シンガーソングライターの中西圭三さん(61歳)が、デビュー35周年を記念したコンサート「Keizo Nakanishi 35th Anniversary Concert “Beyond The Melodies”」を、9月11日(金)かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール(東京都葛飾区)で開催します。

「Choo Choo TRAIN」も「ぼよよん行進曲」も生み...の画像はこちら >>
 中西さんは1991年デビュー。
翌年「Woman」が大ヒットし、日本レコード大賞作曲賞を受賞、NHK紅白歌合戦へ出場。自身の活動に加え、ZOO「Choo Choo TRAIN」、ブラックビスケッツ「タイミング」などミリオンヒット曲の提供や、海外アーティストとのコラボも多数。

 NHKの『おかあさんといっしょ』では、国民的大ヒット曲「ぼよよん行進曲」の楽曲制作など、キッズ・ファミリー向け作品も手掛け、幅広い世代から支持を集めています。ご本人に35周年の心境を聞きました。

35周年で思い出す、若い頃とは違う“情熱の燃え方”

――今年でデビュー35周年を迎えられました。

中西圭三(以下、中西):30年、あっという間でしたね。そんなに時間が流れたんだなぁ、という感じです(笑)。

――9月11日、横浜に続いてデビュー35周年を祝うキャリアの集大成ライブが、東京のかつしかシンフォニーヒルズで開催されますね。

中西:ツアーという形式ではないのですが、東京でもライブをやらせていただくことになりました。ゲストもたくさん来てくれますし、バンドだけではなく、ブラス、コーラス、ストリングスも入ります。この大編成を生で見られるというだけでも、すごいことだと思っています(笑)。ステージ上に15人くらいいるような、本当に前例のないライブになるんじゃないかなと思います。

――スペシャルゲストとして、米倉利紀さん、荒牧陽子さんも出演されますね。


中西:そうですね。荒牧さんとは、一番新しいシングル「情熱の記憶」を一緒に作らせていただきました。4月に配信でリリースした曲ですが、パッケージにもなって、9月11日には会場でも販売する予定です。

「情熱の記憶」は35周年の記念楽曲ということで、あの頃の熱量を思い出しながら、ただ当時と同じ熱量ということではなく、今の年齢だからこそ感じられる燃え方で、その先へ進んでいってみようという曲なんです。今回の “Beyond The Melodies”という、自分につながるデビュー当時の熱量を思い出してみよう、まさにそういうテーマの曲だと思っています。

創作できない時期を支えたもの

「Choo Choo TRAIN」も「ぼよよん行進曲」も生み出した61歳・中西圭三。20年歌われる名曲が“妻とのセッション”から生まれるまで
中西圭三さん
――35年間の中では、創作に対して元気が出なかった時期もあったとのことですが、そういう時期はどう乗り越えてきたのでしょうか?

中西:自分の中では乗り越えるというよりは、飲み込まれたまま、なんとか立っているという状態がずっと続いていたんだと思います。その中で、周りの方々からいろんな刺激をもらってきました。

今回の「情熱の記憶」もそうだったのですが、新たな出会いの中でテーマをいただいたり、何かを投げかけてもらったりする。その中で、自分がそれをトリガーにしながら、その期待に応えたいという気持ちになるんですよね。それが性分だとも思うんです。

つまりテーマをもらったら、それが何であろうと相手にとって良いと思ってもらいたい。特に楽曲提供の場合は、相手にとって良いものにしたいという気持ちが強いんです。だから、仕事だから作るというよりも、相手に喜んでもらいたいという気持ちがすごく大きいんだと思います。


「おかあさんといっしょ」のときもそうなんですけれど、計算じゃない分、難しいんですよね。でも、その気持ちが爆発したときには、喜んでもらえることも大きいのかもしれません。

「ぼよよん行進曲」はどう生まれた? 妻との“不思議な時間”

