「記憶にはありませんが、私が生まれたとき、新聞に記事が載ったそうですよ」
本誌記者にほほ笑みながら話す久邇朝宏(くに・あさひろ)さん(81)は、第三代久邇宮家当主・朝融(あさあきら)王の三男。
1944年10月8日付の『朝日新聞』朝刊は、《久邇宮第三男子御誕生》との見出しで、前日に朝宏さんが誕生したことを伝えている。
終戦後の1947年10月14日、久邇家を含む11宮家の51人が皇籍を離脱する。1週間前に3歳になったばかりの朝宏さんは、皇族から一般国民となった。
学習院初等科に通っていた朝宏さんには、皇室を意識した出来事があったという。
「初等科にはバスで通っていました。3年生くらいでしょうか。ある日の下校時、車内で年配の男性に『君、久邇くんだろ。久邇宮だよね』なんて声をかけられたんです。帰宅後にそのことを話したら、お手伝いさんに『あなたは特別な人なんですよ』と言われたのです。あとでわかったことですが、声をかけてきたのは、久邇家とともに皇室を離れた賀陽(かや)家の方でした。
でも物心がついたときから、一般人だという意識があります。自分が特別だと思ったことはありませんが、“目立たないようにしよう”と思って生きてきました。
旧宮家のなかでも、久邇家は天皇家に近い。朝宏さんの祖父・邦彦王の長女・良子女王は昭和天皇と成婚した香淳皇后。上皇さまは、朝宏さんの従兄という関係だ。
朝宏さんは初等科時代に初めて、皇室と旧皇族の親睦の場となっていた、菊栄親睦会に参加した。
「当時の天皇皇后両陛下(昭和天皇と香淳皇后)にお目にかかり、そこで何か皇室とのつながりを感じたような記憶はあります。初等科の隣のクラスには、三笠宮崇仁さまの長女・近衞甯子さんがいらっしゃいましたし、学習院で学んだことで、皇室を敬い、日本人を大切に思う気持ちが育まれたという気がします」
■単に“天皇の子孫”では皇族にはなれない
その後、朝宏さんは学習院大学理学部で物理学を学び、卒業後は日立製作所に入社。技術者として定年で退職するまで勤めあげた。
「日立に入社した当時、誰も私のことを元皇族と認識していませんでした。同じ職場に配属された同期の13人はみんな元気で、今でもたまに集まります。みんな分け隔てなく付き合ってくれています。そのように生きてきたこともあり、私はいまさら皇族に戻りたいとは思えないのです」
本誌が朝宏さんへのインタビューを行った6月30日、政府は皇室典範の改正案を閣議決定した。結婚後の女性皇族の身分保持案、そして国民の反発が根強い旧宮家の男系男子を養子縁組で皇族にする案が現実となろうとしている。
しかし養子案について、朝宏さんは明確に異論を呈している。
「私も含めた元皇族は約80年、一般人として生きています。そうでない旧宮家の方々も、一般人として育ち、それぞれが人生の夢を抱いて生きてきたはずです。天皇の血を引く男系男子だから、という単純な話ではありません。皇族として生きることは、相当な覚悟が必要なのです。
戦争に負け、昭和天皇はマッカーサーに“自分の命をあなたに捧げるから、日本人を大事にしてほしい”ということをおっしゃった。いまそのような覚悟がある人が、一般国民として生きてきた旧宮家の子孫たちにいるのか、私には思い浮かびません」
次世代を担う皇族が減少する現状は、皇位継承のあり方に対しても国民的な関心を高めている。一方で高市政権は、養子案の成立に固執し、“皇位は男系男子に限る”という姿勢を頑なに崩さない。
だが朝宏さんはこう断言する。
「私は、愛子さま以外に天皇になる方が思い浮かびません。たとえ女子であっても、皇位は天皇皇后両陛下のお子さまが継がれるのが正当だと思います」
そして、こう続けるのだ。
「具体的にどうなったら即位されるのかということは考えていませんが、私は次の天皇は愛子さましかいらっしゃらないと思います。
愛子さまがそう運命づけられていると、朝宏さんが確信にいたったのには、ある出来事があった。現在朝宏さんは、学習院初等科の同窓会組織にあたる「初等科桜友会」の会長を務めている。
6月13日、愛子さまは同会の懇親会に出席されているが、じつは朝宏さんの招待で実現していた。
「侍従さんに連絡し、おいでいただきました。愛子さまのお話しぶりは優しく、魅力を兼ね備え、オーラが輝くような方に成長されたとあらためて感じました。
この集まりでとても感銘を受けたことがあります。関係者が持っていたA4くらいの紙には、その日の行動がびっしりと書かれていたのです。何時何分にどこに行き、何時何分に階段を上り、何時何分にお友達とお話しする……という分刻みの予定が記されていたのです。
他人が立てた計画を守っていらっしゃる。愛子さまはすごいなと素直に思いました。はたして養子に入った方は、今後そういう道を一生歩めるのでしょうか。そうした生き方は、幼いころから学ばれていなければできません」
また愛子さまが学習院の人々との絆を大切に思われていることも、朝宏さんにとっては重要なことなのだという。
「皇族と学習院は本来一体なのです。学習院は明治天皇が、皇族や華族の子女はここで学びなさいと設立したのです。
戦後、上皇陛下と天皇陛下、そして愛子さまは、一般国民とともに学習院に学ばれました。そこで、日本の心、日本人を大事に思う心が育まれたのだと思えるのです。
女系にはなりますが、愛子さまのような方が天皇になられ、ご子孫も即位されていく形でもいいと考えています」
■愛子さまとご子孫が即位されるためには
天皇陛下はオランダ・ベルギーご訪問に際しての記者会見で、
「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」
と、皇室典範の改正について異例ともいえる形で、お考えを示されたおことばを述べられている。
「そのおことばのとおりとしか言いようがありません。ただ、明治時代までは側室制度が機能していました。男系男子に限る皇統の維持は、そうした制度がない現代では、私個人は続けていくことは難しいと思います」(朝宏さん)
朝宏さんをはじめ国民の思いとは逆に、政治は象徴天皇のあり方をゆがめようとしている。静岡福祉大学名誉教授で、歴史学者の小田部雄次さんはこう語る。
「昭和天皇はいわゆる『人間宣言』で、天皇と国民は『神話と伝説』ではなく、『終始相互の信頼と敬愛に依りて』結ばれていると述べたように、それが戦後の象徴天皇制の基本的なあり方となっていることは言うまでもありません。
実証史学の立場からも根拠がないとされる“男系男子論”に、政治家は拘泥するべきではありません。皇位継承の安定のため、女性天皇・女系天皇を実現する議論を先にするべきですし、この“女性・女系”容認論は世論の支持も高い状況です。
一時の政権与党の数の論理で拙速に改正を推し進めれば、将来に禍根を残しかねません。総選挙を経て民意を確認することや、国民投票という形も、一つの道だと思います」
元皇族であり、上皇さまの従弟が確信する「愛子天皇」の未来。それを現実とするためには、国民がともに切り拓いていく覚悟が必要なのかもしれない。
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