原題は「La Venue de l'avenir」。AIによると「未来の到来」という意味らしいが、日本では「モネと時間旅行」に大変身した。

「あ、画家のモネが絡むストーリーだな」と誰もがピンとくる。ネタバレ上等というわけだ。


 時は現代。パリで祖父と暮らすセブ(アブラム・ヴァプレ)は忙しい日々を送っていた。そうしたなか、互いに顔も知らない親族一同が集められ、彼らの先祖アデルが遺した屋敷を売ってほしいと自治体から迫られる。ノルマンディーの草原に佇む古い一軒家で、1944年から閉ざされたままなのだ。


 セブを含む4人が一族の代表に選ばれ、まずは屋敷の調査を実施。すると歴史的な写真家が撮ったアデルのポートレートと印象派の作品らしき絵画が発見される。


 一方、19世紀のノルマンディー。若きアデル(スザンヌ・ランドン)は祖母を亡くし、パリに住む母親がどんな人かを知るために旅に出る。パリの町で出会った母親は普通でない仕事に就いているが、アデルとの再会を喜ぶ。時はまさにベル・エポックの時代。

華やかなパリでアデルは刺激的な出会いを経験する。


 そのアデルの肖像を見ながら、セブたち子孫は考える。アデルとはどんな存在だったのか? 白いドレスの女性が描かれた絵画の作者とモデルは誰なのか? こうして一族の秘密が解き明かされるのだった……。


 日本でも所有者が誰なのか分からない空き家問題が社会現象になっているが、フランスも同じようだ。相続人がネズミ算式に増えた家屋と絵画をめぐって4人の親戚たちが右往左往。その合間を縫って物語は19世紀にスリップする。現代と大昔がひっきりなしに入れ替わるが、編集が巧みなので混乱する心配はない。



観る側の消化不良を主人公たちが解明してくれる

 現代にも過去にもこれといって大きなアクシデントがあるわけではない。それでも話に引き込まれるのは、ひとつに誰もが自分の先祖を知りたいという探求心を持っているからだろう。


 祖父母の家を訪ね、大昔のセピア色の写真の人物が誰なのかと思案することがある。古い親戚に聞いても「知らない」と首を振るばかり。ますます自分のルーツを知りたくなるが、実態がつかめない。

そんなもどかしさを経験した人は少なくないはずだ。


 セブたち4人は古い写真と手紙を手がかりに何代も前の薄幸な女性のドラマを模索する。遺された文面は文字の羅列でしかないが、映画はそれを色鮮やかな物語として突きつける。観客の胸に残った消化不良の思いを主人公たちが解明してくれるように感じてしまう。それが本作の魅力だ。


 しかも登場するのが歴史的な人物たち。クロード・モネを筆頭にルノワール、ドガ、セザンヌ、ピサロなど実在の画家が登場。モネの存在感と庭園の描写は実に感動的である。


 アデルの生き生きとしたパリ生活に感化されたかのごとく、セブたち現代人が活力を取り戻す姿を見て、英国の歴史学者E・H・カーの言葉を思い出した。


「歴史とは現在と過去との終わりのない対話である」


 21世紀の親戚たちはユーモラスな雰囲気の中で時間旅行を楽しんだ。彼らのような心躍る珍事を体験してみたいものだ。  (文=森田健司)


(ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開中/配給=セテラ・インターナショナル)


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