「Choo Choo TRAIN」も「ぼよよん行進曲」も生み出した61歳・中西圭三。20年歌われる名曲が“妻とのセッション”から生まれるまで
中西圭三さん
――「おかあさんといっしょ」と言えば、名曲「ぼよよん行進曲」も今年で20周年になります。

中西:そうですね。もう20年が経ちました。「ぼよよん行進曲」は妻との共作なのですが、とても不思議な状況で生まれた曲だと思うんです。詞と曲が同時に生まれていくという、初めての経験でした。弾きながら言葉が生まれて、「じゃあ、こうだね」と言いながら、二人でやり取りして、セッションみたいにして生まれていきました。とても不思議で、同時に素敵な時間だったなと思います。「おかあさんといっしょ」という番組の中で、子どもたちに届けたい気持ちをシンプルに形にできたことが良かったのかなと思います。

――今年4月に開催されたビルボードライブ横浜でのライブでは、「ぼよよん行進曲」がトリだったので、圭三さんにとっても特別な一曲と言いますか、大切にされているのだなと思いました。

中西:先人に教えてもらった歌うことから届けられるエネルギーや、誰かの背中を押してあげられることとか、それまで自分が感じてきたことが、本当にシンプルに集約されている曲なんじゃないかなと思っているんです。だから、今たくさんの方に想っていただけて、この曲に救われると言ってもらえることも、全部が不思議なことのように感じるんです。


計算なんて何もないんです。いろいろな大変なことを自分の中でも抱えながら、子どもたちに向かって(あの曲で)話しているんですよね。あのときのリアルな感情だったんでしょうね。

「ここまで歌われるとは」20年愛される名曲にあった“純粋さ”

――作ったときには、ここまで長く歌われることは想像していなかった?

中西:もちろん想像すらしていませんでした。「Choo Choo TRAIN」のときもそうでしたけれど、今も歌ってもらえている、先々のことは一切わからないまま作っているんです。でも、後から振り返って気づくことがあるとすれば、すごく純粋だったなということですかね。

与えられた課題に対して真っすぐで、計算があるようで、ないんです。そこを色濃く出せたときの、何かが伝わるスピードや距離というのは、違うのかもしれないなと、なんとなく感じています。わかっていてできることじゃないんですけどね。結果論なんです。だから、作っているときに「こうだといい」ということはあったかもしれないけれど、「こうすればこうなるよね」ということは一切ない。毎回そうなんです。

でも今は、純粋に何かに応えたいという気持ちが、逆に自分を難しくさせることもあります。
計算づくでやっていない分、いくつもいくつも作れるタイプではないかもしれないけれど、何かが生まれる瞬間があるんだと思います。

――最近でも「いいんだよ!インド洋!陰と陽!」を手がけられ、子どもたちに音楽を届け続けていますよね。

中西:「おかあさんといっしょ」では、子どもたちに向けて、いろんなテーマを歌にしてきました。最近作った曲は、とても難しいテーマを扱っているんですけれど、サウンドとしては楽しく、言葉遊びのような形にしています。全部、難しいことをそのまま難しく伝えるのではなくて、楽しく伝えられたらいいなと思っているんです。

たとえば「自分には自分の輝きがある」ということ、ですね。世の中で「映える」ものを追いかけていると、自分は映えていないんじゃないか、みたいなところで置いてけぼりになる気持ちってあると思うんです。でも、そう思わなくていいんじゃないの、と。

「自分には自分の輝きがあって、そこを自分らしさとして認めてあげればいいんだよ」という、自己肯定のような思いを伝えたかった。自分が今感じていることを、難しいことも含めて子どもたちに少しでも伝えられて、「これを聞いてよかったな」と思ってもらえることがあればいいなと思っています。

