自由民主党、日本維新の会、国民民主党、参政党の4党が提出した「国旗損壊罪」を新設する法案が6月30日、衆議院で可決された。

「外国の国旗を汚したり破ったら私たちは2年拘禁刑を受けるかもしれない。

でも日本の国旗はどう扱ってもいい。それはやっぱりおかしい」

今年の1月27日、衆院選公示日の街頭演説で、国旗損壊罪の必要性をこう訴えていた高市早苗首相(65)。

法案では「国旗を大切に思う国民感情を保護するため」として、人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法で公然と国旗を傷つけたり汚したりした場合、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金を科すとしている。

「法案では『人に著しく不快または嫌悪の情を催させる方法』とありますが、具体的にどんな行為が処罰されるのかは分かりにくく、SNSでは『お子様ランチの日の丸の旗を捨てたら違法なのか』『日の丸が描かれたTシャツを破ったらどうなるのか』といった議論も起きています。また、自民党の岩屋毅前外相(68)が委員会採決を棄権したほか、憲法学者からも『表現の自由との関係で問題がある』との指摘が出ています」(政治部記者)

そこで本誌は、「どこまでが処罰対象になるのか分かりにくい」という疑問について、衆院内閣委員会で参考人として意見陳述を行った桃山学院大学法学部の江藤隆之教授に話を聞いた。

■「何が犯罪なのか」が見えないことが最大の問題

江藤教授が最も問題視するのは、「どこまでが処罰されるのか」という線引きが見えないことだ。

「刑罰を定める法律は、国民が読んで『何をしたら処罰されるのか』が分かるものでなければなりません。しかし、この法案はその点が非常に曖昧です」

国会審議では、「このケースは処罰されない」「こちらは対象外だ」といった説明も行われている。しかし、それはあくまで法案提出者の説明であって、条文そのものから明確に読み取れるわけではないという。

「一般の人が知りたいのは、最終的に裁判で有罪になるかどうかだけではありません。警察に通報されるのか、捜査の対象になるのか、その可能性まで含めて知りたいわけです。しかし、その線引きがわかりにくい」

さらに今回は4党共同提出の法案であるため、提案者ごとに説明のニュアンスも微妙に異なっているという。

「法律は何を守るためのものなのか、どこまでを処罰するのかについて、提案者の説明は本来一致していなければなりません。その点でも、この法案は分かりにくさが残っています」

■「国民感情を守る」が目的に変わった経緯

そもそも、この法案は何を守るために作られたのか――。

「この法案で新たに処罰の対象となるのは、基本的に自分が所有する日本の国旗です。他人の国旗を壊した場合は、従来どおり国旗損壊罪より重い刑罰を定めている器物損壊罪などが適用されます」

これまでも日本国内で日の丸が損壊され、刑事事件となったケースはあるが、その場合は器物損壊罪など既存の法律で対応してきた。

法案には「国旗を大切に思う国民感情を保護する」と書かれているが、江藤教授は、当初は別の説明がされていたと指摘する。

「もともとは『外国の国旗を損壊すると処罰されるのに、日本の国旗は処罰されないのは不公平だ』という説明から始まりました。しかし、その後の議論で、外国国章損壊罪は外交上の利益を保護するための規定であり、日本国旗を保護する理由とは異なることが明らかになりました」

さらに、外国国章損壊罪そのものも実際にはほとんど適用された例がないという。

「外国国章損壊罪で有罪となった事例は1件ありますが、その場合も、領事館への侵入や建物への落書きを行ったため、建造物侵入罪や建造物損壊罪で処罰されました。そこで『国民感情を保護する』という説明へ軸足を移したのだと思います。ただ、その結果、『この法律は何を守ろうとしているのか』が、かえって見えにくくなっています」

■国旗に「日本代表頑張れ」と書いた場合は?

SNSでも話題となった、お子様ランチの日の丸の旗については、「基本的には処罰されない」と江藤教授は説明する。

「提案者の自民党も『国旗として使用されているものではない』と説明していますし、私も普通に食事をして捨てるだけなら処罰されることはないと考えています」

一方で、線引きが曖昧なケースもある。

「例えば、お子様ランチの旗を持ち帰り、デモ会場で国旗として掲げたうえで破れば、もともとはお子様ランチの旗でも、“国旗として使われた”と評価される可能性がない、とは言い切れません」

同じ物でも、使い方によって評価が変わり得る点も、この法律の分かりにくさにつながっている。

加えて、江藤教授がとくに曖昧さを指摘するのが、日の丸への“書き込み”だ。スポーツ観戦で、日の丸に「日本代表頑張れ」と応援メッセージを書き込む行為と、デモで「増税反対」と書き込む行為は、どちらも条文からは違法かどうか判断できないという。

「提案者は、『メッセージの内容では判断しない』と説明していますが、では何を基準に判断するのかが示されていません。内容で判断すれば思想や政治的意見を取り締まることになりかねませんし、内容で判断しないというなら、何が違法なのか分からない。そこがこの法案の難しいところです」

■デジタル表現は対象外、しかし……

アニメやゲーム、生成AIによる画像など、デジタル空間で国旗が破られる描写については、処罰対象にはならないという。

「法律が対象にしているのは“有体物”です。デジタル画像は有体物ではありませんから、アニメやゲームで国旗が破られる描写があっても、この法律では処罰されません」

一方で、動画配信については、必ずしもそう単純ではない。

提案者である自民党は、「人目につかない場所で国旗を損壊し、その様子を録画したものを後から公開しても処罰対象にはならない」と説明している。

しかし江藤教授は、“公然”という要件については最高裁判例との関係から解釈の余地が残ると指摘する。

「名誉毀損罪では、その場に少数しか人がいなくても、不特定多数へ伝わることが予定されていれば“公然”に当たるという判例があります。同じ考え方が採られる可能性は否定できません」

もっとも、実際には警察や検察は提案者の説明を踏まえて慎重に運用する可能性が高く、「現時点では処罰されない方向だと思う」とも話す。

■処罰よりも「萎縮効果」を懸念

江藤教授が繰り返し強調したのは、「実際に有罪になるかどうか」と、「人々が萎縮すること」は別問題だという点だ。

例えば、古くなった国旗を普通に処分する行為や、映画・演劇で国旗が燃える演出は、基本的には処罰対象にならないと考えられる。

しかし、それでも第三者が「違法ではないか」と警察へ通報する可能性はある。

「もし演劇の舞台で日の丸が燃えるシーンを入れたいと相談されたら、法律家は『やめておいたほうがいいのでは』と答えると思います。法的には問題なくても余計なトラブルに巻き込まれる可能性がありますから」

その結果、表現者が自主的に国旗を使わなくなる“萎縮効果”が生じかねないという。

江藤教授は、実際の運用では、警察や検察は起訴することにかなり慎重になるとみている。ただ、それでも「処罰しないなら処罰しないと条文で読めるようにしておくべきだ」と強調する。

「国会で『これは処罰しません』と説明しても、最終的に法を執行するのは警察や検察です。法律として残るのは条文ですから、処罰しないのであれば条文から分かるように書かなければなりません」

その上で、「何が処罰されるのかが曖昧なまま刑罰を設けることは望ましくない。もっと時間をかけて議論するか、あるいは刑罰そのものを見直すことも含めて検討すべきではないか」と警鐘を鳴らす。

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