【注目の人 直撃インタビュー】


 柳沢慎吾(俳優)


  ◇  ◇  ◇


 芸歴48年、64歳にして、8都市10公演をまわる全国ツアーを敢行する。昨年9月に開催した自身初の単独ライブは、700席の会場に2万を超える申し込みが殺到し、チケットはプレミア化。

今年1、2月の東京・名古屋・大阪での公演も即日完売した。「ひとり甲子園」「ひとり警察24時」など、バラエティー番組で見せるハイテンションなものまねパフォーマンスで、誰からも“慎吾ちゃん”と愛される。今回の現場も、記者もカメラマンも笑わされっぱなし。このサービス精神の源泉はどこにあるのか。


 ──ライブがどんどんスケールアップしています。


 ありがとうございます! ホントにね。東京は今度、「NHKホール」でしょ。大丈夫かなあ。最初に、お客さんに聞くんですよ。「警察も、甲子園もおなじことやってるだけですけど、いいですか?」って。でも、ワーッと拍手してくれて。テレビだと尺の関係で全部できないパフォーマンスが、フルバージョンで見られるのがいいみたい。

「今日は制限がないんで、行けるとこまで行きます!」って、モニターに「神奈川県警VS凶悪暴走族」って出ると、キャ~ッて(笑)。それで、いつも時間が大幅に延びちゃう。


 ──ずっと慎吾さんひとりなんですか。


 休憩15分を挟んで、2時間半ずっと。司会もゲストもなし。自分で台本書いて、構成も演出も全部、自分で。この前、ナンチャン(南原清隆)に、「これ全部ひとりでやるってスゴいことですよ」って言われたの。


 ──客層や内容は?


 お客さんは、20代から80代まで幅広いよ。でも、やっぱり「ふぞろいの林檎たち」を見てたような世代が多いかな。内容は、「警察24時」から、「甲子園」「大御所列伝」まで全部やりますよ。「福男」「箱根駅伝」「高校サッカー」とか、テレビであまりやってないのもやります。あと、「高嶋ちさ子のザワつく!音楽会」(2024年)で初めてやらせてもらったトランペット。

全く経験がなかったので、最初は大変よ。「栄光の架橋」とか。さんざんパフォーマンスをやった後、汗びっしょりになって演奏してたら、客席の人がみんな泣いてるの。それ見てたら俺も汗と涙でグショグショよ。舞台袖に戻ったら、プロデューサーも「これで泣かないヤツなんかいるかいッ! ヒック」って泣いてんの。「慎吾さんの舞台は、笑い、笑い、笑い、感動の涙、そしてまた笑いですね」と見にきた東MAXクンが言ってくれたのよ。



■「“チョメチョメ”は慎吾だったらやってもいい」

──そのキャラクターは子供の頃からですか?


 テレビっ子だったからね。実家は小田原(神奈川県)で八百屋をやってたんだけど、お父ちゃん、お母ちゃん、(3歳年上の)お姉ちゃんと、みんな超おしゃべりでパワフル。実家だと俺が一番無口なの(笑)。いつも近所の人がいっぱい遊びに来てて、知らない人がたくさんいる賑やかな家。子供の頃は、「太陽にほえろ!」なんかが大好きで、いつも真似してましたね。近くの海でドラマの再現したりね。

だから小田原じゃなかったら、この業界に入ってなかったと思うよ。高校の教室からも海が見えたもん。高校の時は、「ゆうひが丘の総理大臣」ね。ああいう青春ドラマが大好きだった。


 ──その頃、親友の“てっちゃん”と「てっちゃんしんちゃん」として、「ぎんざNOW!」の「素人コメディアン道場」に出場し、優勝しましたが、高校卒業後は、「劇団ひまわり」に入り、役者の道を志します。


 あれ、友達が勝手に応募したのよ。仕方ないから出たらとんとん拍子で。でも、僕はあくまで「青春ドラマ」をやりたかったのね。中村雅俊さんと初めてお会いした時、「ああいうドラマをやりたいんです!」って言ったら、「もうやってるじゃないか(『ふぞろいの林檎たち』のこと)。あれはいいドラマだよ」と言っていただいたけど。