「自分は映えていない」と思わなくていい。子どもたちへ伝えたいこと

「Choo Choo TRAIN」も「ぼよよん行進曲」も生み出した61歳・中西圭三。20年歌われる名曲が“妻とのセッション”から生まれるまで
中西圭三さん
――根底にあるのは、純粋な気持ちや愛なのかもしれませんね。


中西:そこまで大きくは言えないんですけどね(笑)。日々の中で感じるテーマみたいなことは、きっとみんな大なり小なり感じていることなのかなと思います。子どもたちにとっては、それがすごく大きなことなのかもしれない。だから、何かの杖になるようなものがあればいいなと思いながら、それを楽しく伝えられたらいいなと思って作っています。

――そして一方で、「おかあさんといっしょ」の曲は、親御さんにとっても大きな存在ですよね。

中西:そうですよね。「ぼよよん行進曲」は2006年からですから、もう20年になるわけです。その間には震災もありましたし、大変なことが山のように起こった。その都度、お兄さんやお姉さんが歌ってくれて、それが励まし続けてくれたことが今につながっているんだと思います。

そのとき、そのときの自分の生活みたいなものを、その曲に乗せて聴いてくれている。「聴いていたら泣けてきちゃう」というようなことを言ってくださる方もいると思います。

61歳の今、考える「自分にしかできないこと」

「Choo Choo TRAIN」も「ぼよよん行進曲」も生み出した61歳・中西圭三。20年歌われる名曲が“妻とのセッション”から生まれるまで
中西圭三さん
――そんな35年間を経て、今新曲「情熱の記憶」で、改めてご自身も情熱を取り戻そうとされているなか、60代に入り、好奇心や情熱は変わりましたか?

中西:変わっていると思います。
経験や自分の置かれている立場によって、「何のために?」ということは変化しています。ただ、若い頃のような爆発とは違った、何か別の燃え方というか、そういうものがあるような気がします。

そして、いろいろなことにワクワクしながら、その先に進んでいきたいという気持ちは変わらずに持っています。そういう期待のようなものには応えていきたい。そして、関わってくれる人たちが喜べる状況を生み出せたらいいなと思っています。

――これからの60代、どのように過ごしたいですか?

中西:自分の役割みたいなことを、すごく考えるようになりました。「自分にしかできないことって、どんなことなんだろう」とよく考えます。世の中にはたくさん音楽があふれている。その中で、自分が人を喜ばせることができるのは、どんなことなんだろうと。子どもたちに何かを伝えることができて、それを受け取っていただけることは、すごくありがたいですし、自分もそこで役割を果たしているという喜びがあります。

「役に立っている」という喜びが、自分のほうに返ってくることがたくさんあるんです。世の中の役に立つことというのは、地域貢献だったり、いろんな人たちが頑張っていることに加勢して、自分もその中で役割を果たしていくことだったりしますよね。

でも、ビジネスライクなことでなくても、音や言葉を伝えることで何か貢献できることがあるなら、それをやっていきたい。そこは、自分の純粋さを守れるところでもあるのかなと思っています。それが一番、自分にとって役に立つことなのかなと思っています。

――最後に今回のコンサート、楽しみに待っているみなさんへ一言お願いいたします。

中西:みなさんどんな気持ちで集まればいいんだ、という感じかもしれませんが、こんな僕なんですけれど、30何年やってきたなかで、自分なりに残せた爪痕を感じながら、この先も変わらずにやっていくと思います。そんな人を見に来てほしいな、と思います(笑)。

<取材・文/トキタタカシ 撮影/塚本桃>

【トキタタカシ】
映画とディズニーを主に追うライター。「映画生活(現ぴあ映画生活)」初代編集長を経てフリーに。故・水野晴郎氏の反戦娯楽作『シベリア超特急』シリーズに造詣が深い。主な出演作に『シベリア超特急5』(05)、『トランスフォーマー/リベンジ』(09)(特典映像「ベイさんとの1日」)などがある。現地取材の際、インスタグラムにて写真レポートを行うことも。
編集部おすすめ