆さんも皆さんらしく挑戦を続けていただければと思います。その挑戦が、まだ地図にはない場所を見せてくれるんじゃないかな、と思います。
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