 ──上から可愛がられるタイプですよね。


 そうなのよ(笑)。

23、24の頃かな。NHKの「はね駒」に出てた頃は、ドラマを4、5本かけもちしててね。忙しくてセリフも覚えられないし、疲れ切ってて、もう辞めようって思っていたら……見透かされてたんだね。共演してた樹木希林さんが「(口調を真似して)もう辞めようと思ってんでしょ? 今は忙しいけど、今だけなのよ。あっという間に終わるからね。あっという間よ。あと半年で終わるから。最後までやり切るのよ」って。それから松方弘樹さん。お兄ちゃんって呼ばせてもらって。本当に可愛がってもらった。30前くらいの時かな、警察とか甲子園とかやるのをやめようかと思った時があったの。
そしたら、「やめるのは簡単だけど、続けるのは難しいんだ。慎吾は慎吾のままでいい。若いうちは、いろいろやっておいた方がいいよ。それが後で実を結ぶから」って。言われた通りになってるよね。それから山城新伍さん。よく遊びに連れてってもらったなあ。「“チョメチョメ”は慎吾だったらやってもいい」ってお墨付きもらって。みんなお亡くなりになってしまいましたけど。



■「15歳から18歳までは青春時代、あとの残りはずっと青春」

 ──でも、昔の撮影現場は怒号が飛び交ってたんですよね。


 そうですよ。鍛えられたよね。

苦しかったけどね。あの時代を経験したから、今があるって思うよ。今の若い子たちは、みんないい子で可愛いよ。でも、あの時代だったら、どうなっちゃってたかなあ。「バカ野郎!」って言われるの普通だもん。怖かったよね。今、そんな言い方したらパワハラでしょ。時代は変わったよね。今、若い女優さんと監督は、「(シナをつくりながら)キャンとく~♡ このセリフなんですけどぉ~」「ん、何? いいよ、いいよ、変えましょう。うん、うん」なんてね。これ、昭和だったら、「あ? あんだって!? 言いなさいよッ。つべこべ言わずにッ!」って一喝です。


 ──慎吾さんは、どうして上からも下からも慕われるんですか?


 うーん……やっぱ人柄かな。ダッハハハハッ!(とウインクしながらこちらを指さしポーズ)。


 ──(笑)怒ったりすることはないんですか。


 一度だけあるよ。ある撮影現場で監督がエキストラの人にすごい言い方してたのね。「おい、何やってんだ!」「違うだろ!」とか。自分の親くらい年配の人にすごく失礼なの。それ聞いてたら、だんだん腹立ってきちゃってさ。「役者はエキストラの方がいるから引き立つのに、その言い方はなんだ!」ってキレちゃった。周りはシーンとなっちゃってね。俺、とにかく周りにいるみんなが楽しくないとイヤなのよ。役者もスタッフもみんな。とにかく周りの人が笑ってるのが好きなの。基本的に人が好きなんでしょうね。一番のストレス解消法は人と話すこと。そして相手が笑っていること。話してないと絶対ダメなのよ。


 ──それは奥さんとも?


 話しますよ。結婚して30年以上になるけど、今でもいっぱい。奥さんがどちらかというと聞き役かな。でも、ドラマも全部チェックしてくれて、「変わらないね」って。年を重ねて、顔にいいシワが出てきたなんて言われるね。


 ──今後の夢は。


 舞台は続けていきたいよね。よく言うんだけど、「15歳から18歳までは、青春時代、あとの残りは、ずっと青春」って。いいこと言うでしょ!(笑)。還暦過ぎたからとか、もう年だからとか思ってちゃダメ。俺なんか、トランペット始めたの62の時じゃない。単独の舞台も、去年が初めてよ。でも70になったら、「甲子園」はさすがにキツいかな。天理高校の応援歌みたいに、ゆっくりしたテンポで「テーンテ、テッテ、テッテ、テ、わっしょい」ばかりならいいけど、横浜高校は、「テテンテ、テンテン、横浜~」って速いから息が切れちゃうから(笑)。 


(聞き手=平川隆一/日刊ゲンダイ)


▽柳沢慎吾(やなぎさわ・しんご) 1962年生まれ、神奈川県小田原市出身。79年、ドラマ「3年B組金八先生」でデビュー。「翔んだカップル」シリーズを経て、83年開始のドラマ「ふぞろいの林檎たち」で人気は全国区に。バラエティー番組でも活躍。9月25日から来年4月11日まで、福岡・大阪・神奈川(小田原)・愛知・広島・東京・宮城・北海道を巡る単独ライブ「日本列島大捜査網 THE柳沢慎吾劇場 ★ROCK45TOUR」を開催。


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